if Ⅺ

神社での出来事から数日が経ったが、僕たちはまだ新しい手がかりを見つけられずにいた。石碑に刻まれた「均衡が揺れる」という言葉は、頭の中で繰り返し反響していたものの、それが具体的に何を意味しているのかは依然として不明瞭だった。


「何か大きな謎が目の前にあるのに、それに手が届かない感じがするな……」僕は思わず呟いた。


「そうだね。あの石碑の言葉、やっぱりケートスと関係してると思うけど、何かが足りない気がする。」斉藤が答える。


「でも、その『均衡が揺れる』って言葉、崩れるとどうなるんだろうね?」高梨が不安そうに言った。


僕たちはそれぞれに思い悩みながら、日常の中での小さな謎を拾い集めていたが、肝心な答えはまだ遠いところにあった。


***


その夜、僕は夢を見た。またしても、星空の中を漂う鯨――ケートスの姿が現れる夢だった。ケートスは、僕をじっと見つめている。まるで僕に何かを訴えかけているような、静かな目だった。


「君が守らなければならないものが、もう目の前にある。」


その言葉が心に浮かんだ。僕はそれが何を意味しているのか、必死に考えようとするが、すぐには答えが出てこない。


夢の中では、再びミラやメンカルの星々が瞬いていた。それは、遠い記憶の彼方にあるもののようでいて、今この瞬間に存在しているかのようだった。僕はその星たちの光を見つめながら、何かを思い出そうとしている自分に気づいた。


***


翌日、僕は瑠海に会いに行った。どうしても、彼女の記憶について話を聞きたかった。


「瑠海、最近何か思い出したこととかない?」僕は慎重に問いかけた。


瑠海はしばらく考え込んだ後、静かに首を横に振った。「ごめんね、まだ何もはっきりとは思い出せないの。何か大切なことを忘れている気がするんだけど、思い出そうとすると、すごく苦しくなるの……」


彼女の言葉を聞いて、僕は何かを隠しているのではないかという疑念が一層強まった。けれど、無理に彼女に問い詰めることはできない。彼女が自分で思い出すべきことなのだろう。


「無理に思い出さなくてもいいよ、瑠海。いつか自然に記憶が戻るかもしれないし、それまで一緒に考えていこう。」僕はそう言って、彼女に笑みを見せた。


瑠海も少し安心したように微笑んだ。「ありがとう、綾瀬くん。でも……なんだか、時間があまり残されていない気がするの。」


その言葉が僕の胸に突き刺さった。まるで彼女が、何か大きな変化が訪れようとしていることを感じ取っているかのようだった。


「時間が……?」


「うん。何が起こるのかはわからないけど、何かが近づいている気がするの。」瑠海はどこか遠い目をして、そう言った。


僕はその言葉に強い不安を感じた。彼女の記憶、ケートス、そして島に隠された均衡の崩壊――すべてが繋がりつつあるようで、その結末が何であるのかを知るのが恐ろしかった。


「でも、何かは確実に起きようとしてるんだね……それがどんな形なのか、僕たちで確かめなきゃいけない。」僕は自分に言い聞かせるようにそう言ったが、心の奥では何かが押し寄せてくる感覚があった。


「たぶんね。でも、私にはまだ何をすればいいのかわからないの。」瑠海は寂しそうな表情を浮かべた。


***


その日の夕方、僕は再び神社を訪れた。瑠海の言葉が頭の中で響いていて、どうしても気持ちが落ち着かなかったからだ。静かな祠の前に立ち、しばらく目を閉じて心を落ち着けようとしていた。


風が吹き抜け、周囲の木々がざわめいた。その瞬間、微かに聞こえたのは、まるで海の底から響くような低い音だった。僕はその音に反応し、周囲を見渡したが、誰もいなかった。


「ケートス……」


僕はその名を口にし、静かに祠の中へと入っていった。何かがここにある。ずっとそう感じていたが、今日はそれがはっきりと感じられた。


祠の奥にある石碑をもう一度見つめる。そして、その周囲の空間に漂う、目には見えない何かを感じ取ろうとしていた。


突然、再び足元がわずかに震えた。前に感じた時と同じ感覚だ。何かが、この場所に存在している。そのことだけは確かだった。


「均衡が崩れる前に、僕たちはその意味を解き明かさなければならない……」


その思いがますます強くなる中、僕は神社を後にした。けれど、胸の中に残るのは、焦燥感と不安の影だった。何か大きな出来事が迫っている――そんな確信が僕の中で膨らみ続けていた。


***


夜が更け、僕は再び夢の中で星空に漂う鯨を見た。彼はまるで僕に何かを伝えようとしている。しかし、そのメッセージは言葉にはならず、ただ静かに僕を見守っているように感じた。


「この均衡が崩れる時、全てが変わる……」


その言葉が夢の中で響き渡り、僕は目を覚ました。何かが迫っている。僕たちが動かなければならない時が近づいている――

その実感だけが、胸の中に強く残っていた。

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