クルスカル図を描いて⑧
ルイテンは檻の中うずくまっていた。
クロエは連れて行かれてしまった。助けは来ない。
自分の不甲斐なさに、ただただ呆れる。クロエを守るだの味方だの言ったって、所詮自分は何もできないのだと。
「おやー? お困りかなー?」
ルイテンは顔を上げた。
檻の外、ルイテンの顔を見下ろすように、少女が一人立っていた。肩ほどまでの長さに切り揃えられた黒髪。たれた赤い大きな目。見知らぬ人物に声をかけられ、ルイテンは首を傾げる。
少女はルイテンを見てくすくすと笑う。新しいオモチャを手に入れた子供のように。
「あはは。君、面白いね」
少女の言葉に、ルイテンは顔を歪めた。からかわれているようで気分が悪かった。
「何ですか。からかってるんですか」
ぶっきらぼうに言うルイテン。通りがかっただけの少女が目障りで憎らしくて、語気は強い。声をかけてこないでほしいと。目でそう訴えていた。
少女はそれに気づいている。気付いていながら、ルイテンにしつこく話しかけるのだ。
「ねーえ、閉じ込められてるんでしょー? 助けてあげよっかー?」
ルイテンを囲う檻、
「できるものなら、やってみてくださいよ」
ルイテンは、投げ遣りにそう言った。
だが。
「ふふ」
少女が小首を傾げた瞬間、檻は砕け散ってしまった。
「え?」
ルイテンは目を丸くした。
檻は光となって霧散する。ルイテンは自由の身となった。
目の前で起きた出来事を信じることができず、ルイテンは何度も目をぱちくりとさせている。
少女は
「さぁ、どうやったんだろうねー?」
少女は口元に人差し指を寄せる。まるで、ルイテンの心の内を読んだかのように。
「私ね、あいつのこと許せないんだよねー。私の言いつけ破って、独り占めしようとしてるんだもん。
ねぇ、私の代わりにお仕置きしてよー」
少女は語る。
ルイテンは、何の話をされているのか理解ができない。頭の中には疑問符がひしめき合う。あいつとは、言いつけとは何なのか。お仕置きとは何をすればいいのだろうか。
「あぁ、君のことは気に入ってるからー。ふふ、安心してねー」
ますますわからず、ルイテンは眉を寄せて首を傾げる。
この少女は一体何なのだろうか。
「あ、お友達、来たみたいだよー」
表通りの方を向いて、少女は言う。ルイテンがそちらに顔を向けると、そこにファミラナとリュカが立っていた。彼女らは少女を見て、そしてルイテンに顔を向ける。
ルイテンは再び少女を見ようとした。
だが、少女は既にいない。姿を消していた。辺りを見回すが、少女の姿は何処にもない。
ほんの一瞬、目を離した隙のことだ。その一瞬の間に何処へ行ったというのか。それとも白昼夢だったというのか。
「さっきの女の子は? 一瞬で消えちゃったけど……」
だが、ファミラナの言葉で、それが夢ではなかったことを理解する。
ルイテンは狐に抓まれたような面持ちで、少女がいた場所を見つめている。
「そうだ! クロエは!」
ルイテンは弾かれたように立ち上がった。
クロエが連れていかれた方向、路地のその奥に向かおうとする。
「待って!」
ルイテンの腕を、ファミラナが掴んだ。
「ルイ、一人で行っちゃだめ」
ファミラナは首を振り、ルイテンに制止をかける。
ルイテンはすっかり頭に血が昇っており、まともに思考できない状態だった。ファミラナを振り払おうとするが、彼女の手は存外力強く、ルイテンを離してくれない。
ルイテンはその場に腰を落とす。自己嫌悪と腹立たしさとで、どうにかなってしまいそうだ。
「あんたがルイテン?」
ファミラナの隣で控えていたリュカが、ルイテンへと近寄る。彼女はルイテンの顔をじっと見て、頭を軽く小突いた。
「いたっ……」
大して痛くもないのだが、ルイテンはわざとらしく頭をさする。
「行き先はわかる。私に任せなさい」
リュカはそう言い、地面に片手を置いた。
「
リュカが呟く。辺りにふわりと光が舞う。
リュカもまた賢者なのだと、ルイテンは知った。彼女の術がどういったものかはわからないが。
「リュカさんはね、目印をつけたものを追うことができるの」
ファミラナがルイテンのそばに屈み、耳打ちしてくれる。
リュカは先程現れたばかりだ。誰に目印をつけたというのだろうか。ルイテンは疑問に思う。
「あれ……?」
ふと声を洩らした。
リュカはドラスと組み合っていたはずだ。何故今この場に彼女がいるのだろう。
「あの少年は泳がせたわよ」
ルイテンの疑問を察したリュカは、視線をルイテンに向けることなく、一言で答える。
「泳がせた……?」
「あの少年は、『喜びの教え』の教徒でしょう。泳がせた方がいいと判断したの。だから、少年の首輪を追えば、おそらくクロエと合流できる」
光が渦を巻く。目を覆うほどの眩しさが辺りに広がり、やがて収縮して消えた。
きらりと、一筋の光が宙に浮かぶ。それは路地の奥へと向かっている。
「失せもの探しの術、初めて見ました」
「私もヒト前じゃ使わないから」
ファミラナとリュカは言葉を交わす。
そして、ルイテンを振り返る。
「一緒に来る?」
愚問だ。ルイテンは頷いた。
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