孤独な鯨が叫んだif
のきさきの
if Ⅰ
「パパ、あのお星さまの星座はなーに?」
ふと気がつくと、どこかの家のベランダに横たわっている。
何か懐かしい感じ。小さい頃に何回も見た光景だ。
横を見ると、少し掠れてよく見えないが僕の父親とよく似た顔の人物が、僕に向かって星座の説明をしているようだった。
「あれはね、パパが一番好きな星座、くじら座だよ。
真ん中にある星が、「ミラ」って言う星でパパが宇宙で一番好きな星。
長期変光星ともいうんだよ。変光星っていうのは明るさが変化を繰り返す星のことを言って、鼓動をしているなんてことも言われるんだ。その上にあるのがくじらのお鼻にあたる星、メンカルっていうα星と呼ばれるすごく明るい星なんだよ。その下がデネブ・カイトスと呼ばれるβ星と呼ばれる星。メンカルよりは一つ下の明るさに分類されるな。」
「え?でもパパ、そのめんかる?っていう星よりもかいとすっていう星の方が明るいのになんでめんかるは、あるふぁっていう星になっちゃうの?」
「うーーん、それはちょっとパパもわからないなぁ、、、」
そうだ、思い出した。僕の父さんも毎日のようにこうやって僕に難しい星の話をしてくれたっけ。懐かしいな。というか、鯨座なんてあったっけ?十二星座にないのは確かだが、お父さんに鯨座の話なんて聞いたことないな。
まぁいい。とにかく懐かしい。
「星博士のままに聞いてみよっか!」
「うん!聞いてみる!まま〜」
母さん?母さんもいるのか。会いたい。会えなくてもいいから、
せめて顔だけでも_____________
ピピピ ピピピ ピピピ
ピピピ ピピピ ピピピ
けたたましく部屋中に鳴り響くアラーム。もう何万回これを聞いて来ただろう。
そろそろスマホ側もしびれを切らして鳴らなくなるんじゃないだろうか。
そんな馬鹿なことを考えながら右脇の下に潰れていたスマホを取り出しアラームを切る。
また変な夢を見た。今日は昔の夢だったか。
どうしたものか、最近妙に夢を見ることが多い。環境が急に変わったせいなのか。
よくわからないが早くこの環境に慣れないと、まともに睡眠も取れなくなってしまう。
田舎特有の外で鳴く烏の合唱を横目に、僕は布団を畳んで制服に着替えてリビングに行った。リビングにも、台所というのにふさわしいのかわからないような場所にも、僕以外誰ひとりいない。
それはそうだ。僕は今日からこの部屋、この島で一人暮らしを始めるのだから。
そんなことを考えながら、ほとんど何も入っていない冷蔵庫から卵一つと昨日スーパーで特売していたベーコンを取り出す。
ここに来て一人暮らしを始めてから卵とベーコンを使った食べ物しか食べていない。
もともと料理が不得意というわけではなかったが、この島の高校で運動部に入るわけでもない自分にはこれで十分だ。お昼に食べるお弁当も冷凍食品とソーセージ、おにぎりを突っ込んで持っていっている。母がよく「冷凍食品は主婦の味方」と言っていたものだが、本当にその通りだ。忙しい中弁当の栄養面までも考えてくれていた母親には頭が上がらない。
7時10分。一通りの食事を済まして食器を洗い、学校指定のローファーを履いた。
ふと、誰もいない部屋を見て思う。
もし、ここに家族がいたら、と。
「行ってきます」
*
纉伎島高校はその名の通り、この纉伎島にある唯一の高校だ。
生徒数は全校で200人程と、多くも少なくもない。今日からこの学校に通うのだ。
この島は島根県の区分にはなっているものの、本島と島を繋ぐ定期便は月に二回しか来ないし、遊ぶところも海くらいしかいない。
そんな島に本島から引っ越してくる物好きは僕くらいしかいないだろう。
それが入学前の一番の不安なのだ。田舎特有の、「小、中、高、全部同じ学校です」という問題が出てくる。これが意外と厄介で、よそ者の自分はまず話に入れなくなる。
まぁ引っ越してきた目的が「纉伎島で友達を作る」ということじゃないだけマシだろう。
しかし自分が単身越してきたのだからそれなりの理由がある。その目的を達成するためにはまず地元の友だちを作るところから始めたい。
