ラナ=ラ=グランゼル

「……気持ちのいい話じゃないんだけど聞いてくれる?」


 ラナはポツリと溢した。だから俺は目を見てはっきりと伝えた。

 

「聞かせてくれ」


 ラナは俯きながら小さく頷いた。


「私ね。王女だったんだ。グランゼル王国第一王女、ラナ=ラ=グランゼル。それが私。ごめんね。隠してたわけじゃないんだけど……。ただ、こんな所で肩書きなんて意味はないから。驚いた?」

「……正直に言うと驚いた」


 上品な立ち振る舞いから高貴な生まれだとは思っていたが、まさか王族とは思いもしなかった。

 それも第一王女。正真正銘のお姫様だ。


「それってお姫様っぽくないって事?」


 ラナは少し頬を膨らませた。だから俺は首を横に振った。

 

「そうは言ってないよ。ラナみたいに綺麗で上品な人は見た事ないからね。貴族かなとは思ったけど王族とは思わなかったってコト」

「それは……その……ありがと」


 膨らんでいた頬が萎み、リンゴのように真っ赤になる。そんなラナが可愛らしくて俺は笑った。

 ラナは咳払いをすると誤魔化すように話を続けた。


「それでね! グランゼル王国は平和な国だったの。私も何不自由ない暮らしをしていたし、お父様も民から慕われている王だった」

「それはいい王様だったんだね」

「うん。だから私もお父様みたいになりたくて勉強も魔術も剣術も全部頑張った。幸い、才能もあって周囲からは期待もされてた。私もその期待に応えようと必死になって努力したの。そしてついに星剣にも選ばれた。……ラ=グランゼル」


 ラナは己の剣、星剣ラ=グランゼルを呼び出した。胸の前に氷が現れ形を変えていく。すると剣が姿を現した。

 それはクリスタルのように透明で芸術品のように美しい剣だった。

 鍔には俺の胸に刻まれた氷の結晶のような装飾が施されている。


 一番特徴的なのは剣自体が纏う気配だ。

 あまり剣に詳しくない俺から見ても業物だとわかる。言葉では言い表せないがどんな名剣であろうとこの剣の前では霞んでしまうのだろう。


「これがラ=グランゼル。世界に一振りの星剣。この星剣は相応しい者の前に現れる。私の国と同じ名前なのは初代国王が星剣に選ばれた人間だったから。ともあれ私は嬉しかった。努力が報われた気がして。でも……そのせいでここに閉じ込められた」


 ラナが後ろを振り返り、禍々しい漆黒の像に手を触れた。


「私をここに閉じ込めたのは、ガルドジス帝国の宰相。ソイツが言うにはこの像は魔王の封印なんだって」


 やっぱり勇者がいるなら敵である魔王もいるのか。

 ラナから勇者召喚の話を聞いた時からそんな気はしていた。

 勇者がいるという事は戦う敵がいるという事だ。


「魔王っていうのはね。数十年に一度、世界に現れる厄災。約十五年前に現れた魔王は先代勇者に倒されたはずだった。でもこれがここにあるってことは封印していたのね。その封印をより強固にするべく星剣が必要だったらしいの」

「だからラナが囚われたと?」


 俺の言葉にラナは頷いた。その表情は悲痛に歪んでいた。


 つまり彼女は、魔王の封印の上に穿たれた楔。謂わば要石のようなものだ。


 ……なんて身勝手な。


 世界にとって必要だったとしても、犠牲の上に成り立つ平和などクソ喰らえだ。

 それも少女を無理矢理にだなんて反吐が出る。

 

 苛立ちが募り、聞いているだけで腹が立つ。悔しくて俺は力いっぱいに手を握りしめた。

 そんな俺の手をラナが包み込むように優しく握った。


「ありがと。怒ってくれて嬉しいよ」

「…………ラナは抵抗しなかったのか? キミは強いんだろ?」


 星剣に選ばれるのは世界でたったの一人。選ばれる条件が強さだけとは限らないが、剣は武器だ。だから強さも必要なのは確かだろう。だからラナには世界最強の実力があってもおかしく無い。


「抵抗したよ。もちろんあんなやつらには負けない自信もあった。でもね……妹が……アイリスが人質に取られていたの」

「そんな……」


 その帝国宰相というのはどこまでもクズらしい。はらわたが煮えくり返る。心の底から憎悪が湧き上がってくる。

 

「だから私はここにいる。この鎖を破壊して魔王を倒せば解放されるんだけど、どうやっても壊すことができなかった」

「…………これを壊せば解放されるのか?」


 苛立ちを吐き出すように言った。俺の言葉にラナが頷く。


 ならばと思い、俺は鎖を手に取り思いっきり引っ張った。


「なんだ……これ!」


 びくともしなかった。あまりにも硬すぎる。

 祭壇の床に叩きつけたり、柱に巻きつけて引っ張ったりしたが、傷一つつかなかった。


 ……何か方法はないのか!


 本来、ラナはここにいるべきじゃない。

 そんなのはあまりにも理不尽だ。世界でたった一つの星剣に選ばれるなんてどれほどの努力を重ねたのだろう。

 俺には想像もつかない。

 だからこそ、その努力は報われなければならない。


 しかし、いくらそう思っても現実は非情だ。


「レイ。もういいよ。ありがとね」

「……ごめん」


 でも俺は諦めない。諦めたくない。はっきりとそう思った。

 どんな手を使ってでも俺は、俺を救ってくれたお姫様をここから救い出したい。


 だから時間が許す限りはここにいよう。そして解決策を考えよう。


 俺は必ず――。


 ――ラナを救い出す。

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