52Hzの星の歌⑤

「なあ、お前はどうする?」


 ざわめきの中聞こえた声に、ルイテンは反応した。自分にかけられた声だろうかと、辺りを見回し確認する。

 しかし、声をかけられた相手は、ルイテンではないようだ。小屋内、ぎゅうぎゅうに詰められたヒト混みの中、二人の男性が言葉を交わしていた。

 片方は爬虫類によくにたギョロ目の小柄な男。片方はくたびれた風貌をした中肉中背の男である。彼らには隠し立てをするような素振りはない。


「あの、例の女を連れてきたら格式が上がるってやつか? ううん……でもそれ、何処の誰かもわからないんだろ?」


「いや、何。情報は出てるんだ。光悦茶アンバー色の髪をし、虹色に彩られた瞳を持つってな」


「人種は?」


「人間みたいな見た目だと」


 ルイテンはその会話にさほど興味を示さず、彼らから目を逸らしてしまった。

 ドラスを見上げる。だが、ドラスは別の信者に声をかけられており、談笑中であった。普段穏やかな彼が声に出して笑うなど珍しいことだ。

 ルイテンは手持無沙汰になってしまい、一人で小屋の外へと向かった。

 時刻は二十時半。夜は更け、星々が夜空をより一層彩っている。満月に照らされた今宵は夜だというのにとても明るく、辺りがはっきりと見渡せるほどだ。

 ルイテンは小屋の外に置かれた一輪車に腰かける。やることがなく、ただ待つだけ。仕方なしに、ぼうっと空を見上げた。 


「やあ」


 声をかけられ、ルイテンは視線を落とし、顔を正面に向ける。目の前に立っていたのは、鳩羽色の髪をした青年、シェダルであった。片手をひらひらと振り、顔には柔和な微笑みを浮かべていた。

 ルイテンは腰を上げようとするが、シェダルは片手で静止をかける。ルイテンはそれに甘え、再び一輪車に腰かけた。


「隣、いいかい?」


「はい、どうぞ」


 ルイテンは左に体を寄せて、右側にヒト一人が座れるだけのスペースを作る。シェダルはそこに腰かけて、ルイテンの横顔を見つめた。


「あ、あの、何か……?」


 ルイテンは緊張し、落ち着きなく目を泳がせる。

 無理もない。ルイテンは『喜びの教え』の新参者。対してシェダルは教えを授ける立場である。教団の幹部と言っても差し支えない。

 だがシェダルは、新参者であるルイテンに対しても優しかった。ルイテンの横顔を見つめながら、今回の集会の感想を聞いてくるのだ。


「今日の教えはどうだった? 率直な感想でいい。教えてくれるかい?」


 ルイテンはその柔らかな言葉に安心感を覚える。ほうと小さく息を吐き出し、ふんわりと笑顔を浮かべて言った。


「とても興味深かったです。歓楽の乙女様と、深く繋がれたように思います」


「それはよかった」


 シェダルはルイテンの言葉に満足したようであった。嬉しそうに言う。

 ルイテンは、今この時間を貴重なものだと感じていた。『喜びの教え』について、自分が知りたいことをもっと深く知るチャンスではないかと。


「あの、無礼を承知で、教えを乞うてよろしいでしょうか?」


 ルイテンはシェダルに尋ねる。瞬間、シェダルの目がすぅっと細められた。

 ルイテンはドキリとする。シェダルを不快にさせたのではないかと不安を覚えたのだ。

 だが、ルイテンの不安はどうやら杞憂であったらしい。シェダルは目を閉じ、ふふっと笑いをこぼした。


「熱心だね。うん、何でも教えてあげるよ」


 ルイテンは胸をなでおろした。安堵から、顔に笑顔が浮かぶ。

 尋ねた質問は、『喜びの教え』において初歩的なものであった。


「あの、『喜びの教え』において、13の大賢人達については、どのように教えられているのですか?」

 

 この国において主となる宗教は、『ユピテル教』と呼ばれるものだ。『ユピテル教』で伝えられる国の成り立ちは、こうである。


 かつてこの国を治めた大賢神だいけんじんユピテウス。そのヒトは、神となった今もなお国を見守っているとされる。ヒトは死んだ後、ユピテウスの加護の元、光となりて星を巡る。巡る光は、生きとし生ける者全てに降り注ぎ、時に不可思議の力となって具現化される。