入学式が始まり、自分たちが3年間過ごすことになる若干古びているがそれでも味がある校舎を案内されたあと、教室で担任の諸連絡を聞いてそれで今日は放課となった。案の定クラスの皆は中学からの同級生が多いようで、既に馴染んでいる生徒が大半だった。今日は友達を作れなくても当然だろう。そう思い教室を出て帰路につこうとした時、驚くことに一人の生徒に話しかけられた。
「ねぇ君、きみ東京から来たんだって?」
その男の子は僕よりも少し背が高く体格は僕と似ている。顔は爽やかでみんなに人気がありそうな子だった。
「そうだよ。誰から聞いたの?」
「うちの担任から聞いたんだ。君この島では見たことがない顔だったからさ。」
僕が在籍することになった1-2組の担任、田中先生をふと見るとこれまたザ・イケメン先生で、女子たちに囲まれ頻りに質問に答えている。どうやら新任のようだ。
「そうなんだ。僕、いま友達が欲しいんだ。なってくれる?」
爽やかそうなその子に視線を移して言う。
小学生ぶりだろうと考えられるこのセリフを、あまり赤面しないように言った。
「もちろんだよ。自分は綿津見。君は?」
「僕は綾瀬。綾瀬凪。友達が出来て安心したよ。これからよろしくね。」
「凪か。いい名前だね。これからよろしく。早速なんだけど、この島を案内してあげるよ。このあと予定とかある?」
「ない。この島のことあまり知らないから案内してくれるのすごい助かる。」
「おっけー。じゃあ靴履き替えたら正門まで来て。」
僕は綿津見くんが言った言葉に会釈して答え、教室を出た。この学校の校舎は少々複雑になっており、下駄箱が複数に分かれている。僕が在籍する2組の出席番号の最初は丁度1学年の半分に当たるため、「あやせ」と「わたつみ」は番号が離れることで必然的に下駄箱も分かれてしまうのだ。
東校舎の一階まで降りて下駄箱に上履きを入れ、ローファーを取り出す。
とその時、急にどうしようもなく苦しい虚無感が出てきた。まただ。
この島に来てからこれが多くなってきた。早く生活に慣れないとな。
そう思っていると正面玄関のほうから綿津見くんの声が聞こえ僕は駆け足で向かった。
「ごめんごめん、」
「よし!じゃあ纉伎島観光、行きましょうか!!」
綿津見くんはそう言って正門へ向かった。ここまで見てきたところ、どうやら彼は根っからの「陽キャ」らしい。なぜ僕に話しかけてきてくれたのかは未だに謎だが、それも陽キャの特性と呼ばれるものなのだろう。まぁ僕にとっては地元の友だちがこんなにも早くできたので都合がいい。
綿津見くんによる「纉伎島観光」は三日間に渡って行われた。
一日目は島唯一のカフェに連れて行ってもらった。この島にはテーマパークは疎か、ゲームセンター、ボーリング場のひとつもない。そのため島の学生たちは島唯一のカフェで過ごしているという。そこでおすすめされた、「店主特選!纉伎島特産ぶどうの特製パフェ」という異様に「特」が使われたスイーツを食べた。このカフェの店主はメニューのネーミングセンスからもわかるように少しクセのある店主で面白おかしい話をたくさんしてくれた。
二日目は高校入学後初登校日ということもあり少し遅い時間に学校が終わったため、学校を出て少し歩いたところにある宇佐神山という少し小高い山に登って、そこから見える港の夜景を見せてくれた。都会の夜景と比べると当然明るさは劣るが、山から見る宝石を散りばめられたような無数の星とそれが反射する海面を見ると感動を覚えた。
最終日の三日目は土曜日で学校が休みだったということもあり、お昼から案内をしてもらった。昼食は綿津見くんの家で食べた。綿津見くんのご両親は本島の方で働いているらしく、綿津見くんも一人で生活をしていて親近感が湧いた。ご飯は僕が作るものよりも何倍も美味しかった。まともなご飯を食べたのが久しぶりだった。
その後、綿津見くんがこの島で好きな場所というところを案内してくれた。
それは島の南側にある小さな入り江だった。
「ここ、僕が島で一番好きな場所なんだ。ここね、海が本当に綺麗に見えるんだよ。」
あぁ、ここだ。ここ。僕が何年間も来たいと願ってた場所。
「綾瀬くん、どうしたの?」
いい、言ってしまおう。綿津見くんなら協力してくれるはず。
「実は僕、小さい頃にこの島に住んでいたんだ。__________」
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