イラジエーション

イラジエーション①

 ダクティロスへと向かう快速列車。中継地点であるアクィラの駅へと降り立つ車体。クロエはボックス席の窓側、アクィラの街並みを窓越しに見て、眉尻を下げしょんぼりとしていた。


「アクィラって観光地だよね。いいなー。観光したーい」


 そそり立つ山を繰り抜いたかのように作られた街は、鳥達の楽園と呼ばれる観光名所である。古くより鷲の一族が統治していたこの街は、ハーピィやグルルといった鳥人達が多く住む。その特異性と、この地から見える絶景が、観光の目玉となっているのだ。

 だが、目的地はここではない。アクィラより同行してくれるという烏の賢者が、この列車に乗り込む予定となっているのだ。


 青い空に浮かぶ光のレール。列車はその上を滑るようにしてホームへと降り立つと、汽笛を鳴らして到着を知らせた。

 観光地ということもあり、乗客はずらりと列を成して、列車の到着を待っていた。

 平日の真昼であるために比較的乗客は少ないはずなのだが、それでも一車両の座席が全て埋まるほどだった。


「あ、あなたがクロエちゃん?」


 女性の声が聞こえ、クロエは通路側に顔を向けた。ルイテンもつられて通路を見る。

 そこに立っていたのは、スレンダーな女性であった。明るいブラウンの短髪に、栗色の瞳。

 凛とした雰囲気を持つ彼女は、クロエを見て微笑みかけている。クロエはぽかんとしながら、知り合いだっただろうかと暫く考えた。


「アヴィ君から話聞いてたと思うけど、私がからすの……伝達の賢者だよ」


 女性の言葉を聞いてクロエはハッとする。

 護衛を務めてくれると言うから、厳つい人物がやって来るのだと思っていた。細身の女性がやって来るとは思わず、面食らってしまった。


「あ、よろしくお願いします!」


 クロエはすぐに姿勢を正し、座ったまま小さく頭を下げる。ルイテンもそれに倣って頭を下げた。

 ファミラナはクロエの隣、通路側の席に座った。


「私はファミラナ。えっと、クロエちゃんに、ルイテンちゃん、かな?」


 ファミラナと名乗る護衛役の女性は、クロエを見て、ルイテンを見る。どうやらアヴィオールからある程度話を聞いているようだ。説明の手間が省けたことに、ルイテンは安堵する。


「私がクロエで、こっちがルイです。あの、ルイのことはちゃん付けじゃなくて、ルイって呼んであげてください」


 クロエが名乗り、ついでとばかりにルイテンの紹介もする。ルイテンも、クロエの言葉に頷きながら、ファミラナにこう求めた。


「あ、はい……此方こなたのことは、ルイって呼んでくれたら……」


 話している間に、列車は地上を離れて空へと昇る。汽笛を響かせ走る車体は、雲を突き抜けて天色あまいろの中へと飛び込んだ。


 列車が雲を抜けると、途端に幻獣達が列車に近付いてきた。ヒッポグリフが鋭い鳴き声を上げながら列車と並走する様は圧巻で、ルイテンはそれを見て感嘆し声をもらす。


「珍しいね。ヒッポグリフが雲から出てくるなんて」


「ヒッポグリフって、そんなに珍しいんですか?」


「うん。こんなに間近で見れることなんてないよ」

 

 ファミラナもまた、珍しい現象に目を輝かせている。やがてヒッポグリフは、列車を見ることに飽きたのか、雲の中へと沈んでいった。

 ややあってファミラナはルイテンに視線を向ける。

 

「アヴィ君から預かってきた?」


「あ、はい。これですか?」


 ルイテンは察すると、隣の席に置いていた分厚い封筒をファミラナに差し出した。


「そうそう、これ。ありがとう」


 ファミラナはそれを受け取ると、トートバッグの中にしまった。

 首都へ行くというのに、ファミラナは軽装だ。Tシャツにジーパン、上着はトレンチコート。荷物はトートバッグが一つだけ。


「ファミラナさんは、首都へ何しに行かれるんですか?」


 ルイテンは尋ねる。些細な好奇心による問いかけだ。

 ファミラナはそれに対し、口元に人差し指を立てて「ないしょ」と一言。他人には語れない話らしい。


「あ、でも心配しないでね。クロエちゃんのことは、ちゃんと送り届けるからね」


 ファミラナは言う。

 クロエは幾分か安心した。二人も護衛がついてくれるのであれば、首都まではとりあえず大丈夫だろうと考えたのだ。

 三人は暫し話に花を咲かせる。ファミラナは優しく穏やかな性格で、底抜けに明るいクロエとは相性が良いのだ。クロエのお喋りを、相槌を打ちながら笑顔で聞いている。

 ルイテンはそれを見ながら、クロエの楽しそうな横顔を見て、ふっと笑みをこぼす。


「そういえば、二人ってどういった関係?」


 ファミラナがルイテンに問いかけてきた。ルイテンは突然話題をふられ、受け答えに悩んでしまった。


「えっと……」


「友達でしょ?」


 クロエがルイテンに声をかける。

 ルイテンは、クロエのことを友達と呼べる関係性であるということを嬉しく思う。目を細めて微笑み、ファミラナに返事した。


「うん、友達」


「そうなんだ」


 ファミラナは笑顔でありながらも、期待外れであったのか淡白な言葉を返す。


「うーん……ルイは、お姫様を守る騎士的な立ち位置かなと思ったんだけど……ルイクロ……クロルイ? 女の子同士も、あり……」


 かと思えば、辛うじて聞き取れ程の小声で、何やらぶつぶつと呟いている。ルイテンには聞こえなかっただろうが、隣に座るクロエには聞こえていたようで、途端に顔を真っ赤にした。ファミラナの声が聞こえないよう、ルイテンの耳を両側から塞ぐ。その勢いがあまりに強く、ルイテンは肩をびくつかせた。


「あっ……聞こえてた……?」


 どうやらファミラナの悪癖であったらしい。ファミラナは自覚がなかったようで、途端に顔を真っ赤にした。


「ご、ごめんなさい! 今の忘れて!」


「忘れられるはずないじゃないですか!」


 ファミラナは顔を両手で覆い、クロエは声を裏返して叫ぶ。車両内には二人の声が響き、乗客達は一斉に二人を見つめた。

 ルイテンだけ、状況がわからず始終ポカンと口を開けたままだった。

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