第16話:困ってる人は見過ごさない。そう誰かが言ってたわ

 カラカラガラガラと、小さな石や土砂が急斜面を下へ下へと転がっていく。

 そんな中、山道の端ではバランスを崩した佳鈴がなんとかバランスを保って落ちずに済んでいた。


 美夜子の両手が――しっかりと佳鈴の腕を掴んでくれたおかげで。


「ん、んん~~~~~~~~ッッッ!!」(←めちゃくちゃ踏ん張ってる)

「あ……あぶなかった~……」


「安心する、のは、まだ早いッからッ。は、はやく身体を戻し、てぇッッ!」

「OK! それじゃもう一段階強く引っ張るのよろ!」


 もうちょい強く引っ張ってくれればバッチリ安全な体勢まで戻れる。

 そう思って発した佳鈴の言葉だったが、


「…………くっっっ」

「……美夜子?」


 なぜにか、それ以上引っ張る力は強くならなかった。


「こ、これが全力だから。あとは自力でなんとかして……」

「ちょ、ちょいちょい!? どんだけパワーないのよ! わかった、すぐになんとかするからもうちょい頑張って!」


 慌てて佳鈴が美夜子の腕を支えに体勢を整えようと力をこめる。すると、美夜子の身体がずりずり……と嫌な感じに引きずられた。もちろん斜面側に。


「くぅ~~~お、重いわ……」

「たんまたんま! 一旦落ちつこ、ね!? 助けようとした美夜子もろとも落ちるとか洒落にならんから!!」

「…………あ、も……ダメ」

「限界はやすぎーーーーーーーーーー?!」


 もはやワザとかコントでもしてるのか。そんなレベルの速さで美夜子の力が抜けていくのを肌で感じた佳鈴がツッコミ叫びをあげる。


(――あ、これほんとにダメなやつだわ。くっそー、もうちょい体重が軽ければなんとかなったんかなー。……落ちたら痛いだろうなぁ、無傷なんて虫が良すぎる話だよね。ああ、体育の授業で受け身の練習いっぱいしとけばなんとかなったのかも)


 美夜子に『重い』と評された事と『落ちる』という実感が、佳鈴の思考を変に冷静な方へと持っていく。ただ何の役にも立たないので意味はなかった。

 

(助けを呼んだら、ヒーローがきてくれないかな……)

 

 コレが佳鈴がハマった漫画の中であれば、ヒロインがピンチな時は超かっこいいヒーローが『もう大丈夫、私がきた』と助けにきてくれるのに。


 ――そんな妄想ともいえる願いは、


《美夜子ちゃん! 佳鈴さん!》


 気まぐれな神様に届いたようだった。


「「え?」」


「こん、のぉ!!!!」


 すごいスピードで坂道を駆けあがってきた空也が、美夜子を後ろから両腕で抱きかかえるようにした後にしっかりと足を踏みしめる。そして、小柄な体のどこにそんな力がと思わせる程に、彼は力強く二人の少女をわずかな時間だけ支え、


「て、てえい!!」


 自身の身体を支点に全体重を真後ろへとかけて、斜めになっていた二人の体勢を強引にまっすぐ近くまで戻――すどころか、勢い余ってベチャッともんどり打たせてしまう。

 その際、空也が背面をぶつけて「あいだぁ!?」と悲鳴をあげていた。


「はぁ、はぁ……あ~~危なかったぁ。二人共だいじょう――」

「クゥちゃん、私怖かったぁ!」

「ぶっ!」

「ああ!? こら美夜子なにあんたここぞとばかりにクーちんに抱きついてんのよ!!」


 怖かったのは嘘ではないが、だからといって空也に抱きつく理由にはならない。そんなごもっとすぎる佳鈴の批判を、美夜子はガン無視した。

 無視した上で、しっかりがっちり空也にしがみつき、自分の豊満なボディを遠慮なく当てている。佳鈴からすれば明らかにわかってやってる行為だ。


「美夜子ちゃん、あの、えーっと、ひとまず怪我は?」

「ないわ、クゥちゃんのおかげね」

「それは何より。か、佳鈴さんは大丈夫?」


 空也が心配そうな視線を佳鈴に向けた瞬間、へばりつくようにしていた美夜子がべりっと引きはがされてその辺にポーイされた。やったのは無論佳鈴である。


「ありがとうクーちん! おかげであたしも落ちずに済んだし、怪我は……ちょっと足を擦りむいたぐらいかな」

「よかったぁ……」


 心底ホッとした様子の空也によって、佳鈴のトキメキ度がきゅんきゅん急上昇していき、感謝のハグを繰り出させた。さっき美夜子がやった行動と系統は同じだが、美夜子が空也の胸に身体を飛び込ませるようなものだったのに対して、佳鈴は自分の方へ空也を引き寄せてその可愛い顔を胸にうずめさせる形である。


