第2話 懇親会
「ここですねぇ、懇親会の会場。」
「あ、こっちみたいです。芳乃さん。」
案内板を確認して会場へ向かう。
芳乃さんと呼ぶことを認めてくれた事も、『はい』とほほ笑んで付いてくる姿も全部嬉しくて只々上機嫌になっていた。
それにしても、さっきの芳乃さん可愛かったな。俺の身長は百七十三センチとそんなに高いほうではないけれど、芳乃さんは更に低く俺の肩位の身長で見上げられると何とも言えない気持ちになった。
しかも、コンビニやカフェの事で褒められた。社会人になってから、褒められることなんて滅多にない。ましてや、出来て当たり前なんて言われてしまうこともある。 些細なことでも、褒めてくれる。それが芳乃さんだから尚更嬉しい。
二人、笑顔で歩き進める。
懇親会の入り口が見えてくると、芳乃さんが歩みを止めた。
入口の前には受付があってそのすぐ側で立っている男性がじっとこちらを見ている。
いや、芳乃さんを見ている。また辛そうな顔。
「大丈夫ですか?帰ります?」
心配になって、話しかける。
途端に男性が、俺を睨んだ気がした。
「受付しないと。行きましょう。」
そういって、意を決したように受付に向かう。受付している間も男性の視線は芳乃さんに向けられたままだ。
会場に入ろうとすると、すっと人影が立ちはだかる。芳乃さんは、背筋を伸ばす。
「玖木さん…お久しぶりです。」
「久しぶり、芳乃。」
銀縁の眼鏡と三つ揃えのスーツを着た人物は、俺にはっきり聞こえるように名を呼ぶ。
でも、目線だけは芳乃さんを離さない。
無表情で見上げた芳乃さんは、玖木という人に音声案内みたいに聞こえる事務的な挨拶を口にした。
「教育委員会の方でお忙しくされていると聞いております。お疲れ様です。」
それだけ言って、会場の中へ入っていく。
そんな彼女を引き留めようと玖木が腕を伸ばそうとした。
その手を止めようとした、その時
「成川さん、蒔田さん。お疲れ様です。」
先に来ていたメンバー二人が会場内で手を振ってこちらだと手招きする。芳乃さんは玖木が一瞬だけ躊躇した腕をするりと抜けていった。
悔しそうに唇をかむ玖木を横目に見ながら俺は芳乃さんを隠すように後ろを歩く。
合流したメンバーと楽しそうに話している芳乃さんを複雑な思いで見つめ、入口の方を振り返ると、蛇を思わせるような目線を送る玖木がいて思わずぎょっとする。
でも、次の瞬間には誰かに呼ばれて挨拶へ向かった様だ。下の名前で呼んでいたな。
浮ついていた気持ちが消し飛ぶのを感じていたら、いつの間にか懇親会がスタートした。
懇親会も終盤、お偉いさん方の締めの挨拶が始まる。長々と続く話を右から左へ聞き流す。
懇親会はそこそこ盛り上がり、メンバー以外の参加者とも話して楽しくはあった。
何となく、嫌な感じがして芳乃さんの隣にずっと座っていた。
芳乃さんも楽しそうにしていたが、俺でも分かる。視線を感じて振り向けば、いつも玖木がこちらを伺っていて落ち着かない様だ。両手がぎゅっと握られている。
飲み物にも、食事にも手を伸ばしていない。
芳乃さんの前には取り分けられても手を付けられず、冷めていった料理たちが並んでいる。
あの人が居るからか? じわりと怒りが湧く。なんで、芳乃さんを苦しめる?
