第4話:昼食ウォーズ

 その屋上は生徒達でも使えるように解放されていた。

 暖かで天気の良い日になれば、あちらこちらで仲良しグループやカップルが談笑しながらお昼を食べている。生徒の憩いの場のひとつ。


 ……そんな憩いの場だが、今日はやけにその一角だけが空いていた。

 中には「こりゃいかん」と屋上から校舎内へ退避する者もいれば、屋上に来た途端に状況を把握してくるりと踵を返す者もいる。


「さぁ、どうぞ召し上がれクゥちゃん♪」

「わっ!? 今日のお弁当もすごいね美夜子ちゃん」

「それじゃ有りがたくいただきまーす」


「え? なんであなたが食べようとしてるんですか?? 私が召し上がれって言ったのはクゥちゃんだけですよ???」

「こんなにたくさんクーちんが食べられるわけないじゃん。だから少しでも余るのを手伝って上げるって言ってるんだけどー?」


 屋上の一角で、闇と光のオーラがせめぎ合い始めたのを肌で感じた他の生徒達が少しだけ後ろへと下がった。わかりやすく巻き添えを避けるためである。

 危険を避けたいのならさっさと屋上から避難するのが利口なのだが、現在屋上に陣取っている生徒達はそうしない。何故なら彼らは彼らで、噂のヤバイ奴らを見物する観客としてドキドキしながらその場にいるからだ。


「あなたに差し出すお弁当なんて存在しませんので自重してください」

「あーそんなこと言うんだー? 悲しいなー、ねぇねぇクーちんー、あたしひもじくて倒れちゃうかもしれないわ~」

「あ!?」


 佳鈴がここぞとばかりにネコなで声で空也にすり寄る。その「どうだうらやましいでしょ」な表情は完全に美夜子を挑発したままだ。


「この……泥棒猫ッ」

「心の狭い黒髪けちんぼに言われてもねー、まああんたの作ったお弁当なんて何が入ってるかわからないからアレだけど」


 一触即発。

 この言葉がふさわしいピリピリした空気が生まれていく。

 そんな中、話の中心にいる少年だけがのほほんとした雰囲気を保ったままだった。

 

「そんなことないよ、佳鈴さん。美夜子ちゃんは料理上手だから、卵の殻の破片だって入ってないと思うよ」


 空也がそう言いながらあどけない笑顔を浮かべ、たまご焼きひとつをひょいと食べ始める。すぐにその表情が緩み「すごい美味しいね!」と素直な感想が出た。


((か、可愛い!!?))


 ヤンデレもギャルも、その美味しい時の顔に胸をずぎゅううんと撃ち抜かれた。

 純粋無垢なキラキラを前にしては、ピリピリした空気なんて一瞬で霧散してしまう。昼食ウォーズが勃発しそうだった紛争地域は、一瞬で停戦状態だ。

 ただ証拠隠滅でもはかったかのように美夜子の手は、何かが混入されてる一部のおかずを高速で抜き取っていたが――そこには誰も触れられなかった。


「美夜子ちゃん。さすがに僕もこの量(お重十段重ね)は食べきれないから、佳鈴さんにも食べてもらおうよ」

「えっ……でも、それは――」

「こんなに美味しいのに残すなんて勿体ないよ。美夜子ちゃんがせっかく作ってくれたんだし……持ち帰れる物もあるけど痛んじゃうのもあるでしょ」

「う、うん……それは、そうね」


 実際そのとおりなので美夜子も反論しづらい。本音を言えば『クゥちゃんのために作ったから好きなだけ、いや、全部食べて欲しい!!!』だ。しかし、変な所で奥ゆかしい面がある美夜子は大抵の場合その気持ちを直接伝えられない。


「わかったわ……クゥちゃんがそこまで言うなら、このビッ――泥棒猫にも恵んであげるとしましょう」

「泥棒猫も大概だけど、あんた今なんて言おうとしたのかなぁ? ん?」


「さあなんのことでしょうね。ほら、せっかくクゥちゃんがこう言ってるんだから少しぐらい食べてみたら?」

「そんな投げやりに言ってる辺り、どうせ大した味じゃな――――」


 とりあえず目についたたまご焼きを佳鈴が口に放り投げる。直後、「めちゃ美味ッ!? なにこれどうなってんの!!?」と大変良いリアクションが飛び出したので、美夜子はいわゆるドヤ顔を決め込んだ。


「相手を想う愛の力よ」

「うんうん、美夜子ちゃんはすごいよね。実はすごい練習してるの僕知ってるんだから。愛の力はすごいなぁ」

「は”ぅッ」


 空也はまったく何の含みもなく美夜子の言葉を繰り返しただけだ。しかし、それは美夜子にとっては胸を押さえて倒れそうになるほどの衝撃があった。思わずドヤ顔で『愛』と本人の前で口にしたのに今更気づいて恥ずかしい+空也にすごいと行ってもらえて嬉しいのダブルパンチは威力が高すぎなのだ。


「いやでも、ほんとに美味しいわコレ……。あ、クーちん。そっちのお重にあるからあげ取ってもらっていい?」

「うん、これだね。はい、あーん」

「ありがとー、はむっ。……もぐもぐ、うんこれもぜっぴ――ん? …………ホわぁ!?」


 数秒遅れて、佳鈴の頭が羞恥で真赤に爆発した。

 違う、違うのだ。別に「あーん」がして欲しくて頼んだわけではないのに、まったく躊躇も違和感もない空也の自然な動きが、佳鈴の口にからあげを与えていただけ。ただ結果的に、とんでもなく恥ずかしい行動を公共の場でやらかしてしまったのは変わらないわけで。


「どうかした?」

「う、ううん!? 別に!! なんでもない、なんでもない……からッ」


 同性の友達にふざけてされるのとは訳が違う。その突発イベントに佳鈴はとても乙女な顔になってしまっている自分を隠すように口元を手で覆った。照れと嬉しさがあふれてる今の表情はとても気軽には見せられないものだからだ。


「「~~~~~~~~ッッッッ」」


 美夜子と佳鈴。二人の噂に困らない美少女が悶絶しながら気を落ち着かせるのに必死になる。そのおかげで殺伐としかけた屋上は、大分平和になった。


「二人共食べないの? もぐもぐ、うん、このおにぎりも美味しい♪」


  

 本日の昼食ウォーズは、

 無垢な空也の一人勝ちで決着。



 そして、噂がまたひとつ増えた。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

ここまでお読みいただきありがとうございます!


お手数ではありますが、

イイネと感じたら『♡』を。


少しでも「頑張れ~」「ファイト!」「いいぞもっとやれ!!」等を感じたのであれば★1~★3をお願いいたします。★1でも★2でも嬉しいです!。


続けて読むよーの場合はブックマークをしつつ、またお越しくださいまし。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る