文化祭
翌朝、俺は母さんに見送られ家を出た。昨夜書いた手紙は既に渡している。
最後の別れだったが、母さんはあまり心配していないようだった。
生きているだけでいいと言っていたのは本当なのだろう。
……とはいえなんであんなにニヤニヤしてたんだ?
地元にある高校に行くと言ってからやけにニヤニヤしていたのだ。それが妙に引っかかる。
預言された勇者召喚の座標がその高校なのだ。サナとカナタの家も近いからおそらくはどちらか、あるいは両方が通っているのだろう。
と言っても今日は土曜だ。学校は休みのはずで校舎にも人は少ないはずだ。
……もしかして部活とか?
十分あり得る話だが、部活ならそもそも人が少ないから警戒していれば会うことはない。
そう思っていたのだが――。
「……なんだこれ」
そこは人でごった返していた。校舎からは垂れ幕が下がっており、正門には文化祭という文字が踊っていた。
「まじかよ……母さんのあの顔はそういうことか」
母さんのしたり顔が目に浮かぶようだ。
一瞬、預言された時間である夜までどこかに行こうかと考えたが会わなければいい話だ。勇者召喚を逃す方が致命的だ。
……堂々と入れる分、よかったと思おう。
俺は諦めて正門を潜った。
しばらく歩いて開けた場所に出ると俺に視線が集中した。
……やっぱり慣れないな。
俺の容姿は半分外国の血が入っている為、かなり恵まれている。写真で見た父さんも容姿は整っていた。
なのでひたすら目立つ。
……誰あれ? あんなイケメンいたっけ?
……他校の人? 誰かの彼氏かな?
そんな女子の囁き声が聞こえてくる。残念ながら誰の彼氏でもない。
対して男子からは嫉妬や憎悪の視線が注がれる。あからさまな視線に俺は苦笑いを浮かべた。
あまり注目を集めるとサナかカナタがいたら気付かれるかもしれないと思い、足早に受付のテントへと向かう。
テントにいたのは気弱そうな少女だった。俺を見て頬を赤くしている。
「あ、どなたかのお知り合いですか?」
「知り合いじゃないと入れなかったりします?」
「そうですね、すみません……」
それは困った。しかし、いちいち名簿の確認はしないかと思い幼馴染の名を口にした。
「なら皇城サナか一之瀬カナタってわかります?」
「え? サナ先輩とカナタ先輩ですか!? わかりました! ではここに記入をお願いします」
どうやら二人ともこの高校にいるらしい。
……見つからないように気をつけよう。
少女からペンを受け取り名前を記入する。もちろん適当な偽名だ。念には念を入れて。
「サプライズで来ているので俺が来たことは秘密にしてもらえますか?」
「わ、わかりました!」
口に人差し指を当てて言うと受付の女の子が頬を染めコクコクと頷いた。
この様子だといけそうだなと思い、テントに装飾としてつけられていた狐のお面を手に取った。
「これ借りていってもいいですか?」
「サプライズですもんね! いいですよ! あとでサナ先輩かカナタ先輩に渡しといてください」
「ありがとうございます」
少女が一人で納得して頷いた。何も疑っていないようで心苦しい。返せるかはわからないが世界を渡る前にはどこかに置いておこうと決めた。
俺は狐面を装着し、校内へと入った。
廊下は生徒たちでいっぱいだった。
着ぐるみを着て看板を持っている人、コスプレをしている人、部活の運動着を着ている人と様々だ。
だから俺の狐面も大して浮いていなかった。
……せっかくだから時間まで楽しむか。
無論、二人に見つからないようにだ。
……俺も普通に通っていたら高校生なんだよな。
道ゆく生徒たちを見てそんな感慨が湧いてくる。
あの夢を見なかったら俺はここにいる人たちに混じって学園生活を楽しんでいたのだろう。
部活をやったり、テストの点で一喜一憂したり、サナとカナタ以外にも友達ができたり。
こうして文化祭にも参加したり。
それはそれで楽しかったのだろう。
……でもそうしたらラナとは出会えなかった。だからこれでよかったんだ。
俺はラナに会えただけで満ち足りている。
……まあ欲を言うならラナとこうして高校に通いたかったかな。
それは考えるだけで幸せな事だ。
向こうの世界には高校なんてないのだろうが、救い出した後は色々なところに行きたい。そう思った。
……まあラナは王女だしそんな身軽にはいかなそうだけど。
そんな事を考えていたら、曲がり角から一人の生徒が飛び出して来た。
ぶつかりそうになって一歩下がる。
「わ! ごめんなさい!」
完全に油断していた。まさかこんなタイミングで現れるとは思っていなかった。
明るい茶髪にぴょんぴょんと跳ねるポニーテール。誰にでも明るく快活な少女。
そこにいたのは幼馴染の皇城サナだった。
サナは頭を下げるとグイッと詰め寄ってきた。
「ついでに喫茶店どうですか!?」
何がついでになのかわからないが、ニコニコと花が咲いたような笑顔は昔から変わっていない。しかし最後に見た時よりもずいぶん成長してとても綺麗になっていた。
……それも当然か。あれから何年も経っているもんな。
そんなサナは俺がレイであるとは気付いていない。しかしまずいことになった。
……声を出したらおそらくバレる。
サナは昔から勘が鋭い。それもずば抜けて鋭いのだ。
勘! とかいいながらジャンケンで十連敗したことは今でも忘れていない。
まさか声をかけられるとは思っていなかった。
……どうする?
固まっている俺にサナは首を傾げた。
……とにかく離れることが先決だ!
俺は頭を下げて、足早にその場を去ろうとした。だが、サナのコミュニケーション能力を甘く見ていた。
俺はガバッとサナに肩を掴まれた。
「もしかしてキミ……」
……バレたか?
内心冷や汗をかいているとサナは相好を崩した。
「人見知り君だね! そんなキミでも大丈夫! さあこっちにきて!」
俺はそのまま引き摺られて行った。
……強引さも変わってないな。
俺は狐面の下で苦笑いを浮かべた。
そのあとは酷い目にあった。俺は一言も話していないのにサナが喋る喋る。何が楽しいのかニコニコ笑って延々と話していた。
「なんか懐かしい感じがするんだよねー」
と言われた時には心臓がバクバクだった。そうしてサナが仕事だと言って消えるまで俺は拘束された。
サナの相手をして流石に疲れた俺は屋上に侵入した。
もちろん鍵が掛かっていたので、一階下からよじ登ってきた。
そして、入り口からは見えないようになっている貯水槽の陰に寝そべった。
……ここならバレないだろう。
勇者召喚が始まるまで待機だ。
それから数時間が経ち、太陽が地平線に沈んだ。予言の時刻まではもう少しだ。
体を起こし校庭を見ると後夜祭の準備が始まっていた。キャンプファイヤーでもやるのか真ん中には組み木が置かれている。
……今どき珍しいな。
俺はそんな事を思いながらぼんやりとその光景を眺めていた。
それからしばらくすると階段を登ってくる足音が聞こえた。
俺は貯水槽の影に体を隠しドアを盗み見る。
……足音は二つ。逢引か?
文化祭の後夜祭。そんな中、抜け出してこそこそとやっているのだ。そう邪推しても仕方ないだろう。
しかし俺の予想は外れた。
ガチャリと屋上の鍵が開けられ、ドアノブが回転する。そうして現れたのは切れ長の瞳が特徴的な黒髪クールイケメンと、小柄な少女だった。
男の方には見覚えがあった。ありすぎた。
俺は内心で呟く。
……カナタ。
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