蹂躙

 世界を揺らす咆哮が轟いた。


 地面がヒビ割れ陥没していく。近くにいた鎧武者は衝撃波で吹き飛ばされた。

 のそりとレイであったモノは起き上がった。

 切断された両腕、下半身はすでに再生している。

 それも普通の再生ではない。入院生活で衰えた身体が見違えるよう変貌していた。

 鍛え上げられた肉体に。

 

 肌も浅黒く染まり、黒かったはずの瞳は紅く、白目だった部分が黒く変色していた。

 身体には暗く重い闇が纏わりついている。

 

 もはや人間とは言えない姿はまるで神話に登場する悪魔のようだった。


 鎧武者は目にも止まらぬ速さで大太刀を振るう。

 

 対する悪魔は身震いするような笑みを浮かべた。


 悪魔は飛んできた斬撃を鬱陶しそうに振り払った。それだけでレイの体を分断した斬撃が掻き消えた。


 悪魔が腰を落とし、鎧武者を見据える。

 すると瞬間移動もかくやという速度で、距離を詰め。そのまま鎧武者の腕を掴むと膂力に任せてもぎ取った。腕から外れた大太刀が宙を舞う。


「グォアアアアアアアアアアアーーーーーーー!!!」


 悪魔が咆哮を上げる。

 鎧武者から噴出した血飛沫が体を濡らしていく。悪魔は心地よさそうに目を細めた。

 もぎとった腕を頭上に掲げ滴る血液を美味しそうに飲み込んでいく。喉がゴクリと鳴る度に周囲の闇が胎動し密度を増していく。

 

 血が出てこなくなると自身が纏っている闇へと放り投げた。腕は瞬く間に崩れて消えていく。


 鎧武者の背が隆起し触手が生まれる。それが津波のように悪魔へと襲いかかる。

 圧倒的な質量による蹂躙。

 だがそれですら悪魔には効かなかった。鬱陶しい虫でも払うかのように腕を振り、全て吹き飛ばした。

 

 圧倒的な実力差。

 

 ただ蹂躙されるだけだった少年レイの姿など見る影もない。

 そこにあるのは捕食者と被捕食者の関係だった。


 再度、悪魔は笑う、嗤う、ワラウ。バケモノよりも冷酷に残酷に。この世全てを嘲るような笑みを。


 鎧武者が一歩後退る。そこにあったのは恐怖だ。

 感情も何も持ち得ないバケモノが恐怖した。


「グォォォオオオオオ!!!」


 鎧武者は後退った足を見ると、恐怖を吹き飛ばすかのように咆哮を上げた。


 悪魔の笑みが深まる。そして鎧武者の胸目掛けて槍のような蹴りを放つ。

 

 直撃した鎧武者の鎧が砕け、そのまま吹き飛んだ。衝撃は凄まじく衝突した壁が深く陥没した。


 鎧武者の身体がガクリと崩れ落ちる。

 悪魔は鎧武者が倒れるよりも速く接近し、貫手を放つ。

 なんの抵抗も見せずに鎧武者の胸を悪魔の腕が貫いた。

 

 そのまま体内で心臓を掴むと一気に引き抜いた。

 

 鮮やかな赤が噴出する。命が溢れ出す。鎧武者が動かなくなるまでそう時間は掛からなかった。

 

 悪魔はそんな鎧武者を一瞥すらしない。

 返り血を一身に浴びながら、視線は抜き取った心臓に注がれている。

 その心臓は鼓動を刻みながら悪魔の周りを漂っている闇を生み出している。

 

 悪魔はおもむろに心臓を喰らった。咀嚼するようにゆっくりと。

 肉を呑み込むごとに悪魔が纏う闇が胎動し膨れ上がる。


「グゥオオオーーーーー!!!」


 食事を終えた悪魔が咆哮を放つ。そして周りで見ているだけだったバケモノ共に向き直った。視線は一番近くにいた翼を持つバケモノに固定されている。

 

 だがバケモノ共も黙ってはいない。

 遠距離タイプのバケモノ達が空中に奇怪な文字――魔術式――を書くと、無数の奇蹟が発現した。

 

 燃え盛る炎の弾丸。

 荒れ狂う竜巻。

 不可視の風刃。

 岩の散弾。

 溢れ出す溶岩。

 凍てつく氷柱。

 

 そのどれもが人間に当たれば即死するほどの威力を秘めている。

 だが悪魔は避けるそぶりすら見せない。

 

 次々に着弾、直撃。

 轟音が大地を揺らす。土煙が晴れた跡には大きなクレーターがあった。

 その中心で佇むのは無傷の悪魔。

 

 もはやソレは人間ではないのだ。だから避ける必要もない。

 

 悪魔が手を前に翳す。

 すると闇が一点に集まり剣を形作った。

 そして。


 ――一閃。


 黒い剣閃が疾る。

 それだけで奇蹟を起こしたバケモノ共は血飛沫を上げて絶命した。

 

 そこから先は単なる蹂躙だった。バケモノ共の攻撃は悪魔には何一つ通用しない。

 

 なのに悪魔の一撃は確実にバケモノ達の命を刈り取る。

 

 逆転の余地は一切ない。

 

 ものの数分でその空間にいたバケモノ共はただの肉塊と化した。


「グゥオアアアアアアアアアーーーーー!!!!!」


 うずたかく積み重なった死体の上で悪魔は吼える。

 頭に響く心地の良い声に従い、新たな血を、命を求め、石扉へと歩を進めた。

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