if XVII

僕は、夏の夜風が窓から吹き込む部屋の中で、静かに眠りに落ちた。頭の中には、ここ数日間の出来事が渦巻き、ケートス、均衡、瑠海のペンダントがまるで絡み合うように思い出されていた。そして、夢の中に引き込まれていった。


目を開けると、そこは見覚えのある場所だった。僕が幼い頃に家族と訪れた、あの岬の風景が広がっている。岬の先端には大きな鯨が静かに横たわっていて、その背中がゆっくりと波打っている。そう――それはケートスだ。


「ケートス……」


僕は無意識にその名前を口に出していた。彼の存在が、僕に何かを伝えようとしているのが分かった。ケートスは、まるで守護者のように静かに僕を見つめている。そして、その大きな目が輝き、海の奥底に向かって視線を送るように誘う。


その時、僕の視界が突然暗転し、代わりに美しい星々が夜空に現れた。ミラ、メンカル、そして他の星々が、規則的に瞬きながら、何かを示しているようだった。彼らが描く星座の形が、まるで地上と繋がり、均衡の秘密が空と海に関わっていることを告げているかのようだった。


「これは……一体……」


僕の心は混乱していたが、夢の中の出来事ははっきりとしたメッセージを伝えているようだった。ケートスが海の力を引き出し、その力は星々と結びつき、島の均衡を守ってきた――しかし、今、その均衡が揺らぎ始めている。均衡を保つ者として、瑠海が何かをしなければならないことが、夢の中で次第に明らかになっていった。


突然、夢の中で僕は幼い頃の自分に戻っていた。岬の上で、家族と一緒に星を眺めている。父親が僕に語りかけていた。


「星々には昔から力が宿っているんだ、凪。ミラ、メンカル、デネブ・カイトス……これらの星たちは、海と繋がっている。昔、この島の人々は星と海の均衡を守るために、海の守護者を祀っていたんだよ。」


父の声が耳に残る。彼が言っていたのは、この島の伝説とケートスのことだったのか――夢の中の僕は、子供の頃には分からなかったその言葉の重みを、今ようやく理解していた。


「じゃあ、僕たちはその均衡をどうやって守るんだ……?」僕は夢の中で自分に問いかけた。


その時、ケートスが再び現れ、僕に近づいてきた。大きな目で僕をじっと見つめ、その瞳の中に無数の星が輝いていた。そして、まるで優しく僕を包み込むように、ケートスが静かに言葉を発した。


「君の選択が、未来を変えるだろう。」


その声は低く、静かでありながら、どこか切迫したものを感じさせた。僕の選択――それが島の運命を左右するのだということが、はっきりと胸に響いた。


次の瞬間、僕の目の前に瑠海が現れた。彼女は穏やかな表情を浮かべていたが、その目にはどこか決意の色が見えた。


「瑠海……」僕は彼女に手を差し伸べた。


「大丈夫、凪。私、もう迷わない。」瑠海は静かに言った。


その言葉が、僕の心に重く響いた。彼女は何かを悟り、すでにその決断を下しているかのようだった。そして、その決断が彼女をどこに導くのか――それを考えると、僕は胸が締め付けられるような感覚を覚えた。


夢の中で、僕は彼女の手を握り返そうとしたが、突然その手は消え去り、再び暗闇が広がった。そして、目の前には巨大な海が広がり、その上に星々が瞬いている。


「君の選択が、すべてを決める。」


再びケートスの声が耳元で響いた瞬間、僕は夢から目覚めた。


***


目を覚ました僕は、汗でびっしょりと濡れていた。夢で見た光景、ケートスの言葉、そして瑠海の決断。それらが頭の中で繰り返され、僕は心臓の鼓動が早まっているのを感じた。


「選択……僕の選択が、未来を変えるって……」


夢で感じたことは、現実でも重要な意味を持つような気がした。僕はすぐに瑠海やみんなにこの夢のことを伝えなければならない。均衡を保つためには、僕たちが決断し、行動を起こす時が来ている――

そのことを強く感じながら、僕はベッドから飛び起きた。



夢から覚めた後も、僕の胸の中にケートスの言葉が強く残っていた。「君の選択が、すべてを決める。」あの言葉の意味が今はっきりと僕に重くのしかかっている。僕の選択――それが、この島、そして瑠海にどんな影響を及ぼすのか。


