定められし宇宙項③

 自分のことなのに何も知らないなんて、あまりに恥ずかしくて消えてしまいたい。ルイテンは暖炉へと体を向けていたものの、視点はどこも向いていなかった。

 暖炉の火でもなく、落ちそうなマシュマロでもなく、鉄串の先端が指す絨毯の模様に、ぼんやりと視線を落とす。

 シェラタンは、ぽつりとこう尋ねた。


「ルイ、君は、自分の輝術きじゅつがどういったものなのか、理解してる?」


 ルイテンは肩を跳ねさせた。

 シェラタンは、ルイテンが輝術きじゅつを使うことを知っている。シェラタンには、輝術きじゅつのことなど話していないはずだ。

 シェラタンは、ルイテンの戸惑った表情を見て、落ち着かせるべく笑いかけた。


「僕の輝術きじゅつは、僕の眠りと連動する。僕が眠れば、周りの生き物も眠りにつく。

 君の輝術きじゅつは、君の歌と連動する。君が歌えば、周りの認識能力が奪われる。

 そして、一人っ子の君は、生まれながらに輝術きじゅつを持っていた。そうでしょ?」


 見事に、全てを言い当てられてしまった。ルイテンは、あまりの驚きで口を開いたまま閉じられない。


「鯨も牡羊も、呪われた一族である僕らは、輝術きじゅつから逃れられないんだよ。

 僕らの一族は、長子が生まれながらに輝術きじゅつを受け継いでしまう。だから、子が生まれる限り、逃げることはできない」


 ということは……


此方こなたは、やっぱり鯨の一族なんですね」


 ルイテンはシェラタンの顔を見つめた。

 シェラタンは頷く。「そうだよ」と付け加えて。


 そうであるならば、更なる疑問が頭に浮かぶ。

 自分は何故、こんなにも自分のことを知らないのか。


「鯨の一族は、ナレド・オルバース、君のお父さんが唯一の生き残りだった」


 シェラタンは語る。

 ルイテンは、シェラタンの言葉に耳を傾ける。彼は、自分よりも鯨の一族に詳しい。口を挟まず黙って聞いた方がいい。


「君が生まれる少し前から、鯨の一族はナレディさん一人だけだった。ナレディさん自身は、魔女に滅ぼされたと言ってたけど、本当のところはわからない。魔女なんてそう会えるものではないし、本当に魔女がやったのだとしたら……ううん、それは有り得ない」


 ルイテンは眉を寄せる。だがシェラタンは「聞き流してくれ」とでも言うように首を振った。

 シェラタンはなおも続ける。


「ナレディさんは、たった一人の生き残りであったけど、変わらず僕ら牡羊の一族と仲良くしてくれた。僕にとっては、お兄さんのような存在だった。

 昔から、僕らは自分の子孫に輝術きじゅつを継がせてしまうのがおそろしくて。僕もナレディさんも結婚はしないって誓っていたのにね。ナレディさんはミラさんと……つまり、君のお母さんと結婚した。素敵な女性だったよ、ミラさんは。

 結婚して間もなく君が生まれて、とても幸せそうにしていたよ。君が生まれた年のメッセージカードには、娘と会って欲しいと書かれていた」


 シェラタンの顔が曇る。ルイテンも、それにつられて顔を伏せてしまう。ここから先の話は覚悟を決めるべきだと、ルイテンは理解した。

 シェラタンはため息をつき、重苦しさを言葉に乗せて吐き出した。


「ナレディさんは殺された」


 ルイテンは歯を食いしばる。

 父が魔女によって殺されたかもしれない。それは頭の片隅で予測していたことだ。だが、改めて他人から説明を受けるとその衝撃は大きい。


「ミラさんは、その後君を連れてアルマク家に帰ったと聞く。そこでどうやら二年過ごしたようだけど、その後は行方不明で……」


 ルイテンは聞き逃さなかった。目を見開き、シェラタンの顔を見る。前のめりになってシェラタンに問いかけた。


「母は、何処に帰ったと……言いましたか?」


「え? ああ、アルマク家だよ。ミラさんの旧名はミラ・アルマク。座するカシオペア一族のネーレイスだから、何も不思議じゃない、でしょ?」


 ルイテンの思考はぐるぐるとかき混ぜられていく。

 とある人物を思い出したのだ。


 シェダル・アルマク。

 彼の性はアルマクだ。


「そういえば、賢者としての地位を放棄して、ナレディさんと結婚したなんて言ってたな。

 だから、実家に帰っても居づらかったのかもね。だから、君を連れて実家を離れたのかも」


 そう語るシェラタンに、ルイテンはおそるおそる問いかける。


「あの、座するカシオペア一族の賢者って、何の賢者なんですか?」


 シェラタンは口を閉じる。座するカシオペア一族については、あまり詳しく知らないのだろう。新しいマシュマロを焼かないまま口に放り込み、小さく唸りながら考える。ややあって、シェラタンはこう答えた。


「確か、忘我……忘却させる術を使うとか……?」


 ルイテンは確信を得た。


「やっぱり……」


 そして、呟く。

 シェダルは、ルイテンの血縁者だ。しかし彼は、それを隠して近付いてきた。そもそも、ルイテンがたまたま入信したカルト教にシェダルが居たという事実、偶然にしては出来すぎている。

 ルイテンを「喜びの教え」に誘ったのはドラスだ。そして、ドラスはシェダルと行動を共にしている。

 自分は、「喜びの教え」に入信するよう仕向けられたのではないか。シェダルが自分に近付くために。


 ルイテンは、ふと鉄串を見下ろした。 

 マシュマロが鉄串から落ちようとしている。落ちかかったそれを、ルイテンは慌てて片手で受け止めた。

 口の中に放り込む。柔らかなマシュマロは、口の中に入れているだけで溶けてくれそうだったが、ルイテンはかまわず噛んだ。

 噛み砕いて、飲み下す。


「ありがとうございます」


 ルイテンは礼を言う。

 シェラタンはルイテンを見て微笑む。


「君は、ナレディさんにそっくりだ。でも、声はミラさん譲りだね」


 きっと、シェラタンは昔を懐かしんでいるのだろう。

 だが、ルイテンは父の顔を知らない。母からは語られることがなかった。だから、実感なんてない。


此方こなたは……」


 言いかけて、口を閉じる。

 ネーレイスとはいえ体は両性なのだから、父に似ることも何ら不思議では無いかもしれない、そう思った。


「ああ、あとね……」


 シェラタンは何かを言いかけて口を閉じる。シェラタンの言葉に被せるようにして、鳩時計が午後九時を知らせたからだ。

 就寝時間は午後九時。シェラタンが言い出したことだ。彼はホットココアが入ったマグカップを片手に、椅子から立ち上がった。


「就寝時間だよ。早く寝てしまいなさい」


「え? でも、シェラタンさん……」


 ルイテンはシェラタンを引き留めようとした。彼が言いかけた言葉の続きが気になった。それに対し、シェラタンは首を振ってみせる。


「僕が寝不足だと、みんなが困っちゃうからね」


 そう言って、シェラタンは部屋を後にする。

 残されたルイテンは、残されたホットココアとマシュマロを見つめる。マシュマロを一つ口に入れて、ホットココアで流し込む。

 ホットココアは、既にぬるくなっていた。

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