生誕

 今までこんなヤツは見たことがない。先程確認した時もいなかった。

 見落としはないはずだ。さすがに見たこともないやつが居れば警戒する。


 敵の攻撃が未知数な以上、出来ることなら避けていきたい。

 しかし鎧武者がいるのは俺と扉のちょうど真ん中。避けていくことはできない。


……行くしかない!


 そう決意して、再度駆け出す。片腕が無い分、バランスを取るのが難しく速度は先程よりも遅い。

 

 少し進んだとき鎧武者に変化が起きた。

 背中がボコボコと隆起していき十本ほどの触手が生えた。

 それが肥大化し、先端に人の口を形作った。


 そして触手がバケモノに襲いかかった。


「嘘……だろ?」


 思わず声が漏れる。

 視線の先では虐殺が繰り広げられていた。

 鎧武者から生えた触手が化け物共を食い散らかしていく。

 

 一口で丸呑みにされるヤツもいればグチャグチャに噛み砕かれるヤツもいる。

 見ているこっちまで気分が悪くなる。


 数が減るのはいい。大歓迎だ。だが嫌な予感がする。

 

 やがて鎧武者の周囲に空白地帯ができた。触手は役目を終えたとばかりに背中と同化した。

 

 そこで鎧武者が顔を上げた。

 

 瞳が怪しい光を放ち、鎧武者は手に持っていた大太刀を構えた。


「――ッ!」


 瞬間、背筋が凍った。

 避けろと本能が叫んでいる。その本能に従って俺は右に飛んだ。

 

 直後、抜刀。

 

 気付いた時には鎧武者は手に持った大太刀を振り切っていた。

 俺の行動は致命的に遅かった。血飛沫をあげて左腕が彼方へと飛んでいく。


「ぐっ――!!!」


 歯を食いしばって痛みに耐える。

 口内で何かが砕ける音がしたが、意識の外へ追いやる。

 

 ここで止まっていたら待っているのは死だ。

 幸い、無くなったのは腕だけ。俺にはまだ足がある。ならば駆け抜けるのみ。


「うぉおおおおおお!」


 雄叫びを上げながら走る。両腕が無いためバランスが取りにくい。だがひたすらに足を動かす。

 

 鎧武者が再度大太刀を構える。

 

 その瞬間には身体が倒れるのも構わず横に飛んだ。何かが体の真横を通り過ぎる。

 

 新たな痛みは――ない。

 

 体を芋虫のようにして起き上がると再度走り出す。鎧武者までは後、数メートル。

 転びそうになりながら必死に走る。


 鎧武者が大太刀を鞘に収めた。


 その瞬間、足に激痛が走った。


「くっ!」


 たまらずバランスを崩して無様に転がった。足を見ると、右足が膝下から無くなっていた。


 何をされたのかすらわからなかった。

 

 血液を失いすぎたのか、意識も朦朧としている。視線を上げると、目と鼻の先に鎧武者がいた。


……ここまでなのか?


 扉まではあと二十メートルはある。そして俺には両腕と片足がない。

 

 鎧武者が刀を構えるのがやけにスローに見える。


 この身体ではもう扉には辿り着けない。しかしこれで諦めるのは癪だった。


 ……辿り着けないのならばせめて!


 俺は残った片足に力を込め、思いっきり飛んだ。

 その時には鎧武者の刀は振り抜かれていて下半身の感覚がなくなるのがわかった。

 だが俺は鎧武者の首元に食らい付いた。


 ……せめて一矢報いてやる!

 

 残った力を精神力でかき集め、首を噛みちぎった。

 鎧武者の首元からは鮮血が飛び散る。


 ……ざまぁ……みろ!


 と思ったのも束の間、鎧武者に顔面を掴まれ地面に叩きつけられた。

 その拍子に噛みちぎった肉片を飲み込んでしまった。


 ――ドクン。


 心臓が一際大きく脈打った。


「ぐぅ――ぁあああああああああああああ!!!」


 変化は劇的だった。

 身体が燃えている。そう錯覚するほどの熱量。

 皮膚の下で何かが蠢く感覚がする。その度に激痛が走る。今まで受けたどの痛みよりも強烈な激痛が。

 

 視界が明滅する。呼吸ができない。いっそ気を失ってしまえたらどれだけ楽だった事だろう。


 だがこの痛みがそれを許さない。なにかが変わっていく感覚がする。

 

 人間的に大切な部分が。

 人間的に重要な部分が。

 人間的に根本的な部分が。


 こぼれおちていく。

 

 ――壊せ。


 頭の中で声が響く。


 ――喰らえ。


 あたまのなかでこえがひびく。


 ――殺せ。


 アタマノナカデコエガヒビク。


 ――殺せ。

 ――――殺せ。

 ――――――殺せ。




 殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺


 殺戮衝動が頭を満たす。それは世界を憎み蝕む呪いの濁流。身体が、心が、魂が変質していく。


 思考が黒に塗りつぶされる。


 ちっぽけなヒトである俺の意識はそこで途絶えた。








 


「グゥオオオオオオオオオオオオオ!!!」


 そうしてソレは生まれた。この世にあってはならないモノ。世界を憎み、怨み、蝕むケモノ。

 もはやソレはニンゲンという枠組みを放棄していた。

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