やっと締めの挨拶が終わり、メンバー二人ともまた明日と言いあって会場を離れる。
玖木の姿は見えない。
ホッとして、二人で玄関を出た時、
「芳乃」
誰かが名前を呼んだ。
玖木だ。慌てて振り向く。
「話がある、一緒に行こう。」
有無を言わさず芳乃さんの手を掴もうとするが、芳乃さんは思い切り手を振り払う。
「私には話なんてありません。失礼します。」
言われても尚なお玖木が追おうとするので、すかさず間に入った。
「何だ。君は? 邪魔だ。どけ!」
「嫌がってます。止めてもらえませんか。」
「君には関係ないだろ。」
芳乃さんに辛い思いをさせるこの男に、正直腹が立っていた。どんな理由があろうと、許すことは出来ない。けれど、向こうにも引けない理由があったのか、人目も気にせず俺の胸倉を掴んで来る。
「お願いです、止めてください。玖木さん。」
玖木の動きが、ぴたりと止まる。自分が勝ったとでも言うように俺ににやりとしたが、芳乃さんの方を向いて目を見張った。
芳乃さんは、俺と玖木にスマホを向けていた。おそらく動画を撮影している。
その顔は、この人がこんな顔をするのかと思うほどの鋭い眼光と冷たい表情。
「私には、話すことはありません。これ以上は迷惑ですので、お引き取りを。」
芳乃さんは玖木に言葉を投げた。玖木の手が力なく落ちる。
芳乃さんはスマホの動画撮影を止めながら、
「成川さん、行きましょう。」
俺にいつものおっとりした優しい口調で話すと、すっと方向を変えて歩き出す。
驚いて固まった体を慌てて動かし、彼女を追いかける。
「芳乃…」
すぐそばで、玖木が項垂れていた。
部屋に戻るまで、声を掛けられなかった。
芳乃さんの顔が悲しそうで、何か言ってあげたいのに。
先に口を開いたのは芳乃さんだった。
「さっきは、すみません。ご迷惑を…。」
「いや、余計な事したと…こちらこそすみません。でも、動画撮ってるとは思わなくてびっくりしました。」
「何かあってからでは、対処できないと思って。あの、一応保存しておいてもいいですか?成川さんに何かあったら、私。」
「俺の事、心配してくれるんですか。ありがとうございます。」
俺の事を思ってくれて嬉しく思う反面、そんな風にするようなことを玖木がしているのかと思うと腸が煮えくりかえるようだ。
「私とは出来るだけ離れていた方がいいと思います。だから、明日からは…」
「嫌です。俺が、芳乃さんを守ります。」
芳乃さんが、俺をじっと見つめている。
「ありがとうございます。でも、貴方が守るべきは彼女さんです。」
「え?なんで。」
「昼休みに掛ってきた電話。彼女さんですよね。大事な人が居るのに、私なんて構う必要ありません。これは、私の問題なので。」
彼女がいるってばれていた。何故かそのことの方がショックだった。
「でも、俺…心配です。」
芳乃さんの手が、俺の頭に乗せられる。
ゆっくりと、宥める様に撫でられる。
「ありがとうございます。大丈夫です。」
優しいけれど、拒否する口調だ。俺は、芳乃さんにとってあくまで後輩でしかない。
確かに実感して、少し俯く。
「お疲れ様でした。おやすみなさい。」
笑顔でそう言い部屋に入っていく彼女を、俺はただ見送る事しかできなかった。
扉を閉めてドアにもたれかかり、暫く動くことができなかった。
********
部屋に入るなり、大きな溜息がでた。
玖木は、まさか本気で私と寄りを戻すつもりなのか?
いや、それこそありえない。私にしたことを、忘れたの?
あの事があったから、私は一人で生きていくと決めた。
成川さんを巻き込んでしまった。
話しやすい後輩が出来たと浮かれていた心に、また暗い靄がかかる。
何かあってからでは遅いことは重々承知しているが、私に直接手を下してこない以上どうしようもないだろう。
今はただ、地道に証拠集めをするだけだ。
私だけ、玖木の標的になっていなければ。
とりあえず、シャワーを浴びてすっきりしたい。服を脱ぎ散らかして、バスタブに入ると少し熱めのお湯を頭から浴びる。
呪いの様なあの目線を払うかのようにごしごし顔にジェルを塗り付けメイクを落とし体全体を洗う。全部、流れてしまえ。
体が温まったせいか、落ち着いてきた。
浴室から出ると、携帯用の容器からいつも使っている化粧水やらを取り出して肌に染み込ませる。コンタクトを外して、視界をリセットする様ゆっくりと深呼吸をした。
髪を乾かしている最中、お腹がきゅぅと鳴った。懇親会では時折突き刺さる視線が嫌で、お酒も、出された食事すらまともに口にすることが出来なかった。
成川さんが教えてくれたんだった。ホテルの一階にコンビニがあったな。
何かつまみつつ飲んでしまおうか。
スマホのロック画面だけ見ると、メッセージも留守電もない。こういう時は、近くに居ないと分かっていた。
時刻を確認すると、二十一時と告げている。ホテル内なら、何とか行ける。
あっ、今シミの目立つすっぴんだ。
しかし、毎日晩酌している身としては耐えられない状況だった。
よし、行ってしまえ。
長袖のカットソーにデニムを履いて、大きめのシャツに袖を通す。眼鏡を掛けるとしっかりとした視界が戻ってきた。
カードキーとスマホ・お財布、コンビニバッグを持って外へ出た。
********
シャワーを浴びて、Tシャツと下着だけでベッドに横になっていた。考えるのは、芳乃さんの事ばかり。
玖木とはどういう関係なんだ? 恋人?
