if III

僕はベッドの上で少し呆然としながら、昨夜の夢のことを思い返していた。ケートスが海の底へと僕を導き、その先に現れた巨大な扉。あの光は、いったい何を意味しているのだろうか。まだ夢の残像が頭の中を支配している。


「いったい……何だったんだ……?」


独り言のように呟いた声が、静かな部屋の中で響いた。時計を見ると、もう学校に行く時間が迫っている。僕は急いで制服に着替え、学校へ向かう準備をした。


学校への道を歩きながらも、頭の中でぐるぐると考え続けていた。夢の中のケートス、そしてあの扉。まるで現実と夢が交錯しているような感覚だ。昨日、綿津見くんとケートスについて話したばかりなのに、今になってこんな夢を見るなんて――偶然ではない気がする。


教室に着くと、綿津見くんがすでに自分の席に座っていた。僕を見つけると、すぐに手を振ってきた。


「おはよう、凪!」


「おはよう、綿津見くん。」


「なんだか疲れてるみたいだな。昨日、ちゃんと寝られた?」


「うん……まあ、寝られたけど、また夢を見たんだ。ケートスに関する夢。」


「またケートス?それって……どういう夢だったんだ?」


綿津見くんは興味津々な表情で、僕に向き直った。僕は昨夜の夢について簡単に話した。ケートスに導かれて海の底に辿り着いたこと、そこで見た巨大な石の扉、そしてその扉が開かれた瞬間に眩しい光が溢れ出したこと――。


「うーん、ますます謎が深まってきたな……。でも、石の扉か。何かの象徴かもしれないな。」


「象徴?」


「そうだよ。扉っていうのは、昔から別の世界へ通じる入口だったり、何か特別な存在を封印している場所だったりする。凪にとって、その夢が何を意味しているのかはわからないけど、確実にケートスが君に何かを伝えようとしているのは間違いないだろうな。」


綿津見くんの言葉には、妙に説得力があった。確かに、扉というのはただの物理的な構造物ではなく、何か象徴的な意味合いを持っているのかもしれない。


「そうか……でも、それが現実とどう関係しているのか、まだ分からないんだ。もしかしたら、島のどこかにその扉が存在するのかもしれないって考えたりもしたけど、そんな場所があるとは思えないし……。」


「いや、凪。実際にその扉がどこかにあるかどうかはわからないけど、夢の中で見たことが現実に影響を与えてくることってあると思うんだよ。島の伝承や神話にも、そういう話が多いからな。」


僕は黙って頷いた。綿津見くんの言葉は、的を射ているように感じた。今はまだ夢の中の出来事が謎だらけだけれど、何かしらの手がかりが現れるはずだ――それを信じるしかない。


「それでさ、今日はちょっと気になる人に会いに行こうと思ってるんだ。」


「気になる人?誰だ?」


「瑠海……幼なじみなんだ。小さい頃、この島でよく一緒に遊んでた。でも、ずっと会っていなかったし、最近思い出してね。」


「へえ、幼なじみか。どんな子なんだ?」


「少し変わってるけど、優しい子だった。両親を亡くした直後、すごく落ち込んでいた僕を慰めてくれたんだ。彼女には……会っておきたいんだよ。」


綿津見くんはしばらく考え込んでから、口を開いた。


「そっか、それは大事な再会になりそうだな。君も何か手がかりを掴めるかもしれないし。頑張れよ。」


「ありがとう、綿津見くん。とりあえず、行ってみるよ。」


僕は綿津見くんに感謝の言葉を述べ、瑠海に会う準備をすることにした。


***


放課後、僕は瑠海の家に向かうことにした。昔遊んでいた記憶を辿りながら、彼女の家に近づいていく。道すがら、少しずつ記憶が蘇る。彼女と遊んだ場所、笑い声、そして彼女が僕にかけてくれた優しい言葉たち。彼女はいつも、僕が落ち込んでいる時に寄り添ってくれた存在だった。


けれど、あの頃の彼女が今どうなっているのかはわからない。彼女がどういう気持ちで僕と再会するのかも――。


瑠海の家に辿り着くと、僕は深呼吸をしてからインターホンを押した。しばらくして扉が開き、そこに現れたのは――間違いなく瑠海だった。けれど、僕の記憶に残っている彼女とはどこか違っていた。大人っぽくなった顔立ち、少し無表情な目。


「……綾瀬くん?」


彼女は僕の名前を呼び、少し驚いたような顔をしたが、どこか冷たい表情をしていた。


「久しぶりだね、瑠海。会えて嬉しいよ。」


「うん……久しぶりだね。どうしてここに?」


「昔のことを話したくて。ずっと会いたいと思ってたんだ。」


僕がそう言うと、瑠海は視線を少し逸らし、困ったような表情を浮かべた。


「昔のこと……?ごめん、綾瀬くん。実は、あまり覚えてないの。」


「覚えてない……?」


僕は少しショックを受けた。彼女との思い出は、僕にとって大切なものだったからだ。けれど、彼女がそれを覚えていないという事実に、どう向き合えばいいのか分からなかった。


「ごめんね、なんか……あの頃のこと、ぼんやりしてて。何かがあったんだろうけど、私、断片的にしか覚えてないんだ。」


瑠海は少し申し訳なさそうに話し、僕はそれ以上何も言えなかった。何か理由があるのかもしれない、でも今はそれを深く追及する時じゃないように感じた。


「……そっか。仕方ないよ。急に来てごめんね。」


僕は微笑みを浮かべ、瑠海にそう伝えた。彼女も小さく笑い返してくれたが、その笑顔にはどこか違和感が残った。


「また、話せるといいね。」


そう言って、僕は瑠海の家を後にした。再会したものの、僕の心には謎が残るだけだった。彼女が記憶を失っているのか、それとも何かを隠しているのか――今は何も分からない。ただ一つ、僕の胸に重く残ったのは、あの頃の彼女の笑顔とは違う、どこか寂しげな雰囲気だった。

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