案内星はかくありき⑤

 まず先にかけたのは、おそらく例のからすの賢者だろう。暫く経ってから、アヴィオールは受話器に話しかけた。


「ファミラナ? うん。例の件ついでに頼まれて欲しいんだけど。今日の快速でクラウディオス行くでしょ? 二人護衛してほしい子がいるんだ。

 そんなに謙遜しないでよ。むしろ、君にしか頼めないんだから。ね?

 うん。じゃあ一時間後によろしくね」


 ルイテンは、アヴィオールの背中を見ながら会話を聞いていた。ファミラナというのは、賢者の名だろうか。

 

 アヴィオールは受話器を置く。続いて別の番号へとダイヤルを回した。暫く黙っていた彼だったが、やがて話し始めた。


「あ、スピカ? いつになったら帰ってくるの? もう三ヶ月もそっちじゃん。うん……それはわかるけどさー」


 先程よりも明るく、弾むような声。かなり親しい仲であると見える。


「予定が立たない、かぁ。うん、わかった。あはは、揶揄からかわないでよ。

 そうだ。レグルスに伝えておいてくれる? ファミラナに護衛頼んでるから、到着少し遅くなるかも。いや、僕じゃなくてね」


 ルイテンはクロエと顔を見合わせた。

 驚くべき人物の名前が聞こえた。おそらく、この国アステリオスに住むヒトであれば、一度は聞いたことがある名前。


 やがてアヴィオールは電話を切った。彼がクロエを振り返ると、クロエは前のめりになりながらアヴィオールに問いかけた。


「レグルスって言った?」


「え? あ、うん」


「あの、獅子の大賢人様の?」


「うん、そうだよ。

 レグルス・ネメアーディアス。今年から大賢人の」


「知り合いなの?」


 クロエは敬語も忘れて、質問を重ねて投げ付ける。アヴィオールはクロエが興奮している理由がわからず、目をぱちくりさせていた。

 だが、そのうちに理解したのだろう。クロエを見て半笑いの顔で頷いた。


「あー、そういやレグルス、今モテてるんだっけ?」


「獅子の王子様って有名だよ。ほら、雑誌にも載ってたし!」


「あはは。確かに昔からそういうの似合ってたよ。レグルス、子供の頃にパーティで、王子みたいな格好させられてた時あってさ」


 くすくすと笑うアヴィオール。おそらく子供時代を思い出しているのだろう。

 ルイテンはアヴィオールを訝しんだ。大賢人のことを友達のように語る彼は、一体何なんだと。


「ん? どうしたの?」


 アヴィオールから声をかけられ、ルイテンは目を泳がせる。当たり障りのない言葉を探してみるが、どうにも見つからなくて、思い切ってストレートに問いかけた。


「アヴィオールさん、一体何者なんですか?」


 アヴィオールはきょとんとした。そして、くすりと笑いをもらす。


「顔が広いだけの、ただの大学生だよ」


 本当にそうなのだろうか。ルイテンは考えるが、アヴィオールが何かを企んでいるようにも見えないため、詮索は止める。大賢人と友人ということであれば、彼に対する疑いはないからだ。『喜びの教え』と繋がっている可能性は、ほぼゼロだ。


「まあ、僕のことはいいからさ。

 早いとこ駅に行こうか。アクィラでからすの賢者と合流してもらわなきゃいけないし」


 アヴィオールはルイテンを見て、クロエにも視線を向ける。

 電話では、ファミラナという人物に、一時間後に合流すると話していた。その待ち合わせがアクィラの駅ということだろう。


 ルイテンは立ち上がる。腹の痣がじわりと痛み、片手でさする。

 ルイテンがボストンバッグに手を伸ばすと、それより先にクロエがボストンバッグを持ち上げた。


「私の荷物だから、私が持つ」


 ルイテンは口を開くが、何か言うより先にクロエは首を振る。


「寄っかかってばっかりじゃダメだもん。ちゃんと、できることはするから」


 クロエはそう言って、持ち手を強く握った。


 ✧︎*。


 辺りに汽笛が鳴り響く。向かいのホームから、列車がレールを伝い空へと昇っていく。黒い車体が吐き出す薄青の煙は、同じ色をした空に広がり溶けて同化した。

 ルイテンは、空へと昇る列車をぼんやりと眺めている。


「よかった。僕ら以外にヒトいないね」


 アヴィオールの言葉を聞いて、ルイテンは辺りを見回す。ホームには自分達以外にはヒトがいない。駅員が見回りをしているくらいのものだ。

 ピクトルから船でダクティロスにやって来たヒトは他にもいたはず、とルイテンは考える。しかし、ルイテン達がダクティロスに着いてから、二時間ほど経っているのだ。彼らはきっと、船が街に着いてすぐ駅に向かったのだろう。


「クロエは、首都に着いてからはどうするの?」


 アヴィオールはクロエに問いかけた。クロエはアヴィオールを振り返り、暫し考える。


「追われてるなら、暫くは落ち着かない生活になるでしょ。その間、身を寄せる場所とかある?」


 クロエは首を横に振る。

 ルイテンも振り返った。クロエの不安げな顔を見ていると胸が痛む。ルイテンは、クロエを首都へと送り届けたらそこで別れる。役目は終わり。だが、クロエはこれからも暫くは教団に狙われることになってしまうだろう。

 アヴィオールの問いは、それを懸念してのことだ。


 クロエは悩んでいる。ルイテンもまた、自分に何かできないかと考える。


「ルイ、君は首都へ送り届けたらそれで終わり。いいね」


 アヴィオールの厳しい声が、ルイテンの耳に刺さる。

 責任が持てないことに手を出すべきではない。難しい案件からは手を引くのも、一つの責任の取り方だ。

 ルイテンは、聞き分けが悪い子供ではない。アヴィオールの言葉に黙って頷く。


「……君のこれからについても、レグルス達に相談しておくよ。何かいい解決案が見つかるかもしれない」


 いまだに悩んでいるクロエに、アヴィオールはそう言った。クロエはその申し出に対し、消え入りそうな声を洩らした。


「そこまでしてもらうわけにはいかないです。これは私個人の問題なので」


 だが、アヴィオールはクロエの言葉を遮るように、ゆるゆると首を振る。


「個人で解決できないなら、誰かに頼らないと。それに、クロエを追っていた奴らに心当たりがないわけでもないんだ」


「はい……?」


 再び汽笛が響く。上り線のホームに、銀河鉄道の艶やかな車体が降りた。レールを滑り、スピードを落とし、やがて目の前で列車が止まり、入口が開かれた。


「じゃあ、これ頼んだよ」


 アヴィオールは、ルイテンに分厚く大きな封筒を差し出す。きっちりと封がされたそれは、中に何が入っているかわからない。


「それ、ファミラナに渡してくれるだけでいいから」


「もっと、ちゃんとしたお礼をしたかったんですが」


「いいよいいよ。それだけで十分」


 車掌が笛を鳴らす。乗車を急かされ、ルイテンとクロエは列車に乗り込んだ。

 同時に扉が閉まる。振り返り窓を覗くと、駅のホームではアヴィオールが片手を振って見送っていた。

 ルイテンは、それに返事をするように片手を振る。


 列車が動き出す。

 レールをなぞり、ふわりと浮かび、再び雲の上へと誘われる。


 クラウディオス行き、快速列車。暫くは美しい空の旅を楽しめそうだ。

 

 。.:*・゜

『案内星はかくありき』

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