イラジエーション⑥

 ジブジアナ。これといった特色のない、地味な田舎町。

 その中央にあるジブジアナ中央駅に、列車は降り立った。


 ファミラナの立ち合いのもと、車掌二人が、ニコラともう一人の追っ手を縛り上げ、何処かへと連れて行ってしまった。

 

 ルイテンは待合室の椅子に座らされ、腕まくりし露わになった血だらけの腕を膝に乗せて呻いていた。

 ガラスによる切り傷は鋭く深い。

 ニコラと対峙していた時には、あまりに興奮していたために痛みに対しては鈍感だった。痛いと思ってすらいなかったかもしれない。

 だが、今になってルイテンは痛みに悶絶している。腕どころか、指一本さえ動かせない。


 町医者の男性が、ルイテンの腕を見て呆れた顔をした。


「君ね、どうやったらこんな怪我するの?」


「ガラスに突っ込みました」


「……バカなのかい?」


 仕方ないじゃないか。ペガサスから列車に飛び込むには、そうするしかなかったんだ。

 そう言いたいが、言えば信じてもらえずまた呆れられるような気がして、ルイテンはきゅっと唇を結んだ。

 幸いにも、ガラス片が傷口に残っているということはないらしい。縫合だけで事が済むと医者から言われ、ルイテンは安心した。

 

 医者は、ルイテンの腕に自身の手をかざす。彼は、水蛇の一族に名を連ねる賢者と名乗った。彼の術は麻酔。麻酔薬の代わりに、彼自身の輝術きじゅつによって、ルイテンの痛みを一時的に緩和させるのだと言う。

 ルイテンの腕に光がまとわりつき、肌に浸透する。痛みが和らぐどころか、一切の感覚がなくなった。


「目、逸らせとくといいよ」


 医者はどうやら、ここで処置をするつもりらしい。患部を、消毒液を染みこませた綿で消毒。消毒済みのピンセットで真新しい針を袋から取り出すと、ルイテンの腕にそれを近付けた。


「わぁ……ここでするとか、狂ってる……」


「君の口も縫い付けようか?」


 この医者、非常に口が悪い。


「ルイ。あの、ルイのお師匠様に今電話したんだけど」


 そこへクロエが駆けてきた。

 ルイテンの腕に刺さる針を見るなり、彼女は「ひぃっ!」と悲鳴を上げる。


「普通、病院でやりませんか、それ!」


「こんな血ぃダラダラ流して、痛いだろ? だからさ」


「いやいやいや!」


 クロエはルイテンの傷口から目を逸らせる。

 医者はクロエの様子を半笑いで見ていた。口だけではなく性格も悪いらしい。ルイテンは苦笑いしながら、クロエと医者を交互に見た。


 クロエがルイテンの元に来たということは、ルイテンからの頼みごとを終えたからだろう。

 ルイテンはクロエに声をかけた。


「で、師匠せんせい、なんて?」


 クロエはルイテンの顔を見る。傷口は見ないようにしながら。


「あの、それがね」


 クロエは口ごもった。眉尻を下げたその表情は、適切な言葉を探しているようだった。いつもの明るさは鳴りを潜め、顔はうつむいてしまっている。

 ややあってクロエは口を開く。


「早いとこ、帰ってきなさいって」


「まぁ、そうだろうね」


 想定内の言葉に、ルイテンはため息をつく。

 銀河鉄道での人身事故で立ち往生。ダクティロスで襲われ、列車内でも襲われた。血がつながっていないとはいえ、師匠であるディフダはルイテンの親のようなものだ。トラブルに巻き込まれ続けている子を心配するのは当然と言えよう。

 だが、ルイテンはすぐ帰る気にはなれない。クロエを首都まで送り届けると決めたのは、誰でもないルイテン自身だ。それが成り行き任せの選択だったとしても、最後までやり遂げるのがルイテンなりのけじめであった。


此方こなたは、まだ帰らないよ」


 ルイテンは言う。クロエは顔を上げる。


「クロエと一緒にクラウディオスまで行く」


 真剣な顔でそういったものの、すぐに照れてしまい、ルイテンは目を泳がせた。

 

「……首都に行くなんて滅多にないことだし。此方こなただって、遊びたいし」


 頬を桃色に染め、取ってつけたような言い訳を口にするルイテン。それがあんまりおかしくて、クロエはふっと笑いをこぼした。


「遊びに行くんじゃないんだよ?」


「いいじゃん。時計塔見たいし」


「着いたら、一緒に見に行く?」


「うん、行く」


 二人は顔を見合わせ、互いに笑い合う。

 やがて縫合は終わったようだ。医者は二人の邪魔をせぬよう、黙って二人から離れていった。


 。.:*・゜

『イラジエーション』

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