if XX
夏休み最終日――その日は、どこか特別な重みを持っていた。空は澄み渡り、夕日が柔らかい光を海に落としていた。僕たちは、岬へと向かっていた。ここで、すべてが決まる。そう感じながら、僕は心の中で何度も決断を反芻していた。瑠海のこと、綿津見くんのこと、そして僕たちの未来……。
岬に到着すると、潮風が穏やかに吹き抜け、遠くから波の音が聞こえてきた。何も変わらない海――でも、僕たちの心の中では、すべてが変わろうとしていた。
「今日は……すべてを話す時だ。」綿津見くんが、静かに口を開いた。彼の声には、どこか重みと覚悟が感じられた。僕も斉藤も高梨も、彼の言葉に耳を傾けていた。
「凪、斉藤、高梨。僕が今まで隠してきたことを、今日すべて話す。そして、この日が来ることを待っていた。」
斉藤と高梨は驚いた表情を浮かべたが、僕はすでに綿津見くんが何を語るつもりか、薄々感じていた。彼の存在がただの人間ではないこと、そしてこの島に深く関わっていることを。
「僕は、ただの人間じゃない。この島の神様のような存在で、何百年、何千年と島を見守り続けてきた。そして、この島の均衡を保つために存在している。」綿津見くんの言葉が、静かに響いた。
斉藤が戸惑いながら言葉を発した。「そんな……君が神様って、一体どういうことなんだ?」
綿津見くんは少し笑みを浮かべて答えた。「驚かせてしまってごめん。でも、僕はこの島の自然や海、そして星々と共に存在している。この島が生きている限り、僕の役目は島の均衡を守ることなんだ。」
僕は黙って彼の言葉を聞いていた。彼が何者であるかを知りながらも、彼がこの瞬間をどうやって迎えるのかを心の中で考えていた。
「そして、瑠海もまた特別な存在だ。彼女はケートスの力を受け継ぐ者――海と星々に繋がる存在で、凪、君を救ったことでその運命が変わってしまったんだ。」綿津見くんは僕に真剣な眼差しを向けた。
僕は静かに頷いた。「僕を助けたことで、瑠海は……」
「そうだ。彼女は君を救うために、自らケートスの運命を受け入れた。彼女がこの島から消える運命になったのも、その選択の代償だ。」綿津見くんの言葉は、まるで重たい鎖で僕を縛るように響いた。
「じゃあ、君はずっとそのことを知っていたのか?」高梨が、信じられないような表情で尋ねた。
「そうだ。僕は彼女が凪を助けた時から、彼女の運命を見守ってきた。彼女が選んだ道を尊重し、そして君たちがどう選ぶかを待っていたんだ。」綿津見くんの目はどこか悲しげだったが、同時に優しさも感じられた。
僕は口を開こうとしたが、言葉が出なかった。瑠海の選択、そして彼女が背負った運命を考えると、胸が締め付けられた。
「そして、今度は君が選ぶ時が来たんだ、凪。」綿津見くんは静かに続けた。「もし、君が本当に瑠海と一緒にいたいなら、そのための方法がある。でも、それには大きな代償が伴う。この世界の均衡が崩れるかもしれない。僕自身も、この世界から消えることになるかもしれないんだ。」
その言葉に、斉藤と高梨も動揺していた。僕は、その言葉を噛み締めながら、心の中で決断しなければならないことが何であるかを理解していた。
「君が瑠海と一緒にいるためには、並行世界――ifの世界に移ることが必要だ。この世界で一緒になれば、すべてが壊れてしまう。でも、並行世界なら、君たちは新しい未来を共に生きることができるんだ。」
「並行世界……?」斉藤が驚きながら聞いた。「それって、僕たちの世界とは違う世界ってことか?」
綿津見くんは頷いた。「そうだ。この世界とは別の世界。君たちの記憶は消えるかもしれないが、そこで新しい人生を送ることができる。君たち二人は一緒に生きられるんだ。」
僕は沈黙したまま、瑠海のことを考えていた。彼女がどんな気持ちで僕を助け、そして自らの運命を受け入れたのか――そのすべてが、僕の胸に重くのしかかっていた。