あの感じからすると、今は違うのか?
なんて事を鬱々と考えてしまう。
ふと、スマホの電源を入れてみた。見た瞬間に眉根を寄せた。着信件数が、数十件を超え、メッセージ欄にも嫌になるくらいの同じ名前が見えた。返事をしたくない。
サイテーな奴認定されても構わない。すべての項目を横にスライドした。
ただ、芳乃さんの事を考えていたい。
ガチャン…
隣の部屋の扉が動いた音。聞こえた方向は芳乃さんの部屋だ。飛び起きてスマホを見ると二十一時だった。どこへ行くんだ?
急いでデニムを履き、扉をそっと開くとエレベーターへ向かう背中が見えた。
無我夢中で上着を羽織り、カードキーと財布を掴んでエレベーターへ走った。
ピンポーンと到着音が聞こえる。
やばい、閉まる。速度を速める。
ガシャンと鳴らせて無理矢理扉をこじ開けた。
「ひゃっぁ…な…るかわさん?」
目を見開いて芳乃さんが壁際で固まっていたが、慌てて『開』ボタンを押してくれた。
「危ないですよ、挟まって怪我したら…。」
「一人でどこ行くんですか?」
「一階のコンビニへ行こうと…」
「一人じゃ危ないです。俺も行きます。」
「同じ建物内ですし、大丈夫ですよ。」
「だめです。俺も行きます。」
息を整えて顔を上げると困り顔の芳乃さんが立っている。
次の瞬間、何故か思わず、
「眼鏡なんですね。」
「はい、家では眼鏡です。」
お互い、ボケた会話をしてしまっている。
昼間は見なかった眼鏡と下したままの髪。
大きめのシャツとデニム姿をつい見つめてしまう。今しか見られない姿。
はっと眼鏡の奥の瞳が大きくなった。
「今、すっぴんなので近づかないでください。」
なんて言うから、思わず覗き込んでしまう。
『ダメです。』と言われた瞬間、両腕を掴んでくるっと体を回されてしまった。
そのまま、ぎゅっと掴まれて固定される。
振り向きたい衝動をぐっと堪える。
暫くすると、一階へ到着した。
芳乃さんは俺の体をまた回転させようとしたが、それを阻止して一緒にエレベーターホールに降りた。
「一緒に行きます。絶対に。」
俺は俯いている芳乃さんに伝える。
上目遣いで俺を見る芳乃さんは、俺が諦める様子がないと察したらしい。
「成川さん、さっきのお礼に奢ります。何がいいのか分からないので、一緒に付いてきてもらえますか?」
「芳乃さんは、何を買うんですか?」
「晩酌用のお酒とつまみです。」
ちょっと意外な答えだった。
「俺も晩酌、お付き合いさせて下さい。」
一緒に居られるならこのチャンスを逃したくない。
芳乃さんは俯いて戸惑っていたけど、ここのホテルの庭園が綺麗らしいので行きましょうと誘ったら、もう一度察して仕方ないという顔で了承してくれた。
コンビニでもまた、芳乃さんの意外なところが発見できた。お腹も空いているとツナマヨおにぎりをかごに入れると、お酒のコーナーに直進し五百ミリリットル缶のチューハイを一本と三百五十ミリリットルのビール缶を一本、迷わずに入れた。俺はさっき懇親会で飲んだのもあって、三百五十のチューハイ缶を一本入れた。
意外と飲むんだなと思っていたら、
「ふふふ…、飲むなって思いました?」
「ばれました?けど明日、大丈夫です?」
「晩酌は毎日の日課なので。それに今日は、ちょっと多めに飲みたいので。」
その言葉にまた沸々と怒りが湧いてくる。
俺の顔から何か察知したらしい芳乃さんは、ほらほらと上着の袖を引っ張って
おつまみコーナーへ連れていく。相談しながら二人でいくつか選ぶ。
