第23話:場をかき回す悪い娘★

 ◆◆◆


 それからしばらく、適当な順番でカラオケが続いた結果。


(……つ、疲れてきたわ)

 

 美夜子のHPバーは大分減少していた。

 その原因の一端は、いつの間にか美夜子の隣に陣取ったあやちーである。

 まかり間違って彼女のお気に入りでも認定されたのか。あやちーは美夜子に対して積極的に話しかけてくるため、その対応(割と塩)に追われたのだ。


「――そもそもな話、アタシ的には意外だったっすよ? オケ屋に美夜子っちが付いてきてくれるなんて。こういうとこ嫌いだったんじゃ?」

「…………好きではないわね」


「そうっすよね~、でも美夜子っちは来てくれたっす。それがアタシはけっこう嬉しいなーって♪」

「……あなたがドスドスと胸に刺すような言動をするとわかっていれば、来なかったでしょうけどね」

「ぐほっ!? カウンターが強烈っす、まるで今までのすべてを跳ね返すようなごん太矢印が胸にイタイッ」

「大げさね。この程度、光笠さんだったら一ミリも貫通しないわよ?」


「ちょいちょい? それはあんたの思い込みだからね? なんで人の事を鋼のボディみたいな扱いにしてるんかな?」

「誰もそこまでは言ってないわ。そう口にしてるってことは、自覚があるんじゃないかしら?」


「むっかーーー!? 少し場の空気に慣れてきたからってよくもまあ。ついさっきまで見慣れぬ場所にビビってクーちんやあたしにぴったり張りついてた癖に!」

「し、してないわよぴったりなんてッ。クゥちゃんならともかく、あなたに貼りつくわけないでしょ。目が悪いどころか腐ってるんじゃないかしら?」


「残念でしたー、ド近眼のあんたより視力は上ですぅ~~」

「ド近眼じゃないわよ失礼なッ」

「どっちが失礼か、この病みデレラめ!」

「やみッ……!? ちょっと変なあだ名作らないでもらえるかしら!?」


 ぎゃーすかぎゃーすか。

 ぎゃーぎゃーすかすか。


 一度火が点いたらあら不思議。

 あっという間に佳鈴と美夜子は背後にスタ●ドのようなオーラを出しながら、言い争いを始めた。


「ありゃりゃ、こんな所でおっぱじめなくてもいいっすのに」

「切っ掛けを作ったのはあやちーさんな気がするけどね……」


「愛する二人が争ってるのを止めないんすか? ちゃっかり逃げてるクーちんさんは」

「言ってる意味がわからないけど、大丈夫だよ。キミが思ってるほど、あの二人は仲が悪いわけじゃないからね。あ、ほら。どうやら今回は歌で決着をつけようとしてるみたいだよ? 手足でケンカするより全然平和でいいよね」


 目の前で美少女×2が言い争っているというのに、空也はいつもどおりニコニコしたままだ。あやちーからすれば「それでいいんか」といった感じは拭えないが、わざわざ止めに入る気もない。

 ココはカラオケ屋さん。そして経緯はどうあれ、今は佳鈴も美夜子も歌う準備に入っており、別段お店の迷惑になるわけではないのだから。


 ただ、もっと面白くデキルノデハナイカ?

 そう考える悪い子がいた。


「んふ~~」


 静かよりも騒がしい方が好き。

 そんなあやちーが、にんまりネコグチになってデンモクを操作する。

 何故か、わざとすぎるぐらいにわざとらしく、空也の膝上に寝転がりながらである。


「……えっと、何してるんですか?」

「お気になさらずっす」

「人の膝の上に寝転がっておきながらそれは無理があるでしょ」

「え~? じゃあ、この機会にクーちんと親密な関係になって噂の寝心地抜群な膝枕を堪能したいって事でどーっすか?」


「その理由は今考えたんですかね。あからさまな嘘すぎてビックリなんですがそれは」

「はぁ……じゃあ仕方ないっすね。これはもうクーちんをお姉さんの魅力で悩殺するために肌と肌を重ねるしか――」


「なんで首に手をまわしながら抱きつこうとしてるんですか!? いや、ちょっ、何を本気でやろうとしてッッ!?」

「くっふ~♪ ウブなクーちんには刺激が強すぎるっすか~? いつも佳鈴や美夜子っちをはべらせてる癖に……、もしかしなくても女体は初めてっすかねー。かーわいいー♡」


 空也の膝上から上体に沿って自身の身体を摺りあげていったあやちーは、最終的に前から空也の首にしがみつくような格好でおさまった。本人は無駄にセクシーアピールな言動をしているつもりなのだが、お世辞にもご立派とはいえないあやちーボディではさほど色気はない。

 もしこの場に友人のさーりゃんがいたら、きっとこうコメントしていただろう。


『まるで、ユーカリの木にしがみつくコアラのようなラブリーさだった』と。


 ただ、そんなほんわかムードを形成しているとはいえ抱きついている事に変わりはない。その事実は、とりわけ室内にいる二人には効果抜群だった。


「ちょっとクーちん! なにをいきなりあやちーに抱きつかれてんのさ!!」

「……クゥちゃん? 一体何のつもりなの?」

 

 スピーカーから流れてくる楽曲なぞ完全に無視して、少女達が勢いよく空也の方へと詰め寄っていく。


「ちょ、ちょっと二人共落ち着いて! これはあやちーさんがちょっとふざけてるだけで他意はな――」

「嘘っす。この人はどさくさにまぎれてアタシすら手籠めにしようとしてたっす。あんな情熱的な告白なんてされたら、もーアタシの胸や股はキュンキュンしちゃって大変で~」


「クーちん!?」

「……クゥちゃん……嘘よね?」


「当然嘘に決まってるでしょ! だから、その怪しむような目を止めてください!」

「そんな事を言いつつ、アタシとの急接近にドキドキが止まらない。やはりクーちんも男の子であった、っすね」


 要所要所で繰り出されるあやちーの言葉に、場の混沌度はイイ感じに高まっていく。それらすべてがあやちーの気まぐれな画策であり、よりカオスに面白くなればいいなーぐらいでやってる脳天気ムーブである。


 よい玩具を見つけたような悪い笑みを、あやちーは浮かべた。

 いつの間にか諸悪の根源である彼女は空也から離れ、佳鈴と美夜子にとっつかまった空也の様子を楽しそうに見守っている。


「ふひひ、今度からこうやって遊ぶのもいいかもしれないっすね~」

「……愉しんでるとこ悪いけど、逃がさないわよ?」


「あ。……あ、あ~~~れ~~~」


 底冷えするような声を出す美夜子に首根っこをむんずと掴まれ、あやちーが騒動の中心へと連行されていく。

 

 その個室の騒がしい言い合い、もとい説教タイムは、注文したメニューを持ってきた店員さんが来るまで続いた。

 だがその間もずっと、あやちーは愉しそうににんまりしていたようである――。

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