第2話:美夜子モーニング

「ん……」


 ちゅんちゅんと小鳥の声と隙間から入ってくる光が、活動を開始するべき朝が来たことを教えてくれる時間。

 《重愛なヤンデレ》こと茅実 美夜子は、愛用の抱き枕をギュッと抱きしめながらいまだ布団の大変安らかに眠っていた。


 そのままでは学校に遅刻してしまうかもしれない。

 しかし、そんな彼女を起こす声が聞こえてきた。


「おはよう、美夜子ちゃん」


 愛しい人の声。

 特別な起床ボイス。

 彼女がいますぐにでも、毎日でも会いたい。二人だけの秘密の部屋に閉じ込めておきたいと考えてしまう少年による、爽やかな朝の挨拶。


 ――それが、抱き枕の中から響いた。

 

「おはよう、美夜子ちゃん――――おはよう美夜子ちゃん――――おはよう美夜子ちゃん――――」


 しかもその声はループしていた。

 何も知らないお手伝いさんがこの現場を目撃してしまったら、ドン引きして逃げ出してもおかしくないだろう。その際のBGMは火曜●スペンスが合うかもしれない。しかし、その声を最も近くで聞いている美夜子――一部からヤミちゃんの愛称で呼ばれている少女の寝顔は大変幸福感に満ちており、


「クゥちゃん……しゅきぃ」


 一時幼児化したかのように唇の端からよだれを垂らしつつ、あふれるラブが舌ったらずな言葉として漏れ出てすらいた。一定のリズムで繰り返される空也ボイスさえ無ければ、一般的な感覚では可愛らしいで済まされる可能性は高い。


「美夜子ちゃん――そろそろオキナイト怒られチャウヨ」


 若干ムリヤリ継ぎ接ぎした合成音声っぽい最終ボイスが響き、美夜子の意識が一気に現実への帰り道を駆けぬけて覚醒した。その際ぎゅうううううと抱き枕を抱きしめると、カチリとスイッチが押されたような音と共に特製空也ボイス(起床ver)が停止する。


「ん、んん~~~~……おはようクゥちゃん♡」


 美夜子が上体を起こして大きく伸びをする。そしてもう一度抱き枕をハグする。

 彼女の気分は爽やかさでいっぱいだった。たとえ、抱き枕に等身大の空也(表・裏で違う)がプリントされていようと、部屋(押入れ)の天井や壁にびっっっっしりと様々な空也の写真が貼られていたとしても、彼女にとっては最高の部屋での最高の目覚めだ。


 少なくとも、こうするようになってからは『学校に行きたくなくなる』という気持ちとは無縁なのだ。

 だって、学校に行けば彼がいるのだから。


「さっ、今日もクゥちゃんのためにお弁当を作らないとですね。何を作りましょうか……クゥちゃんの好物リスト③から選ぶのがいいかもしれません♪」


 素早く乱れていたパジャマを整えて、美夜子はいそいそと押入れ――クゥちゃん部屋から出て行き襖をそっと閉めた。


『勝手に開けたらオコです♡』


 彼女からすれば可愛らしい丸文字で書かれたお札で封じられた秘密の入口。

 知らない人が見たらしたたる血文字の札が貼られた地獄の入口だが。


「フフフッ、クゥちゃんに早く会いたいわ……」


 今日はどんな挨拶をしようか。

 どうやってなるべく一緒にいようか。

 どんな理由で一緒に帰ろうか。


 そんな夢想をしながら台所へ向かう美夜子は、今日も絶好調だった。



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