イラジエーション④
ファミラナは傷一つないどころか、汗すらかいていない。リーチの長い
「諦めてください。あなたにとって分が悪すぎるでしょう」
冷静に相手を見極めた結果出た言葉。賢者ですらない目の前の男は、自分の相手たり得ない。武道家一族の出であるファミラナには、男の戦い方は赤子同然に見えた。
「くそ」
男は悪態をつき、ナイフを床に落として蹴とばす。害を及ぼさないことを表すため、両手を頭の後ろに回した。
ファミラナは、自分の正面に滑ってきたナイフを座席の下に蹴り飛ばした。
「では、よろしくお願いします」
男に戦意がなくなったことを確認し、ファミラナは車掌に男を引き渡す。車掌はファミラナに会釈すると、男を立たせて別車両へと引きずっていった。
乗客は皆、前方車両に避難している。
男に関しては、車掌に任せてしまって問題ないだろう。
「クロエちゃん、大丈夫かな……」
ファミラナは呟く。
アヴィオールから、クロエとルイテンのことはある程度聞いていた。クロエはただの一般人。ルイテンは一応戦えるものの、頼りにはならないかもしれないと。
先ほど戦った男から、もう一人、男の仲間が乗り込んでいることを聞いていた。ファミラナの予想であれば、二人の敵は挟み撃ちを狙っているはずだ。そして、今頃はルイテン達と鉢合わせをしているところなのではないかと考える。
ルイテン達が心配で、ファミラナは後方車両に向かうべく踵を返した。その時、扉の向こうから声が聞こえた。
「ファミラナさん!」
扉が開く。中に入って来たのは、紛れもなくクロエだった。彼女は一人でファミラナの元まで駆けてきて、彼女に助けを請うたのだ。
「ルイは?」
「途中で変な奴に見つかっちゃって、ルイ、戦ってたはずなんだけど、でも変な奴が追ってきてて……
どうしよう。ルイに何かあったら、私……」
クロエはファミラナに縋る。虹色の瞳には涙が浮かび、今にも零れ落ちそうだ。
ファミラナは歯噛みする。クロエが一人でここまで逃げたということは、ルイテンは逃げられない状況にあるということ。
「やっと追いついた」
その声に、ファミラナは顔を上げる。
後続の車両から、ニコルが入ってきた。彼はクロエを追い、この車両まで追ってきたのだ。
戦う
「あんた、
ニコラの正面に、たがねが放射状に三本並ぶ。ファミラナはクロエを突き飛ばすようにして、空いた座席へと押しやった。
直後、たがねが放たれた。内一本がファミラナへと向かう。
ファミラナは、冷静に
「さっきの子供より厄介そうだな」
ニコラは再びたがねを具現する。二本のたがねは、ファミラナの足元に突き刺さった。
ルイテンの時と同様に、床に穴を開けようとしたのだ。
だが、ファミラナはそうさせない。
『なめないでください』
突如、ニコラの頭に声が響いた。ニコラは驚き、肩を跳ねさせる。
『伝達の賢者、我が名はファミラナ・チェブロ』
だが、それにはデメリットがある。
「こいつ……」
ニコラはぶるりと震えた。
伝達とともに送られた寒気、それが伝達の術のデメリットだ。
突然の寒気により、ニコラの術は精度を欠いた。たがねは床に倒れ、何も彫ることなく霧散する。
ファミラナはその隙を見逃さない。ニコラの腹を目掛けて
ニコラは再びたがねを出し、それを防御に使った。下から突き上げるようにたがねを飛ばし、
軌道が逸れ、
ファミラナは慌てない。
唐突に、ファミラナは
ニコラの足が掬われる。驚く間もなく、ニコラはその場に仰向けになって倒れた。
ファミラナはニコラに近付く。
「さぁ、諦めてください。じきに次の駅、ジブジアナに到着します」
ニコラは動かない。負けを認めたということではなさそうだ。その目はギラついている。
ファミラナはニコラに問いかけた。
「あの子は……ルイはどうしたんですか?」
ファミラナの声は震えている。
ニコラはニィと笑った。
「あいつは落とした。雲の下にな」
ファミラナは目を丸くする。
「そんな……」
それを聞いていたクロエもまた、座席に隠れたまま目を丸くし、息を呑んでいた。
「あの子は子供ですよ! どうしてそんなこと!」
「邪魔だったからに決まってるだろうが」
ニコラの周りに光が集まる。
ファミラナの目の前で、たがねが一つ具現した。
至近距離。避けきれない。
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