「凪、君が決めるべきだ。」綿津見くんが静かに言った。「君が瑠海と共に新しい未来を生きることを望むなら、僕は君たちを並行世界に送り出す。でも、その代わりに僕は消えるかもしれない。君の選択に全てがかかっている。」
僕は深く息を吸い、そしてゆっくりと吐き出した。「綿津見くん、僕は……」
その時、突然、海から柔らかい光が差し込んだ。波が静かに打ち寄せ、海の中から瑠海の姿が浮かび上がってきた。彼女は静かに目を閉じたまま、ケートスの繭の中で横たわっていた。
「瑠海……」僕は思わず声を上げた。
綿津見くんがそっと手をかざすと、繭がゆっくりと開き、瑠海が目を覚ました。彼女の目が開き、僕を見つめると、そこには昔と変わらない優しい光が宿っていた。
「凪……」彼女は小さく微笑んだ。
「瑠海……僕は、君と一緒に生きたい。どんな世界でも、君と共に未来を歩みたい。」僕は彼女の手を握りしめた。
彼女は僕をじっと見つめて、頷いた。「私も、凪と共に歩みたい。どんな道でも。」
その瞬間、綿津見くんが静かに言った。「では、君たち二人を並行世界に送り出す時が来た。」
斉藤が、少し不安そうに口を開いた。「僕たちは……どうすればいい?」
「君たちもこの決断の一部だ。もし、この世界が崩れても、君たちが二人の未来を信じるなら、それでいいんだ。」綿津見くんが答えた。
斉藤と高梨はお互いに目を合わせ、やがて斉藤が静かに頷いた。「凪、瑠海、僕は君たちの選択を信じるよ。この世界がどうなろうとも、君たちが幸せになるなら、それが最善の道だ。」
高梨も微笑んで言った。「私もそう思う。君たちの幸せが、きっとすべてを良い方向に導いてくれる。」
僕は彼らに感謝の気持ちを伝え、瑠海と共に綿津見くんの前に立った。
「準備はできているか?」綿津見くんが静かに尋ねた。
僕たちはお互いに頷き、そしてそっと唇を重ねた。
その瞬間、周囲が一瞬で光に包まれ、僕たちはまるで風に乗るように、並行世界へと飛び立っていった。
こうして、僕たちは新しい世界へと向かう――ifの世界で、瑠海と共に新しい未来を作るために。
後ろではこの世界の均衡が崩れていく音が響いていた。大地が揺れ、海がざわめき、空が異様な響きを奏でている――まるで、世界そのものが別れの調べを奏でているかのように。
振り返ることなく、僕たちは進んだ。僕たちの選んだ道は、後戻りできない道だ。誰かが僕たちを必要とした声が、遠くで聞こえていた。その声に応えるように、僕は瑠海の手を強く握りしめた。
「僕たちは、選んだんだ。」僕は静かに呟いた。
その選択が正しいかどうかなんて分からない。でも、瑠海と共に歩む未来を信じる。それがたとえ、どんな代償を伴うものであっても、僕たちの選択が間違いではないと証明してみせる。
沈む影が揺れ、音が振り解かれていく。闇の中で、僕たちは花を咲かせるように生きていくのだ。
眩い刹那に、僕たちの鼓動は止まることなく響き続けている。宙に浮いた感覚が僕たちを包み込み、この新しい世界へと導いていく。過ぎ去っていく過去が、今となっては愛おしくさえ感じた。
「大切な人よ、僕は今、君のもとへ向かっている。」僕は瑠海の耳元で囁いた。
僕たちの選んだ未来、僕たちの間違いだとしても、それは僕たちが共に歩むための道。回る水槽のように、僕たちの声が響き、空に届く。その声は、晴天に向けて――まっすぐに。
そして、僕たちは、宙に浮いたまま、新しい世界へと消えていった。世界が崩れていく音が、次第に遠ざかっていく。その音の中で、僕たちは新しい未来を手に入れるために進んでいくのだ。
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