if IV

ケートスについての調査を続ける中で、僕と綿津見くんだけでは限界があることを感じていた。調べる資料の範囲も広く、何よりも解き明かさなければならない謎が多すぎた。二人だけでは手が足りないと感じた僕は、思い切って綿津見くんにそのことを話すことにした。


「綿津見くん、僕たちだけじゃ、この調査は難しいかもしれない……もっと人手が必要だよ。」


昼休みの教室で、僕は小声で綿津見くんに話しかけた。彼も同じことを感じていたようで、頷きながら答える。


「そうだな。俺も最近、そう思ってた。幸い、助けを頼めるやつがいるんだ。今日、紹介するよ。」


「誰?」


「斉藤と高梨。二人とも俺と仲が良くて、こういうちょっと変わったことに興味があるんだ。ケートスのこと、一緒に調べたがってるよ。」


斉藤と高梨――名前だけは聞いたことがあった。斉藤はクラスメイトの中でも落ち着いた性格で、知識も豊富なタイプ。高梨は活発で、誰にでも明るく接するタイプだ。そんな二人が仲間に加わってくれるなら、心強いことは間違いない。


放課後、僕たちは図書館に向かった。そこで斉藤と高梨が僕たちを待っていた。斉藤は細身で、眼鏡をかけていていかにも知識人という雰囲気だ。一方で、高梨は短い髪を軽く揺らしながら、元気に手を振っている。


「綾瀬くんだよね?初めまして、斉藤だ。」


「高梨です!よろしくお願いします!」


二人の挨拶に、僕は少し緊張しながらも笑顔を返す。


「よろしく……急にこんな話でごめんね。でも、本当に助かるよ。」


「いやいや、そんなことないって!」高梨が笑顔で答える。「綿津見くんから聞いて、めちゃくちゃ面白そうだと思ったんだ。これ、絶対に大きな冒険になるでしょ?」


斉藤も軽く笑いながら続けた。「そうだね。僕もこういう神話や伝説には昔から興味があったから、むしろこちらから参加したいくらいだよ。特にケートスの話は、興味深い。」


綿津見くんは微笑みながら、僕に言葉をかけてきた。「これで仲間が増えたな。これからは4人で調べていこう。」


僕たちは図書館の一角に座り、さっそくケートスについての調査を進めることにした。纉伎島に伝わる古い文献や神話の書物を次々と開いていく。島にはたくさんの伝説が残っており、海や自然にまつわる話が多いことがわかった。


「この島の伝説って、本当に多いんだな……特に、海にまつわるものが多い。」僕は本のページをめくりながら呟いた。


「うん、特にケートスみたいな存在についての記述は、この島でも特別なものだね。」斉藤が頷きながら本を見つめる。「海の守護者として、時空を超える力を持っているとも書かれている。古代から、何か特別な役割を果たしてきた存在のようだ。」


「でも、そのケートスがなぜ綾瀬くんに関わっているのかが謎だよね。」高梨が口を挟む。「ただの伝説の存在だとしたら、普通は現実世界に関わってこないんじゃない?」


「その通りなんだよ。」僕は苦笑しながら答えた。「僕も小さい頃に助けられたはずなんだけど、今でもあれが現実だったのか夢だったのか、はっきりとはわからないんだ。」


「でも、現実にケートスが現れたんだろ?だったら、それには何か理由があるはずだよ。僕たちがそれを解き明かす手がかりを見つけるんだ。」綿津見くんが言葉に力を込めた。


斉藤は本をさらにめくりながら、ケートスの記述に目を留めた。「ここには、ケートスが時空を超えて現れる守護者であり、特定の人物と絆を結ぶことがあると書かれている。でも、その相手が誰なのかまではわからない。」


「絆……か。」僕はその言葉に引っかかるものを感じた。もしケートスが僕と何らかの絆を持っているのだとしたら、それは一体何を意味するのか?


「それと、こんな記述もある。ケートスには、均衡を保つ役割があるらしい。この世界と何か大きな関係があるみたいだ。」斉藤はさらに興味深そうに本を読み進める。


「均衡を保つ……ってことは、この世界に何か大きな影響を与える存在ってこと?」高梨が不思議そうに問いかける。


「そうかもしれない。ケートスがこの島に現れること自体が、何か特別な出来事の前触れなのかもしれないね。」斉藤は淡々と説明してくれた。


その瞬間、僕はふと瑠海のことを思い出した。彼女の記憶が曖昧になっていること、そして彼女が何かを隠しているかのような言動。もしかしたら、彼女の記憶が失われたのは、ケートスやこの島の均衡に関係しているのかもしれない。


「綾瀬くん、どうしたの?」高梨が僕の様子に気づき、声をかけてくる。


「いや、少し考え事をしてて……。でも、確かに僕にはまだ分からないことがたくさんあるんだ。」


「それなら、これから一緒に解明していこう。大事なのは、今はみんなで協力して進んでいくことだよ。」高梨の言葉には力があり、僕もそれに励まされた。


調査が続く中、僕たちは新たな事実に気づき始めた。ケートスは単なる海の生き物ではなく、まるで精霊のような存在であり、この島の神話の中でも特別な役割を持っていた。特に、海と時間に深い繋がりを持ち、この島を守る存在として長い間語り継がれていたことが分かってきた。


「つまり、ケートスはただの伝説じゃなくて、何かもっと大きな存在ってことか……?」僕はその新しい事実に圧倒されながら呟いた。


「そうだね。そして、君がケートスに助けられた理由も、きっとその大きな存在と何か関係があるはずだ。」斉藤がそう言いながら僕に視線を向けた。


「少しずつだけど、全貌が見えてきた感じがするね。」高梨が笑顔で言った。「これからが楽しみだね!」


調査はまだ始まったばかりだが、僕たちは確実に謎に近づいている。それと同時に、瑠海の記憶や彼女との繋がりも、このケートスの謎に深く関わっていることを感じ始めていた。


***


その夜、僕は再び夢を見た。


暗い海の中、僕は一人漂っていた。そこには何もない。ただ、深い闇が僕を包んでいる。そして、その闇の中から、またケートスが姿を現した。


巨大な影がゆっくりと近づいてくる。その瞳は、今まで見たどの瞬間よりも強い意志を感じさせた。まるで僕に何かを訴えかけているかのようだった。


「……君は、誰なんだ?」


僕は勇気を出して問いかけた。すると、ケートスはその巨体をゆっくりと僕に向けた。そして、言葉にはならないが、心の中で響くように感じた。


「君を守る存在……そして、君が守るべきもの。」


その瞬間、ケートスは再び海の深い闇の中へと姿を消していった。


目が覚めた時、胸の鼓動が早くなっていた。夢の中で感じたその言葉が、僕の心に深く刻まれている。守るべきもの――それは、いったい何を意味しているのだろうか?


「瑠海……。」


僕は思わず彼女の名前を口にした。これから何が待っているのかは分からないが、彼女がこの謎の中心にいるのだという確信が、僕の中で強くなっていた。

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