一章 氷姫救出編

帰還

 目を覚ますと違和感に気付いた。


 ……病院じゃ……ない?


 眠りに落ちる直前の記憶にあるのは病室だ。俺は精神科の病院に入院していた。

 うっすらと誰かがお見舞いに来てくれていた記憶がある。睡魔との戦いで余裕が無く、それ以外は全くもって覚えていない。


 ともあれ、俺が今見ている天井は木造だった。仄かに井草の香りがする。和室だろうか。

 病室では無いことは確かだ。


 ……どこかに移動させられたのか? しかし、なんで和室?


 疑問に思いながら起きあがろうとした時、すぐ隣から殺気がした。

 俺は跳ね起きて封印を解く。


『第二封印解除!』


 何年も寝たきりだったはずだが、身体が思うように動く。おそらくバケモノの肉片を取り込んだおかげだろう。

 俺は黒刀を作り出し構える。周囲に闇を漂わせるのも忘れない。

 この闇は防御にも使えるのだ。

 

 目の前にいたのは老人だった。

 真っ白な長髪を後ろに流し、立派な口髭を蓄えた人物だ。

 しかし老人だからと全く油断はできない。纏う雰囲気は武人のそれだ。身体も老いとは無縁とばかりに鍛え上げられており、眼光は肉食獣のように鋭い。

 刀の構えにもまるで隙がない。圧倒的に格上だと瞬時に悟った。


 俺は限界の第四封印まで解除しようと口を開いた。


『第四……』

『暴走するかと思っていたが……貴様。その言葉は向こうの人間か?』


 俺は老人が口にした言葉に封印を解除するのも忘れ目を丸くした。

 それはラナの世界の言語だった。


 ……なぜこっちの人間が知っている!?


 老人はと言った。ならここは地球で間違いないはずだ。


 ……僥倖だ。

 

 目の前に手がかりが転がり込んできた。まさかこんなに早く見つかるとは思っていなかった。

 俺は言葉を選んで口を開く。


「俺は向こうの人間じゃない。日本人だ。なんでアンタはその言語を知っている?」 


 俺が話した日本語に今度は老人が目を見開いた。


「精神転移かと思ったが日本人か?」

「俺はちゃんと日本人だ。爺さん。聞きたい事がある」

「なんだ?」

「向こうに行く手段はあるのか?」


 老人はしばらく考え込んでいる様だったが、やがて頷いた。


「ある。その方法を教えるのも吝かじゃない。だが先にオレの質問に答えろ」


 俺は頷いて先を促す。


「小僧。その力をどこで手に入れた?」


 老人が俺の周囲を漂う闇を指差して言った。答えるべきか迷ったが、情報が無さすぎた。それにここで嘘をつくのも得策ではない。

 見たところ老人もこちらの様子を伺っている。


 ……言うしかないか。


 俺は包み隠さず全てを話した。事実だけを淡々と。初めて夢を見た時からラナと会った事を。そしてラナを救うために異世界へと渡りたい事も。


「にわかには信じがたい……が。ソレに侵されて尚、正気を保っている以上は本当か」


 老人は殺気を消して刀を下ろした。俺も封印を再起動して闇を消す。

 

「小僧。その封印とやらを見せてみろ」

「別に構わないが先に教えてくれ。向こうの世界に行く方法を」

「いいだろう。……結論から言う。勇者召喚だ」


 やはり。という思いが強かった。勇者召喚のことはラナから聞いている。

 魔王を倒す為に召喚されるのは地球人。選ばれる条件は不明だ。


 俺自身が勇者になって召喚してもらうのが一番確実で手っ取り早い。

 だが問題がある。魔王は既に封印されているのだ。だから新たに勇者が召喚されることはない。


「だが勇者召喚はもう起きない……だろ? そこで質問だ。本当に封印には成功したのか?」


 俺の考えを見透かしたのか老人が言った。

 質問の意図が読めなかった。なぜそこを疑うのか。

 

「どう言うことだ?」

「それはおかしな話なんだ。いいか小僧。まず前提条件として地球にも魔術師は存在する」

「は?」


 何を言っているんだと思ったが、老人はいたって真面目だ。とても嘘をついているようには見えなかった。


「仮に魔術師がいたとしてなにがおかしな話なんだ?」

「日本の魔術協会には預言者と呼ばれる一族がいる。その当主がつい先日預言を行った。結果、次の勇者召喚は約一年半後に行われる」

「なんだって? その預言っていうのは当たるのか?」

「運命力の強い人間が介入しない限り百発百中だ。だから封印は成功したのかと聞いた。どうなんだ?」

「ラナの……というより帝国の宰相とやらの言葉を信じるなら成功してるはずだ」

「……なら別の要因か? 封印が解かれる? 小僧が解くからか? でもそれだと因果関係が……」


 老人が何やら考えだしたので俺は遮って言う。


「とにかく勇者召喚は行われるんだな?」


 思考を遮られた老人は不快そうに眉を顰めた。

 

「……その通りだ。だがお前が勇者に選ばれることはない」

「そんなのやってみなきゃわからないだろ?」


 俺の言葉に老人が呆れたようにため息をついた。


「そういう根性論を言っているんじゃない。その力のせいだ」

「力?」

「そうだ。とりあえず封印を見せてみろ」


 俺はシャツを捲って刻印を老人に見せる。


「これはそのラナとやらが作ったのか?」

「そうだ」

「そいつは天才だな。完璧な封印だ。オレが手を加える必要もない。だけどやっぱりお前は勇者になれないな」

「だからなんでだよ」

「お前に宿っている力が邪悪すぎるからだ。そんなモノを宿しているヤツが勇者になんてなれるはずがない」

「……じゃあ向こうに行く方法はないのか?」

「いやそうは言っていない。お前は勇者召喚がどう言ったものかわかっているか?」


 俺は首を振る。

 ラナですら詳しくわかっていなかったようなので俺にわかるわけがない。


「勇者の素質ある者を起点としてゲートを開く術式だ」

「じゃあ!」

「そうだ。お前も行ける」

「なら座標と時間を教えてくれ。わかっているんだろ?」

「別に教えるのは吝かではない。だが条件がある」

 

 俺は目を細める。


「なんだ?」

「結論から言おう。オレの弟子になれ」

「はぁ? なんで……」

「まあ話を聞け。さっき言った通りお前のその力は邪悪だ。危険すぎる。それは世界を滅ぼしかねないほどにな。だから野放しにはできない。よってオレが直々に力の使い方を教えてやる」

「……俺にメリットしかない様に聞こえるが?」


 勇者召喚の座標と時間を教えてもらえる。力の使い方も教えてもらえる。強者の元で研鑽を積める。俺にメリットしかない。

 

 美味しい話には裏があるという。俺が訝しんでいると老人はまたもやため息をついた。

 

「そう言っている。俺の仕事はこの星を守ることだからな。お前が暴走したら困るんだよ」


 正直迷った。怪しいことこの上ない。しかし選択肢はない様なものだった。

 

 この老人が放った殺気は俺の遥か上をいく。ラナと修行して強くなったと思っていたが現時点で俺はこの人の足元にも及ばない。

 

 ここで断れば殺されてもおかしくはない。なにせ俺が死ねばこの力も無くなる。

 どう考えてもそっちの方が手っ取り早いし後腐れがない。


 だから俺は不承不承ながら老人の手を取った。


「わかっ……わかりました。俺は柊木レイ。よろしくお願いします」

「オレは神道尊しんどうミコトだ。よろしくなレイ」


 そうして成り行きで師匠ができた。

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