if Ⅱ

「実は僕、小さい頃にこの島に住んでいたんだ。」


綿津見くんは少し驚いた顔をして僕を見つめた。


「え?そうなの?全然知らなかったけど……それで、どうしてまた戻ってきたの?」


僕は一瞬言葉を探した。何と言っていいのか、まだ自分でもはっきりとした答えがない。でも、理由を話さなければ、綿津見くんには分かってもらえない。心を決めて、彼に話し始める。


「……16年前、僕はこの島で生まれたんだ。両親と一緒に……。でも、小学2年生の頃、両親を事故で亡くしてしまった。」


僕の言葉に、綿津見くんの顔が少し硬くなる。驚き、そして戸惑いが混ざった表情だろうか。


「その時は『死』というものをあまり理解できなかった。でも、家族がいなくなってしまったことだけは感じた。もし、あの時家族がいたら、どうなっていただろうって……。そんなことをよく考えたんだ。小学生の時から、ずっとね。」


綿津見くんは黙って聞いていた。その沈黙が、僕にとって不思議と心地よい。


「両親と一緒に過ごした6年間は、すごく幸せだったと思うんだ。でも、その後の生活があまりにも突然変わってしまって……。9年前のあの日、僕は纉伎第二小学校の入学式を迎えたんだ。みんなが笑顔で溢れていて、僕も新しい学校生活が楽しみで仕方なかった。でも、同じ日に、両親が交通事故に遭って……。」


その時のことを思い出すと、今でも心が締め付けられる。だけど、不思議と今は話せる気がした。綿津見くんなら、ちゃんと聞いてくれる気がするからだ。


「その時、僕はまだ『死』というものが良く理解できなかった。大人たちが泣き叫んでいるのを見て、ただ混乱していた。僕も泣いていたけれど、何に対して泣いているのか、自分でもわからなかったんだ。」


綿津見くんは真剣な表情で頷いている。彼がこうやって話を聞いてくれることが、今の僕にはとても大きな支えになっている。


「それからしばらくして、僕はケートスに出会ったんだ。両親を失ったばかりで、気持ちが不安定だった時に。あの日、僕は海で溺れて……その時、ケートスが現れて僕を助けてくれたんだ。」


「ケートス……伝説の鯨が、実際に君を助けたのか……」


「そう。それ以来、僕はケートスのことが頭から離れないんだ。あの鯨には何か特別な力があるような気がして。だから、この島に戻ってきたんだ。」


綿津見くんは少し考えるようにしてから、僕の肩を軽く叩いた。


「すごい話だな……。凪、君にはきっと特別な役割があるんだと思う。ケートスが君を救ったのは偶然じゃないんだよ。何か意味があってのことだ。」


「意味がある……そうなのかな。でも、あの時のことを思い出すたびに、両親のことを思い出してしまう。もし、あのまま両親が生きていたら、僕はこの島で普通に家族と一緒に暮らしていたのかなって。そんなことばかり考えてしまう。」


「それは……つらい経験だったんだな。でも、凪はその中で何かを見つけたんだろう?ケートスと出会ったことも、君がここに戻ってきた理由も、全部意味があるんだと思うよ。」


綿津見くんの言葉には、彼自身の真摯さが感じられる。その言葉に少しだけ勇気をもらえた気がした。


「ありがとう、綿津見くん。君に話してよかったよ。」


「いいってことよ。友達だろ?」


綿津見くんの笑顔は、どこか安心感を与えてくれる。僕は彼に頼ってもいいんだと感じた。今日から、ケートスの謎を解く旅が本格的に始まるのかもしれない。


***


放課後、僕たちは島の図書館に向かうことにした。学校の近くにある小さな図書館だが、島の歴史や伝説に関する本が意外と多く揃っているという話を聞いていた。


「この辺りに古い伝承の本があるらしいんだ。」


綿津見くんは図書館の中を歩き回りながら、棚を探していた。僕も一緒になって探していると、ふと古びた表紙の本が目に留まった。


『纉伎島の神話と伝説』


その表紙には、見覚えのある模様が描かれていた。それは、幼い頃に見た鯨の姿とそっくりだった。


「これ……もしかしてケートスのことが書かれているんじゃないかな?」


僕はその本を手に取って中を開いた。ページをめくるたびに、島の古い神話や伝説が描かれていた。そして、ついにそのページに辿り着いた。


『ケートス――時空を超えし守護の鯨』


そこには、ケートスについての記述があった。


「やっぱり……ケートスはただの鯨じゃないんだ。」


僕たちはその本をじっくりと読み進めた。ケートスは「時空を超えて現れる守護者」として古くから伝えられている存在で、特定の人物と強い絆を持つと言われていた。


「凪、この伝説……君とケートスのことを言ってるんじゃないか?」


綿津見くんの言葉に、僕は心臓が高鳴るのを感じた。僕とケートスの絆……それは、単なる偶然ではないのかもしれない。


「僕とケートス……どうして僕なんだろう?」


その答えはまだわからない。けれど、僕たちはその手がかりを掴むために、さらに調査を進めることにした。


***


その夜、僕はまた夢を見た。


暗い海の中で、僕はゆっくりと沈んでいく。波の音が耳元で響き、冷たい水が全身を包み込む。息ができない、胸が締めつけられるような感覚に襲われる。


その時、再びケートスが現れた。巨大な影が僕の前に浮かび上がり、僕を包み込むように近づいてくる。


「……ケートス?」


その姿は幼い頃に見たあの鯨と同じだ。しかし、今は何かが違う。ケートスの目は再び僕を見つめていたが、その目には深い悲しみが宿っていた。


「どうして……泣いているの?」


僕の問いかけに、ケートスは静かに頭を振った。そして、ゆっくりと僕を導くように、海の底へと進んでいく。


僕はその後を追いかけた。深い海の底へと、どんどん沈んでいく。水はどんどん暗くなり、僕の視界はほとんど何も見えなくなっていた。それでもケートスの大きな背中だけはぼんやりと見え続けていた。


「どこに連れていくんだ……?」


僕は不安を感じながらも、その声は海の中に溶け込んでしまう。海の底に辿り着いた時、そこには巨大な石の扉があった。見たこともない不思議な模様が刻まれている。


ケートスはその扉の前で立ち止まる。僕も近づき、扉を見上げた。


「ここは……どこなんだ……?」


その時、扉が静かに開き始めた。中からは眩しい光が溢れ出し、僕の目を射す。光の中から何かが現れた。それは――


***


目が覚めた時、僕は汗でびっしょりだった。夢の中で見た光景がまだ頭にこびりついている。あの扉、あの光……そして、ケートスが導こうとしていたもの。


「いったい……何だったんだ……?」




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