夜明けの光が差し込む頃、僕はベッドから起き上がり、夢で見た光景を思い出そうとしていた。星、ケートス、そして瑠海の表情――それらが絡み合い、僕の心をかき乱していた。


「僕の選択が……すべてを決めるんだ……」


僕は静かに呟き、部屋を見渡した。時計はまだ早朝を指していたが、もう眠る気にはなれなかった。考えがぐるぐると回り、どうしても落ち着くことができなかった。


瑠海は、もうすでに自分の決断を下しているように見えた。でも、それが何を意味するのか――彼女が本当に犠牲を払うつもりなのか、僕には確かめる術がなかった。夢の中で彼女が微笑んでいた姿が、まるで最期の別れを告げるかのようで、僕の心をかき乱す。


「瑠海……」


彼女を守りたい。その気持ちは日に日に強くなっていた。もし彼女が何か大きな犠牲を払うことになるなら、僕はどうにかしてそれを止めたいと思った。でも、どうやって?


僕の頭の中に浮かんだのは、岬での出来事と星々のことだった。父が教えてくれた星の話――ミラ、メンカル、デネブ・カイトス。星と海の力が均衡を保っているという古い伝説。もしかしたら、僕たちが解決の糸口を見つけるためには、星の力も重要な鍵になっているのかもしれない。


「星……星座……それが手がかりなんだろうか。」


そう思い立った僕は、すぐに図書館で星座や島の伝説に関する資料を探し始めることにした。まだ全てのピースは揃っていないが、何かが見つかるかもしれないという予感がした。


***


その日、僕は朝一番で図書館に向かった。瑠海や斉藤、高梨、綿津見くんにも連絡し、全員で再び集まることにした。


「おはよう、凪。何かあったの?」斉藤が少し心配そうな顔をしながら尋ねた。


「昨日、夢でケートスと会話したんだ。それで、何か重要なことが分かりそうなんだ。」僕は彼に説明しながら、夢で感じたことを伝えた。


「夢の中でケートスが?それって……もしかして、何かを伝えようとしてるんじゃないか?」高梨が興奮したように言った。


「そうだと思うんだ。ケートスは僕に『君の選択が未来を変える』って言ったんだ。どうやら、僕たちがこれから何を選ぶかが、この島の均衡に大きく影響するらしい。」僕は真剣に話しながら、みんなの顔を見渡した。


「選択か……でも、それが具体的に何を意味するのか、まだはっきりしないよな。」斉藤は考え込むように呟いた。


「それを知るために、まずは星座に関する資料を探そうと思うんだ。夢で見た星々――ミラやメンカル、それが何かの手がかりになる気がする。」僕はそう提案し、みんなで図書館の古い書籍を漁り始めた。


***


しばらくして、僕たちは古い天文書や島の伝説に関する資料を見つけ出した。その中には、かつてこの島が星と海の力で守られていたという記述があり、ケートスの存在も明確に描かれていた。


「これだ……やっぱり、この島は星と海が均衡を保っていたんだ。」僕はその一文を読みながら、確信した。


「でも、それが崩れ始めてるってことか?」斉藤が不安そうに訊いた。


「そう。だから僕たちが、この均衡を守るための選択をしなければならないんだ。」僕は静かに言った。


「選択って、具体的にはどうすればいいんだろう?」高梨が尋ねた。


「それはまだ分からないけど、夢の中でケートスは『未来を変える』って言ってた。僕たちの選択次第で、この島を守れるかどうかが決まるんだ。」僕は夢の中で感じたケートスの言葉を思い出しながら話した。


瑠海は黙ってその話を聞いていたが、ふと顔を上げて言った。


「私は、もう決めている。もし私がこの島の均衡を保つために必要なら、その役割を果たす覚悟はできてる。」


彼女の言葉に、僕たちは一瞬静まり返った。彼女の覚悟がどれだけ強いか、その決意の重さを感じ取っていたからだ。


「でも、そんなことを君一人にさせるわけにはいかない。僕たちで他に方法を探すんだ。」僕は強くそう言った。


瑠海は少し微笑んだが、その目にはどこか寂しさが宿っていた。


「ありがとう、凪。でも……私には分かっているの。これが私の役目なんだって。」瑠海の声は静かだったが、その言葉には揺るぎない決意が感じられた。


僕たちは、彼女の言葉を胸に刻みながら、次の行動に移る準備を始めた。


***

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