廻り煌めくほうき星⑥

「クソガキが……!」


 ケイセルは、パーカーのポケットから小型のナイフを取り出した。ルイテンの顔めがけて突き出す。その動きは素人で、ルイテンの目は、簡単に軌道を読み取った。体を後ろに逸らし、ナイフの一閃をかわす。

 ケイセルは一歩踏み込んで、ナイフを横に薙ぐ。ルイテンは冷静に一歩後退し、再びかわす。

 ケイセルと距離を離すべく、ルイテンは再び前蹴りを繰り出す。ケイセルの胸を捉え、彼の体を押し返した。

 

 ケイセルは、今朝頼りない姿を見せたルイテンが、まさか戦えると思っていなかったのだろう。焦りがその顔に浮かび、舌打ちをした。

 

 ケイセルは、滅茶苦茶にナイフを振り回しながらツイテンに迫る。ルイテンは落ち着いてその動きを見切り、自身の腕でケイセルの腕を弾きながら、好機を見計らう。

 ケイセルが、ルイテンの喉を狙ってナイフを再び突き出した。

 ルイテンは首を傾ける。体にも肌にも、ナイフの切っ先が掠ることなく、ルイテンは余裕をもって攻撃を避けた。

 ケイセルの腕はまっすぐ伸ばされている。

 

「ここ!」


 ルイテンはその隙を見逃さなかった。

 左腕で、ケイセルの腕を抱き込んだ。その行動に、ケイセルは呆気にとられ、一瞬行動が遅れた。

 ルイテンはそのままケイセルの腕を取り、彼の腹に一発拳を沈めた。


「っぐ……」


 ケイセルはギョロ目を見開いた。苦しさに喘ぐケイセル。彼の腕を、ルイテンは離さない。


「まだやりますか?」


 ルイテンは問うた。これ以上戦っても仕方ないだろうと、そう暗に言い聞かせる。

 だがケイセルは、ここで引くつもりはない。


 ケイセルの頭が後ろに揺れた。ルイテンは、何をされるか察し、ケイセルの腕を解く。が、彼から離れるには遅かった。

 ケイセルの額が、ルイテンの眉間にぶつけられる。ガツンという鈍い音が、頭蓋を通して頭に響いた。

 ルイテンの視界に星が散る。視界がぐらりと揺れ、ルイテンはたまらず距離を取った。


「へへ。見えなきゃお前も戦えねぇだろ」


 ケイセルの声が聞こえる。

 ルイテンはかぶりを振り目眩を振りほどく。すぐにケイセルの姿を探すが、彼の姿は何処にもない。


「不可視の賢者。我が名はケイセル・サマラス」


 賢者の名乗り口上が聞こえる。ケイセルは、自身の術によって、姿を見えなくしたらしい。姿が見えないということは、当然影も落ちない。目で動きを追うことができない。


「このまま女を連れてってもいいが、お前だけは殺さなきゃ気が済まねえ!」


 ケイセルが激情する。

 ルイテンは殺気を感じ、体を捻る。頬に一筋、切り傷がついた。


「ルイテン君!」


 クロエが叫ぶ。ルイテンはクロエを見た。

 彼女は顔を青くして、自分の戦いを見ている。

 自分の戦いなど放っておいて逃げればいいのに。だが、不可視になったケイセルが彼女を追うかもしれないと考えると、安易に指示を出すこともできない。

 否、むしろ、ここに居てもらった方が安全なのではないかと、そう考えた。


「クロエ! そこから動かないで!」


「え?」


 ルイテンは目の前に気配を感じ、反射的に飛び退く。目の前でナイフを振る風切り音が聞こえた。


「どうだ、何にもできねぇだろ? これが不可視の賢者の力だ!」

 

 ケイセルの声がうるさい。ルイテンは苛立つ。

 だが、これを好機とも捉えた。こんなにお喋りなのであれば、声の方向から位置を予測することもできるのではないか。


「おら! くらえ!」


 ナイフを振るう度に、ケイセルは笑う。何度も避けているうちに、声の方向や間合いが掴めてくる。

 姿が見えなくなったとはいえ、彼はどうやら正面からの攻撃に終始しているらしい。得物はナイフ。間合いなどほぼない。


「死ねや」


 ケイセルのその声と同時に、ルイテンは仕掛けた。

 深く腰を落とし身を屈め、ナイフを避ける。一歩踏み込んで体を捻り、右肘を見えない相手目掛けて突き出した。

 柔らかいものを捉えた感触。続いて、視界に男の体が現れる。ルイテンの肘打ちが、ケイセルの腹にめり込んでいた。


「は、が……」


 ケイセルはナイフを落とし、その場にくずおれた。

 肘は人体の中でも硬い箇所である。まともに肘打ちを受ければ、しばらくは立っていられないはずだ。


 ルイテンは姿勢を正し、警戒を解く。すぐさまクロエの元に駆け寄ると、彼女を心配して声をかけた。


「大丈夫?」


 クロエは唖然としたまま声を出さない。

 先ほどの戦闘で怯えさせてしまっただろうか。ルイテンは不安になり、クロエの顔を覗き込んだ。


「すっごい……!」


 クロエの目は輝いていた。

 ルイテンは、想定外の反応に面食らう。


「ルイテン君、すごいね! 格闘やってるの? っていうか、透明な相手、どうやって見たの?」


 クロエは黄色い声を上げながら、ルイテンに対し「すごい」と連呼する。対し、ルイテンは苦笑いしていた。悪い気はしないものの、褒められ慣れていないルイテンは、どう反応していいかわからないのだ。

 クロエの興奮をどうにか鎮めようと、彼女の顔を正面から見つめて声をかける。


「とにかく! あいつまた起き上がるかもしれないし、早いとこ駅に行くよ」


 クロエは我に返る。

 ケイセルを見れば、彼はまだ立ち上がろうとしている。もたもたしていては、また立ちふさがってくるかもしれない。


「オーキードーキー。駅まで護衛よろしく!」

 

 クロエはルイテンに敬礼してみせた。

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