廻り煌めくほうき星⑦

 駅はヒトでごった返している。

 田舎町の駅だ。それほど広い駅ではなく、ホームは上りに一本、下りに一本の二か所のみ。向かい側にあるホームには、既に列車が停まっていた。黒い車体は艶々と輝いており、煙突から吐き出す煙は、幻想的な薄紫色をしていた。

 下りのホームはヒトが少ないようであったが、首都の方向へと向かう上りのホームは、ヒトのざわめきで埋め尽くされていた。ルイテンは、音の圧に気圧されて、たまらず顔を顰めてしまう。ホームに並んでいるヒト達は皆、旅行鞄を持っている。彼らはこれから遠出をするのだろう。クロエは、ホームにできた行列の最後尾に立ち、ルイテンも彼女の隣に並んだ。

 クロエとの約束はここまでだ。ルイテンは、クロエと別れることを少しだけ寂しく思っていた。


「指定席取ってあるんだよ。えっと、五号車の……」


 そんなルイテンの隣で、クロエは切符をじっと見つめて読み上げる。彼女の手の中には、乗車券と特急券が一枚ずつ。


「ここに並んでればいいんだよね。ねぇ、混んでたらどうしよう。荷物置けるかな」


「指定席なんだし、大丈夫でしょ」


「うーん。でも、私の荷物大きいからさぁ」

 

 随分賑やかな人だなと、ルイテンはクロエを評価する。ホームのざわめきは苦手なルイテンだったが、クロエの騒がしさだけは、苦痛とは思わなかった。

 もう少し早く出会っていたなら、彼女を守ることを躊躇しなかったのだろうか。自問したって仕方の無いことだが。


「ルイテン君、ここまでありがとうね」


 不意にクロエが礼を言った。クロエの視線と、ルイテンの視線が交差する。

 虹色の瞳が再び煌めいたように見え、ルイテンは二、三度瞬きした。

 クロエは首を傾げてみせる。どうも彼女は、自分が魅力的に見える瞬間を理解しているらしい。そのあざとさにルイテンは苦笑しながら、クロエの顔を見つめて首を振る。


此方こなたは別に」


「別に、じゃないよ。私達、他人だよ? なのに、戦ってまでして守ってくれるなんて、私、凄く嬉しかった」


 クロエの白い頬が桃色に染まる。まるで、ときめく少女のように。

 ルイテンはそれを見て、胸の内にもやもやとした雲が渦巻くのを感じた。


「あーあ、残念。もうちょっと早く出会ってたらなぁ」


 クロエは言う。


 自分の勘違いであって欲しいと願うが、ルイテンの願い通りにはならないらしい。


「好きになっちゃったかも。ルイテン君のこと」


 クロエは、ルイテンの顔を見つめて笑う。その目がキラキラと煌めいているのは、恋というやつなのだろうか。

 ルイテンはポカンと口を開き、すぐにきゅっと口を閉じた。クロエの言葉を理解して、飲み込み切れなくて。喉がつっかえてしまったかのようだった。

 クロエは女性だ。彼女が見ているのは、男らしいルイテンだ。呼び方にも性別が見えてしまっていることに気付き、ルイテンは渋い顔をする。


「ルイテン君?」


 クロエは首を傾げる。

 本当に男であったなら、彼女の言葉を受け止めることができたのだろう。断る、断らないは別として。

 だがルイテンには、好意を寄せてもらう資格などない。少なくとも、ルイテン自身はそう感じていた。

 クロエの視線から逃げるべく、ルイテンの目線は列車に向かう。


「クロエ……此方こなたは……」


 ルイテンは口を開く。

 

 向かいのホームに停まっていた列車が汽笛を鳴らす。煙突から赤紫色の煙を噴き上げて、車輪がゆっくりと回り始める。重たげな音を立てながら動き出した列車をぼんやり見ていると、ルイテンの視線は列車から外れ、向かいのホームに吸い寄せられた。


「やば」


 対岸のホームに見たくない姿を見付けたのだ。

 シェダルが、数人の教団員とともに立っている。視線は真っ直ぐルイテンを見つめていた。

 ニヤリと笑う口元が動く。目をこらすまでもなく、ルイテンの目はその動きを捉えた。


『わるい子だ』


 と。


 ルイテンはぶるりと震えた。クロエを助けたことで、教団と敵対してしまったのだ。


「クロエ、怪しい男がいる」


「え?」


 呑気なクロエは、いまだ自分が狙われていることに気付かず、間抜けな声をもらした。

 どう説明すればいいのか、ルイテンは判断しかねる。向かい側にいる男が誰だとか、何故追ってくるのかとか、そういう説明を今すべきかどうか、わからなかった。

 ルイテンはクロエの手首を強く握った。これが一番手っ取り早いと考える。


「向こうのホーム、二番線。歌い始めたら奴の顔を見て」


 何故この選択ができたのか、後々考えてもルイテンにはわからなかった。


 彼女を今後ずっと守っていくべきだと、この時に決心したのかもしれない。

 否、自分まで教団に狙われている現状に焦っていたのかもしれない。

 とにかく、この時は逃げることに必死であった。


 ルイテンは歌う。歌うと同時に、光が歌声に合わせて踊り出す。

 ヒトビトの認識から外れた頃合いに、ルイテンはすっとシェダルを指さした。

 クロエは、ルイテンが指さす先にいる、シェダルの顔を見た。

 シェダルは、姿をくらました二人を見て、愉し気にほくそ笑んでいる。

 クロエは、自分の目に焼き付ける。今後は奴が追ってくるかもしれないと覚悟して。


 ホームに警笛が鳴り響く。列車が空から降りてきたのだ。

 光のレールを伝って降り立つ黒い車体、煙突からは虹色の光が噴き出している。赤、紫、青と。くるくる色を変える煙は、空に昇り風に流されていく。

 とても幻想的な風景。だが、この世界においては当たり前の光景。ルイテンは特に感慨を浮かべることもなく、聞こえない歌を響かせる。

 やがて列車の扉が開いた。指定席車両であるためか、他の車両と比べると人の流れは落ち着いている。それでもルイテンは、ヒト込みに押しつぶされないよう、慎重に車内へと進む。


 ルイテンは、クロエとともに銀河鉄道へと乗り込んだ。


。.:*・゜

『廻り煌めくほうき星』

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