割り勘にしようと財布を出そうとした俺を遮って、芳乃さんがレジへ走って行く。
その猛ダッシュが可愛くて、無理に追うことはせず入口の外で待つことにした。
ホテルの庭園は、控えめながらライトアップされていて幻想的な景色が広がっている。
二人で『『うわぁ』』とはもっていた。
「綺麗ですね。こんな景色久しぶり。」
「ここ十一時まで見られるらしいです。」
「よく知っていましたね。」
と呟く芳乃さんには言えない。会計を待つ間にどれくらい一緒に居られるか知っておきたくて、また必死にフロント横で調べたとか。
庭園の隅にベンチを見つけて乾杯する。
小さく缶をぶつけた後、芳乃さんはこくこくとビールを流し込んでいく。それは、それは見惚れるほどの飲みっぷりで。
「ふ~、あ~、も~たまらない。」
また瞳が見えなくなる位に笑っている。
次にツナマヨのおにぎりに器用に封を解いて齧り付いている。あ、小鼻が膨らんだ。
「あの…、見られていると恥ずかしいです。」
口をもごもごさせつつ困り顔で呟く。
「すみません。美味しそうに食べていてつい。」
可愛くて、ずっと見つめていたい。
「ん? もしかしてお腹空いているのに遠慮してました? 買ってきます?」
なんて慌てだすから、つまみがあるので大丈夫ですと落ち着かせる。
酒を飲みながら、昼間のディスカッションさながら教育論やらを語り合った。
温かい季節で良かった、時折吹く風と酔いと充実感のせいで何とも心地よい。
俺は赤ら顔かもしれないが、芳乃さんは二本目に突入してもほんのり赤いくらいだろうか。
「さっきは間に入ってくれて、ありがとうございました。」
芳乃さんが自分の膝に頭が付きそうなくらいに下げている。
「お、俺は何も。でも、芳乃さんがスマホを向けていた時はちょっと驚きました。咄嗟の判断が早いんですね。」
あの判断は、適切だったと思う。胸倉を掴まれた時、本当は俺も殴ってしまいそうだった。殴れば俺が悪者になる、けど芳乃さんの行動が俺を止めてくれた。
「実は彼、大学の同期で元恋人でした。」
思わず顔を向けると、暗い表情で俯きながら呟き続ける。
「一緒に居て楽しかったし、好きでした。
でも、同じ教育者として子供たちに対する接し方とか全く意見が合わなくて。彼の効率重視で成績を上げる事ばかりの考えが嫌で。
彼は、二人で一緒に居れば、いつか自分の考えも正しいと気づくはずだと言ったんです。私、彼とは分かり合えないと思って。だから、私から別れを告げました。」
芳乃さんの言いたいことが少しだけ分かった気がした。
芳乃さんの教育論は子供たち重視でのびのびと育つ自由と学ぶ楽しさに気づく様導くものだ。俺が出会った恩師の様に。
「でも、玖木さんは未だに納得出来ていないようで。」
芳乃さんを呼び止めた時の玖木の顔を思い出していた。あれは、未だ自分だけのものだと思っている恋人面した顔だ。
心の奥底にある何かが、またグラグラ煮えだしそうだ。深呼吸して落ち着かせる。
「嫌でしたよね、話すの。でも、どうして話してくれたんですか。俺に。」
「助けてくれた人に隠し事はしたくないと思いました。成川さんは、情熱を持った教育者です。こんな素敵な後輩には、ちゃんと話しておきたい。私の我儘です。」
我儘でもいい。俺にぶつけてほしい。
一人の人間として、出来たら男として。
でも、今の俺は只の後輩だ。
「今日はありがとうございました。晩酌まで付き合っていただいて。明日も研修頑張りましょう。いいもの作り上げましょうね。」
「そうですね、明日も頑張ります。」
