大海に浮かぶ島宇宙③

 ルイテンは、スーさんの案内を受けて屋敷を歩く。

 落ち着きなく辺りを見回すと、自分達が訪れた時よりもヒトが増えていることに気付いた。

 この屋敷にいるヒトらは、全てが教団員なのだろう。実に様々な人種が屋敷内を歩いていた。

 驚くべきは、その中に幼い子供も混ざっていることだった。親が教団員なのだろうが、子供までカルトに引きずり込むのは如何なものかと、ルイテンは思う。


「スーさん、おはよー」


「そのヒトはー?」


 幼い猫獣人の子供らが、スーさんの前に現れてそう尋ねる。スーさんは彼らに微笑みながら、「新しいお友達だよ」と、ルイテンをそう紹介する。

 子供達はかわいらしい笑顔で「よろしくねー」と声を揃えた。すぐに興味を失ったらしい彼らは、屋敷の奥へと走っていく。


 ルイテンはスーさんの顔を、目を見上げた。

 彼は穏やかに微笑んでいる。ルイテンに見せた顔とは違う、心からの笑みであった。

 やはり自分は疑われているのだろうと、ルイテンは察した。正体がバレてしまうギリギリまで粘るべきか。それとも、今ここで逃げ出して危なげなく帰ってしまうか。ルイテンは悩む。

 だが、ここで帰ってしまえば、イーズが教団に残ってしまうことになる。自分の監視がなければ、イーズは教団に情報を流すだろう。イーズを連れて抜け出すには、タイミングを見計らわないと……


「乙女様は教壇でお待ちだよ」


 スーさんは言う。逃がさないと言うかのように、冷たい声だ。

 ルイテンの心臓は爆発しそうだった。


 何かが匂った。ルイテンは、ニオイの方向へと顔を動かす。

 嗅ぎ慣れないニオイだ。錆ついた鉄のニオイに似ているが、もっと生々しいものの……


 一部屋、僅かに扉が開いている部屋がある。ニオイの元は、どうやらそこらしい。

 ルイテンは、無意識にだがそこへ注視した。

 暗がりの中見えるヒトの動き。嘲るような笑い声。

 ごとりという音がした。誰か倒れたらしい。


 ドアの隙間から見えたのは男の顔。どこも見えていない、商店が合わない双眼。ルイテンは「ひっ」と息を飲む。

 イーズだった。

 

 水たまりを踏んだような、水っぽい音がした。その直後、扉はパタリと閉められる。

 ルイテンは唖然とした。

 今のは何だと。


「嫌なものを見たね」


 スーさんはルイテンを振り返って言う。彼は眉尻を下げていた。


「贖罪は、執り行った者の匙加減だからね。許されないと判断を下されれば、ああいう風になってしまう。君も気をつけなさい」


 ルイテンはえずいた。喉奥に酸を感じて、それを必死に押しとどめる。何とか飲み込むものの、気持ちの悪さはなくならない。

 イーズとは先ほどまで、険悪ではあったが会話を交わしていたのだ。同じ部屋にいたのだ。

 あまりにも生々しい。


 教壇と呼ばれるその部屋に通された直後、ルイテンは足が震えて転んでしまった。咄嗟に両手を床につく。

 あまりに暗いその部屋は、内部の様子がほぼ見えないほどだった。窓は全て遮光カーテンで覆われている。陽の光が差し込んでこない。

 ルイテンは目を細めて内部の様子を伺う。


「おや、乙女様がまだいらっしゃらないようだね」


 スーさんは呟く。ルイテンは、不安を顔に浮かべてスーさんを見上げた。

 彼の顔からは笑顔が消えていた。ルイテンはぞっとする。


 暗くてよく見えないものの、部屋の中には数人のヒトがいるようだった。

 彼らは、皆一様にルイテンを見て、何やら話している。ルイテンに興味を示している者。憎らしげに眉を寄せる者。様々であったが、誰からも歓迎されていないことは確かだ。

 ぞわりと鳥肌が立つ。この部屋は、空間は、悪意に満ちている。その悪意は、全てルイテンに向けられている。

 部屋の奥まで連れていかれれば、おそらく囲まれて逃げられない。ルイテンの脳裏に、先程見た、生気のないイーズの目がよぎった。

 仕方ないとばかりに、ルイテンは息を吸い込む。


「あかいめだまのさそり」


 歌い始める。

 辺りに光が散る。光は舞い上がり、ルイテンの周りで踊る。

 撤退だ。イーズが生きているか死んでいるか確認はできないが、今撤退しなければ自分の身が危険だ。ルイテンはそう判断した。


「ん? 何処に消えた?」


 スーさんは呟く。スーさんにはルイテンが見えていない。ルイテンは、スーさんの認識から外れたのだ。

 ルイテンは歌いながら部屋の出口に向かって踵を返す。そっとスーさんの脇を通り抜ける。

 落ち着いていれば大丈夫だ。歌いながらであれば、誰にも見つかることなく屋敷から抜け出せる。


 はずだった。


「あれー? 久しぶりだねー!」


 、ルイテンはぎょっとする。

 ルイテンは今歌っている。声をかけられることなど、有り得ないはず。

 

 部屋の出入り口に、少女の姿があった。

 黒いボブヘアに、赤いたれ目。ロリータドレスを身に纏った少女。

 イーズに捕らわれた際助けてくれた、シェダルに会った夜遭遇した、あの少女だった。


 この少女も教団の者だったのかと、ルイテンは思った。

 否、そのようなことは今どうでもいい。


 この少女は、確かにルイテンに声をかけた。

 ルイテンは歌っているのだ。他人から認識されなくなる輝術きじゅつを使っているのだ。

 それにも関わらず、だ。目の前の少女は、確かにルイテンに声をかけた。

 

「うれしいー会いに来てくれたのー?」


 ルイテンは青ざめた。何故輝術きじゅつが効かないのか、理解できなかった。

 少女はクスクスと笑って、歌い続けるルイテンをじっと見つめる。


 途端に、ルイテンの中で何かが弾ける感覚がした。


「かくれんぼは、おしまい。ね?」


 ルイテンは、自分の体から光が抜け出ていくのを見た。


「アンドロメダのくもは

 さかなのくちのかたち……」


 ルイテンは、歌いながらおそるおそる首を回す。

 部屋の中にいるヒトビトは、皆ルイテンに視線を向けていた。


 ニンフも。

 サテュロスも。

 ハーピーも。

 獣人も。


「小熊のひたいの……うえは……」


 ルイテンの歌声はフェードアウトしていく。

 

 歌っているにも関わらず、他人から睨まれている状況。

 ルイテンは混乱し、その場に立ち尽くすしかできなかった。

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