「クーちんのおかげで助かったわぁ! あでも、いたたた……ちょっと普通に歩くのはきびしいかもな~」

「大変だ! ちょっと痛い部分を見せてもらっても――」

「ふふふっ、それよかクーちんがお姫様抱っこで運んでくれた方が嬉しいかなーなんて♪」


「…………山道のしかも下り坂でお姫様抱っこ希望とか頭イカれてるでしょ」

「あー嫉妬と病みの塊からくる幻聴が聞こえるわぁー。状況にかこつけてクーちんにヘビーボディを押しつけた挙句、感動の感謝シーンを邪魔するとか空気読めないヨネー」


 ブリザード級に冷めきった美夜子の視線に、佳鈴が見向きもせずに嫌味返しを発動させる。もうそこに、数十分前まではあった友達雰囲気は微塵もない。


「ヘビボ……!? ……お生憎様ですけどね、あなたには“圧倒的に足りない物”が付いてるから仕方ないのよ。現実って残酷よね、それでも光笠さんの方が重いから、さっきは地面がその重さに耐えきれなくて危なかったわけだし」

「重い重いうるさいっての!? 言っとくけど絶対あたしの方が軽いし?! あたしのスタイルだったらクーちんをプレスしておせんべえにする事もなくて安全だよねぇ~。『無駄』な! 『お肉』が! 『付いてない』から!!」


「そこまで強調する必要ないんじゃない!? し、しかも……クゥちゃんの前でぇ」

「あんたこそクーちんの前でぶちまけてるじゃないのさ!」 


 口論が続くにつれ、二人の背後には白と黒のオーラが立ちのぼってゆき、龍と虎、マングースとコブラ、グローブを装備した黒色と白色のカンガルーを象っていく。一触即発状態だ。


 だがそれも、


「まあまあ、二人共。とりあえず何事もなくて良かったじゃない。きっと疲れと空腹でイライラしちゃってるんだろうから、さくっとゴールしてどこかでご飯でも食べようよ。ね?」


 至って平常かつ穏やかな空也になだめられれば、白黒のオーラもふしゅるるるるとしぼんでいき平和が取り戻されていくのであった。

 

「……クゥちゃんの言うとおりね」

「クーちんイイコト言うわぁ。確かにおなすいだし」

「うんうん、それじゃー少し休憩したら出発しよ! ゴールはもうすぐだからさ」


 美夜子と佳鈴は空也の提案に頷き、場が収まる。

 そのあとふと視線がかちあった際は二人共多少唇を尖らせつつ、相手の方を向かないようそっぽを向きあってはいたものの。


「……その、さっきは助けようとしてくれてサンキュね。これでも感謝してるし……」

「別に……。困ってる人に気づいて、助けただけよ」


 マラソン大会前よりもほんの少しだけ、美夜子と佳鈴の距離は縮まっているようだった。









【おまけ】


「ところでクーちんさぁ、なんであたしらを助けにこれたん? もしかしてあの山道で待ってた?」

「……きっと私のクゥちゃんに会いたい想いが届いたのね」


「えっと、二人に諭されて先にゴールして、それから休憩して飲み物とか買って引き返しただけですよ。山道とゴールは5キロも離れてないですし」


「それ、マジで言ってるん……?」

「……クゥちゃん足早いのは知ってるけど、そこまで……」


「あ、あれ……なにかおかしいですか? 運動部の人達は僕よりもっと速いですよね」


 きっと運動部連中に訊いたら、こう返ってくるだろう。


『なんでお前は運動部に入ってないの? あとマラソン大会&山道で引きかえすヤツは運動部関係なくそもそもいねぇ』と。



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