できる限りの笑顔で答える。
「じゃあそろそろ部屋に戻りましょう。少し冷えてきましたし。」
スマホで時間を確認しながらほほ笑む人。
帰りたくない。帰したくない。
だから、せめて
「もう一度だけ、乾杯しませんか。」
「はい。本当に楽しかった。」
眼鏡の奥の瞳が闇を隠す様ににっこりと笑って、また見えなくなる。
ほんのり赤い頬に触れたい。抱き寄せてしまいたい。口付けてしまいたいのを、拳を握って堪える。
「「かんぱい」」
缶を軽く当てて、お互い残りの酒を飲み干す。同時にぷはっと息をつく。
芳乃さんが片づけやすい様にとわざと貰っていたレジ袋へ空き缶を潰して詰めていき、捨てに行った。再び、部屋の前に立つ。
「おやすみなさい。また明日。」
ゆっくりと姿が見えなくなって、施錠されるのを聞いてから自分の部屋に入る。
扉の閉めるなりピンポーンとスマホが鳴った。
見たくない、でも見るしかない。
画面を見れば十時三十分を示す下にびっしりと加恋からの着信とメッセージが並ぶ。
あまりの多さに吐き気が起きそうだ。
「ごめん、寝てた。」
と、だけメッセージを返した途端に着信が鳴る。仕方なく通話に切り替えた。
「こっちから何度もメッセージ入れているのに、何で連絡くれないの?」
「懇親会があるって言っただろ。」
「そんなの、スマホが近くにあるんだからすぐ解るじゃない。」
「飲んでるんだぞ。解らない時もあるだろ。」
いつもなら言い返さない筈の俺が、きつい言い方で責めたものだから、電話の向こうで息をのむ様子が伝わってくる。
「私は、和弘の事だけ考えてるのに。」
一瞬、好きだった頃の加恋を思い出す。
楽しかった思い出だって沢山ある。
そう思っていたが、加恋の後ろの方がざわざわと騒がしいことに気づく。
「加恋、今どこに…」
「かれんちゃーん。何してんの? 皆、次行こうって待ってるよ?」
加恋が慌てた様子で甘ったれた声の主に何か言っている。
なんだ、俺が居なくても大丈夫だろ。何を俺は、馬鹿正直に反省しそうになっていたんだ。
あれ、俺は加恋の何処が好きだったんだっけ。
「和弘? 先輩たちに人数合わせで無理矢理連れてこられたの。ほんとに…」
「加恋こそ、俺以外の奴と一緒に居るんだろ。楽しめばいいよ。俺、もう付き合っていけない。」
今まで思ってきたことが、一気に溢れ出てきて止まらない。
「和弘? 本当に無理矢理連れ…」
「もう、加恋の相手は疲れた。別れよう。お互い自由になろう。もう無理。」
「和弘? え? 私の事、心配じゃないの? 私の事、好きじゃないの?
ねぇ…。」
「何も、感じない。何とも思わない。」
俺に嫉妬させたかったんだ。
でも、俺はもう加恋の事が好きじゃない。
俺の中で、加恋との恋が完全に終わっていた。
「俺、今、好きな人が居る。加恋じゃない。さよなら。俺からは、もう二度と連絡しないから。」
「いやだ、かずひろ…。」
今自分の名を呼んで欲しいのは加恋じゃない、躊躇なく通話を切る。スマホをベッドに投げて自分も倒れこむ。
人に悪く思われるのを避けるタイプの人間だけど、今回はその方がいいと思った。
やっと自分の正直な気持ちを吐き出して、清々しているくらいだ。
『成川さん』
俺を呼ぶ、芳乃さんの声を思い出す。
早く貴女に会いたい。瞼が急激に重くなる。
すっと体がベッドに沈む様な覚えた後、すぐさま眠りについた。
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