第15話:油断大敵、疲労は敵

 暗黒微笑(※照れ隠し)の美夜子による激痛なマッサージで回復したあと、「いたたた……」と足を気にしながらも結局二人はまた一緒に歩き出した。ちなみに美夜子の足まで激痛がはしっていたのは、当然の如くお返しを喰らったからである。


「くっ……さっき光笠さんの指がねじりこまれた場所が疼くわ」

「あたしもじんじんするっつーの! あ、アレが熊鍋のお店だと思うけど寄ってく?」

「…………店の外まで並んでる人が見えるのに? そもそもこんな疲れた状態で熊鍋なんて堪能したい? もし口に合わなかったら悲惨よ、それに――」

「あーもういいもういい、美夜子の行きたくなさは十分わかったから。そんじゃさくさく進みましょーねー」


 別に佳鈴もジビエなお店で昼食にしたいわけでもないので、生徒間でちょっと話題になっていた食事処は華麗にスルーされた。想像しただけでも体操服女子だけで熊鍋をつつくという絵もシュールさがすごいのもあったが、


「あ。でも逆にそれが映える可能性も…………?」

「……『あたしが仕留めた熊です☆』とでも書いておけばいいんじゃないかしら。きっと新聞に載るわよ」

「仕留められんし載らんしょ。『私が呪い殺した熊をコレから食べます★』の方がバズるわ」

「もしそんな技が使えるなら……もっと有効活用するでしょうね」


 不思議なガールズトーク(?)に華を咲かせながら山道を進んでいく。スタスタどころかテクテクよりも遅くはあったが、さっき死にかけていた時に比べたら美夜子の足取りはしっかりしていた。

 これは美夜子が回復できたのもあるが、やはり佳鈴と一緒にいるのが大きい。ひとりで苦しそうにゴールを目指して進み続けるよりも、誰かと他愛もない話をしながら歩く方がメンタル面は厳しくないものなのだから。


 ――とはいえ、それぞれが『隣にいるのがクゥちゃん(クーちん)だったらもっと良かったなぁ』と考えてしまってはいるのだが。


 その気持ちは言葉にならず、疲れている時の溜息として吐き出された。


 ◇◇◇


 そうこうしている内にマラソン大会も後半戦に突入していく。

 美夜子と佳鈴もそれはハッキリと感じとれた。何故なら舗装された道路から、土と木と植物でいっぱいのハイキングルートに入ったからだ。


 本格的な登山の道ではないものの、小さな登りと下りが連続する山道は先程までよりも進むのに苦労してしまう。


「ぜえぜえ……ね、ねぇ、もうちょっと、ゆっくり、進まない……?」

「はぁはぁ……こ、これ以上ゆっくり進むとか逆に無理なんですけどっ。っつーかマラソン大会のはずなのに山登りさせるのおかしくない!?」


「……この行事が終わったら、ひぃひぃ……学校側にクレームをつけに行くのもいいわね。光笠さんの交友関係があれば、ふぅふぅ……参加者全員分の署名も集まるんじゃないかしら?」

「ん、しょっと! さすがにそれは無理じゃないカナー、多分あんたが行事責任者を呪い脅す方が早いっしょ」

「ふふふっ……それもそうかもね」


 普段ならイラッとする佳鈴の煽りに対して、美夜子が不気味な笑い声で肯定する。つまり、それだけ余裕がなく、それだけ体力の消耗が激しいのだ。前半時点で挫けかけてきた体力ミジンコ運動オンチの美夜子からすれば、このハイキングルートは地獄の険しい山をロッククライミングしてるレベルの代物である。


 一方、美夜子よりもずっと運動ができる佳鈴の呼吸も荒い。ゆうて彼女も特別身体を動かすのが得意なわけではなく全体から見れば普通レベルの女の子であり、山道を登る機会なんて早々ないし山ガールでもないのだ。


 そのため、


「や、やっと登りきっ――ねえ、ちょっと美夜子っち」

「…………言わないで」

「気のせいかな? あたし達の前に、終わりの見えない急な下りが見えるんだけど、これって幻覚とかそういう――」

「……言うなと、いってるでしょ………ッ!


 当然な話だが、山を登れば登った分だけいつかは下る必要が出てくる。

 マラソン大会のルートは小山一つを登って下るものであり、ゴールは山の向こうにあるわけで。


 油断したらあっさりコケた挙句にゴロゴロ転げ落ちていきそうな絶望の下り道は、マラソン大会最後の難所として彼女らの前に立ちはだかった。

 

「帰りましょう」

「判断はやっ!? それに帰るにしたってどうやんの!」

「……タクシーかしら」

「道路もない人二人分ぐらいの幅の山道でタクシーとか、頭バグったとしか思えんのだが??? あ! 昔の人達がやってたアレならいけるんじゃん? なんだっけ、えっほえっほって複数人で御輿みたいなの持ち上げる――そう、確か駕籠かご! 駕籠アプリで呼べばいいんじゃない的な!」

「……それだわ!」


 それから少しの間、二人は楽しそうにキャッキャッうふふと妄言を繰り返していたがいきなりスンッと冷静になってその場に座り込んでしまう。だが、そうしていたところで問題はなにひとつ解決しないわけで。


「…………はぁ、そろそろ行こっか」

「わ、私は後から追いつくから。あなただけ先に行って……絶対後から追いつくからぁ……」

「ごめん、いきなり『ここは私に任せて先に行って』されても、さすがになんて返せばオモロイのかわかんないわ」


 渋々といった感じに立ち上がった佳鈴が、まずは先に下り始める。それに少しの間を空けてのろのろと美夜子が続いた。道幅がさらに狭い下り道。左側は手をつけれる土壁だが、右は転げ落ちたら下までノンストップかもしれない急斜面だ。

 慎重に慎重に、美夜子は足元を確認しながら下っていく。


 その途中に少しだけ地面が隆起して段差が出来ている箇所があったため、佳鈴は美夜子に声をかけるために一度振り返った。


「美夜子ー! ここに危ないとこあるから、気をつけ――」


 ――ボコッと。

 彼女が注意喚起を終える前に、地面の一部がほんの少し崩れた。


 ソレは体重をかけた片足のちょうど真下で、急斜面側だった。

 

「――やば」


 バランスを崩した佳鈴の身体がスローモーションのように傾いていく。


「ッッッッ!!?」


 言葉にならない悲鳴が、美夜子から発せられた。

 

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