 賢者とは、千年前に起こった百年戦争にて、大賢神より不可思議の技巧である輝術きじゅつを賜った騎士達であった。その一族は、代々輝術きじゅつと誇りを受け継ぎ、現在も血脈を絶やさずにいるという。

 古代百年戦争の後、最も戦果をあげた13もの賢者達は、「13の大賢人」と呼ばれ、散り散りであったこの国を一つにまとめ上げたと語られる。その大賢人達は、五年前に乙女の賢者を亡くし12へと数を減らしたが、今もなお国を治めているのだ。


 だが、ルイテンが信じる『喜びの教え』では、伝えられる歴史が異なっていた。


「『喜びの教え』では、こうだ。

 かつて百年戦争では、歓楽の乙女様が人類を導いた。12人の騎士達は、乙女様より輝術きじゅつを賜った。そう、これのことだね」


 シェダルは手を広げる。どこからともなく光が集まる。それはシェダルの周りを舞い踊り、彼の手の平に集まった。

 音もなく、ふわりと一つ、虹色をした泡が現れる。さらに二つ、三つ現れて、光の粒とともに舞う。

 賢者によって、輝術きじゅつが発動したのである。


「シェダルさん、賢者だったんですね」


「あぁ、そうだよ。驚いたかい?」


 シェダルは開いていた手をぐっと握る。途端に光は地に落ちて、泡は弾け消えてしまった。

 ルイテンは別段驚きはしなかった。教団の幹部となれば、人並み外れた特技を持っていても不思議ではないと考えたからだ。

 それに何より、ルイテン自身、輝術きじゅつを珍しいものだと思っていなかった。


「歓楽の乙女様は、12の騎士と共に、竜に立ち向かった。そして竜を退け、星に平和をもたらした。

 だけれど、騎士達は乙女様を裏切った。偽の乙女を大賢人の地位に置き、歓楽の乙女様は、国を追われてしまったんだ」


 シェダルの語り口調は至って穏やか。説明はわかりやすい。ルイテンはすっかり前のめりになって聞いている。

 シェダルは目を細めて笑う。子供に慕われているということは嬉しいものだ。


 背後で蝶番が軋む音がした。シェダルは振り返る。


「ああ、友達が出てきたみたいだよ」


 ルイテンも背後を振り返る。

 ドラスが小屋から出てきたのだ。彼は二人の青年と言葉を交わし、片手を振った。青年は葡萄畑を歩き去っていく。


「待たせてわりぃっす」


 片手を顔の前で立て、謝罪のポーズをするドラス。ルイテンは気にしていないようで、ゆるゆると首を振った。


「ああ、シェダル・アルマクさん。コイツの話し相手してくださって、すんません」


 ドラスはシェダルに気付くなり、背を丸めてぺこりとお辞儀した。

 一方シェダルは、さほど気にしていないようだ。それどころか、機嫌が良いようで声が弾んでいる。


「いやいや、ルイテン君とお話できて、楽しかったよ。彼は良い教徒だ」


「あ、いや、そんな……」


 ルイテンは謙遜しながらも、褒められて悪い気はせず、弛む口元を袖で隠した。

 小屋からはぞろぞろと若者達が出てくる。足取りを弾ませている者、両手を組み祈りのポーズをしている者など様々であったが、彼らは共通して満足そうに微笑んでいた。

 残ったのは、小屋の提供者である葡萄畑のオーナーのみ。彼も家に帰るべく、小屋を施錠した後、シェダルに会釈して去っていく。

 

「今日はもうお帰り。よければ明後日、土曜の集会に来るといい」


 シェダルは提案する。

 ルイテンは目を丸め、シェダルの顔を見つめ返した。


「いいんですか?」


「かまわないよ」


 続いてドラスの顔を見上げる。ドラスは微笑み、ルイテンに頷いた。

 ルイテンは笑顔を浮かべる。土曜日の集会に参加できるなど、新参者の自分には叶わないことだと思っていた。嬉しくてたまらない。


「よろしくお願いします」


 ルイテンは一輪車から腰を上げ、シェダルに深々と頭を下げた。

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