封印
「なあラナ。教えてくれないか? 俺はどうやってラナと戦ったんだ?」
初めに聞いたのはそれだった。
星剣に選ばれたお姫様。それがラナだ。そんなラナと戦えるだけの力は平凡な日本人である俺にはない。
小さな頃から幼馴染の家で多少武術を学んではいたが平和な日本だ。ラナと戦ったら一瞬のうちに負けるだろう。
だけどラナは俺と戦ったと言った。
ならあの鎧武者の肉片を取り込んだことによって俺にも変化が起きているはずだ。
正気を失っていた事実から俺にとっては悪いモノには違いないが利用できるものは利用する。
それだけ俺はラナを救いたいと思っている。
「レイはね。なんか黒い闇みたいなのを纏っていてそれを剣にしてたよ」
「黒い闇……?」
「ちょっと失礼」
そう言ってラナは俺の胸に手を当てた。
いきなりだったのでドキッと心臓が跳ねた。バレてないかと横目で見るが、ラナは目を閉じて集中していた。
「レイ。意識をしっかり持ってね? 封印を弱めてみるから」
「わかった」
ラナの手から何かが流れ込んでくるのを感じる。それはひんやりとしていて心地良い。これが魔力だろうか。
見ると胸の刻印が薄くなっていった。同時に俺の胸からラナが言ったように黒い闇が溢れ出す。
「ぐっ!」
瞬間、視界が明滅した。頭の中が暴力的な思考で埋め尽くされる。
生きている者を、目の前の女を殺せと本能が荒れ狂う。
必死に押さえ込もうとするが、殺戮衝動とでも言うべきものは濁流のように押し寄せてきた。
……まず……い。意識が……持ってかれる!
その時、ラナの手から流れ込んでくる魔力が強くなった。それは太陽のように暖かい。扉の向こうで最後の肉片を潰そうとした時に感じたものと同じだ。
次第に思考が落ち着いていき、殺戮衝動もだんだん小さくなっていった。黒い闇も収まっていく。
そして数秒後には完全に消え去った。
「かはっ!」
殺戮衝動を抑えるのに夢中で息を止めていたようだ。
俺は空気を求めて喘いだ。全身から嫌な汗が噴き出していた。
「今のわかった?」
「……ああ。使い方もなんとなくわかった。でも殺戮衝動を抑え込むので精一杯だ」
「殺戮衝動?」
「うん。頭の中で殺せって煩いんだ。多分本能みたいなものかな?」
「なるほどね。レイはそれを使えるようになりたい?」
「なれるのか?」
「すこし時間は掛かるけど。封印を細分化して段階的に解除できれば……。うん。多分できそう」
それが出来れば俺の力になる事は間違いない。ラナを救い出すにはもっと力がいるのだ。
忌々しい封印を壊して魔王を殺すための力が。
「じゃあ頼む」
「まかせて」
そうしてラナによる研究が始まった。
その過程で気付いたが、俺は食事や睡眠といった生活する上で避けては通れない行為を必要としなかった。
ラナと過ごしていると忘れそうになるがここは現実であり夢でもある。だから当然とも言える。
夢の中で寝るなんておかしなことにはならなかった。
ラナが研究をしているときと寝ている時は手持ち無沙汰だったので、氷で刀を作り出してもらって久しぶりに修行をおこなった。
久しぶりというのも俺は昔から幼馴染の実家にある道場に通っていた。
そこは平和な現代日本には珍しく、実戦に重きを置く道場で基本的な事は全て叩き込まれた。だから俺は最低限刀を扱える。
ラナは刀を知らなかったので一から説明して作ってもらった。その過程で俺が黒い闇で作り出していたのは刀だということもわかった。
久しぶりに身体を動かすのは気持ちが良くすぐに感覚を取り戻していった。
他にも息抜きでラナと模擬戦をしたり、ラナの世界の事や、言葉を教えてもらったりもした。
とても充実していて時間が経つのがあっという間だった。ずっとここにいたいと思ってしまうほどには。
そうして半年が経過した。
「できたーーー!!!」
俺はラナによって新たに施された封印を見る。
核となっているのは初めに施された封印だ。しかし、元からあった封印の周りに新たに六つの紋様が追加されている。
「なんか綺麗になってるな」
「でしょ! せっかくだからこだわってみました!」
ラナが得意げに胸を張る。
半年間ああでもないこうでもないと悩んでいたのを知っているので俺も嬉しい気持ちになった。
「ありがとな。ラナ」
「うん! じゃあ説明するね」
ラナが説明してくれた事をまとめると、まず核となるのは中心の封印。これはラナにしか解けないようになっている。これを解くと俺は殺戮衝動に呑まれ正気を失い暴走する。
実際に試行錯誤の最中に何度か暴走しかけた。その都度、ラナに助けられた。
本当に感謝している。
それから肝となるのが周りに六つある封印だ。これは第一から第六封印と言って俺でも解除できる。
封印を解除すると、闇が溢れ出し俺はそれを扱えるようになる。
半年間訓練したおかげで前よりは殺戮衝動を抑え込めるようになった。
ラナが言うには今の俺なら二つまでは解除しても影響はないらしい。
問題は三つ目からだ。これを解除すると俺は殺戮衝動に襲われる。
六個全てを解くと、正気を失う一歩手前だ。だから解くのは多くても四つまでだと厳しく注意を受けた。
ラナによると俺には魔力がないらしい。勇者は魔術を扱えるらしいから地球人でも俺は特殊なのかもしれない。
本当は魔力を操って解除するのが手っ取り早いらしいのだが、それは無理だった。
だから半年もかかったとも言う。
結局は俺の声で封印の解除と再起動を行えるようにしてくれた。
「さて! じゃあ試しに二つ解除してみようか」
「わかった。第二封印解除!」
俺の言葉に応じて、胸の刻印が二つ消えた。
そしてそこから闇が溢れ出す。俺は闇を操り黒刀を作り出した。
「うん! 問題なさそうだね!」
「そのようだ。ありがとな。ラナ。さてじゃあ試してみるか」
俺はラナを繋ぎ止めている鎖の前に立つ。霧をかき集め、黒刀を大太刀に変化させる。
目を瞑って深呼吸。大太刀を上段に構え斬撃を放つ。
キィィインと甲高い音が鳴り響き大太刀が砕け散った。
「やっぱダメか」
「暴走状態でも斬れなかったんだから無理だよ」
「だなー。封印再起動」
そう言って再度封印をかけた。闇が供給源を失い消えていく。
その時、唐突に視界が揺らいだ。
……え?
その瞬間、身体が言う事を聞かなくなり地面に崩れ落ちた。
俺の名前を呼ぶラナの声がずいぶん遠くに聞こえる。
そうして俺は意識を失った。
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