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5月の初め、纉伎島の穏やかな空気は、日に日に暖かさを増していた。入学してから1か月が経ち、僕たちは徐々に学校生活に慣れてきた。しかし、僕の心の中にはずっとケートスのことが引っかかっていた。綿津見くん、斉藤、高梨との調査も続いてはいるものの、まだ核心に迫る手がかりは得られていない。


そんなある日の放課後、僕は仲間たちと図書館で調査をしていた。ケートスについての新しい情報は見つからなかったが、少しずつ島の伝説や神話の繋がりが見えてきた。


「ねえ、綾瀬くん。あんたって、本当にケートスに助けられたの?」高梨がふと尋ねた。


僕は少し驚きながらも、頷いた。「ああ、そうだよ。小さい頃に島の沖合で溺れたんだ。その時、ケートスが現れて……僕を助けてくれた。」


「でも、それって本当にあった話?夢とかじゃなくて?」高梨は半信半疑な顔で僕を見る。


「正直、僕も最初は夢だと思ってたんだ。でも、あの時の感覚は今でもはっきりと覚えてる。海の中で呼吸ができなくなって、もうダメだと思った瞬間、巨大な影が僕の前に現れて……。次に目を覚ました時、僕は砂浜に横たわっていた。周りには誰もいなかったけど、あの時確かに何かが僕を救ってくれたんだ。」


「それがケートスか……」斉藤が興味深そうに眼鏡を直しながら呟く。「でも、現実と夢の境目が曖昧になっている気がするな。それだけに、君の体験が特別なものだと感じる。」


「まあ、確かに普通じゃない話だよね。でも、私は綾瀬くんの話を信じたいな。だって、今こんな風にケートスを調べてるんだから、何か理由があるはずだよ。」高梨が笑いながら言う。


綿津見くんも頷きながら、「確かに。ケートスがただの伝説で終わるなら、俺たちがこうして調べる意味も薄れるけど、現実に関わってきている以上、何か大きな意味があるはずだ。」


「うん……」僕はふと考え込んだ。あの時のケートスがどうして僕を助けてくれたのか、それが今でもわからない。それでも、彼らの協力で少しずつ謎に近づいている気がしていた。


***


そんな日々が続く中、時は5月の半ばに差し掛かっていた。僕たちは毎日のように集まってケートスについて調べるようになったが、進展はゆっくりだった。けれど、その中で仲間たちとの絆は深まっていった。


「もうすぐ夏だな……」放課後の校庭で、僕たちは何気ない会話をしていた。学校生活はどこか日常の延長のように思えるが、その一方で僕たちは大きな謎に向き合っている。


「夏休みになったら、この島のあちこちを調べてみようか?学校の図書館だけじゃ限界があるし、島の古い住人に話を聞くとかもいいかも。」斉藤が提案した。


「確かに、島の歴史や伝説に詳しい人がいれば手がかりが得られるかもね。」綿津見くんが同意する。


「島の古い神社とかも見てみたらどう?結構いろんなところに昔の祠とかが残ってるらしいよ。」高梨が思いついたように言った。


僕は彼らの提案に耳を傾けながら、ふと瑠海のことを思い出した。彼女が何か重要な鍵を握っているような気がしてならなかった。彼女の記憶が曖昧であること、その裏に何か秘密があるのではないか――。


「そうだな、島を回ってみるのはいい考えだ。あと、俺たちで瑠海さんにも話を聞いてみたらどうだろう?もしかしたら、彼女が何か知ってるかもしれないし。」綿津見くんが僕に提案してきた。


「瑠海……うん、それもいいかも。」


僕たちは次のステップを決め、夏休みに向けて準備を進めていくことにした。この頃から、僕の心の中には一つの不安が渦巻き始めていた。ケートスが僕を救った理由、そして瑠海が僕を覚えていないという事実。それらが何か大きなものと繋がっている気がしてならなかった。


***


6月に入ると、僕たちの調査はさらに進んだ。学校の授業や試験の合間を縫って、僕たちは島の各地を訪れた。古い神社や祠、そして島の古老たちの話を聞くために足を運んだが、確かな手がかりは得られなかった。


しかし、ある日のことだった。僕たちは島の西側にある古い神社を訪れていた。そこは普段はほとんど人が訪れない場所で、鬱蒼と茂る木々に囲まれていた。境内に入ると、ひっそりとした空気が流れている。


「ここ、何か感じない?」高梨が小さな声で言った。


僕もその静寂の中に、何か特別な気配を感じていた。まるで、ここが時間に取り残された場所であるかのように――。


斉藤が慎重に言葉を選びながら口を開いた。「この神社、もしかしたら何か特別な意味を持ってるかもしれない。昔から、島の守護神が祀られている場所だって聞いたことがある。」


「守護神……ケートスのこと?」


「可能性はある。少なくとも、何かこの場所と繋がりがあるはずだ。」


その時、僕の胸の中にかすかな痛みが走った。まるで、ケートスが僕に何かを伝えようとしているかのような感覚。


「綾瀬くん、どうしたの?」綿津見くんが僕の顔色を見て、心配そうに尋ねた。


「いや……何でもない。大丈夫だよ。」僕はそう答えながらも、胸の奥で何かがざわつくのを感じていた。


それが何を意味しているのか、まだはっきりとはわからない。だけど、この夏が来る頃には、きっと何か大きな変化が起こる――そう確信していた。

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