どっとはらい

 二人はゆっくりと歩いて帰った。山を登る気力は無かった上に、また入り組んだ穴を通って迷いたくもなかった。山を迂回して歩き、街道らしき道を進む。暫くすると、見たことのある場所に、たどり着いた。

「ココって、オレが倒れてた所じゃん。」

「そうだなー」

「遠い昔のようで、昨日の事だもんな。」

「たった数日が濃厚すぎる。」

「なんで記憶が無くなって、なんでココに倒れてたんだろうな…………」

「さぁな。」

二人が立ち止まり、もの思いに耽っていると、昨日よく聞いた声に話しかけられた。

「何してるんだネ?」

「また迷ったのかズ??」

「それとも、またまたお腹が空いてるのかミ???」

「おぉ!ねずみさん達!」

モモは、別れてからの出来事を簡単に話した。

「それは、大変だったネ〜」

「ねずみさん達の方は、どうですか?」

「虫が居なくなって、助かったズ!」

「それは良かった。」

「でも、心配だミ……」

「何がですか?」

「また変なのが、巣に住み着いたら怖いネ!」

「確かに。たまたま自分たちが、穴に落ちた結果の盗伐ですからね。」

「別の場所に、また新しく巣を作るしかないズ〜」

「そうなんですか。」

モモは話を聞いて、少し考えた。別の場所に新しく作っても、再び襲われる可能性もあると思った。そこで、とある提案をしてみた。

「あの巣穴って、ねずみさんが作ったんですか?」

「そうだミ!」

「沢山の仲間がいれば、楽勝だネ〜」

「でも今は三匹しかいないから、簡単なのしか作れないズ……」

「あのー、堀って作れます?地面を掘って、水を流して水路にしたもので、外敵から身を防ぐものなんですが。」

「出来ると思うミ!」

「侍さんは、欲しいのかネ?」

「いや、僕じゃなくて。皆さんと同じように、敵に襲われて困ってる人が居て、協力出来ると思うんです。」

「なるほどだズ!」

「頑張るミ!」

三匹のねずみはモモの提案を受け入れ、一緒に村に行くことになりました。


 村の入り口には、たくさんの人たちが居ました。もともと残されていた人たちと、捕まっていた拠点から逃してもらった人たちでした。助けに行った、助けてくれた英雄の二人を、まだかまだかと待ちわびていた。陽が沈みかけ暗さの増す中、真っ赤に燃える影が二つ、村に向かって歩いてきた。段々と影が近づくにつれ、それがモモと男であると分かり、歓声が上がった。感謝の声があちらこちらから聞こえる中、二人と三匹は進んでいくと、おじいさんとおばあさんが先頭に立っていた。モモは二人に声をかけた。

「ただいま、戻りました。」

「おかえりなさい、よくぞご無事で!」

「おじいさんの刀と鎧のおかげです。」

「それは、何よりです。」

おじいさんと言葉を交わすと、おばあさんは他のもの達について尋ねた。

「この方たちは?」

「道中、助けてくれたもの達です。」

「それはそれは!」

「話す事は沢山ありますが、まずは彼らに食事を頂けますか?」

「もちろん!!!」

「お願いします。」

モモが頭を下げると、村全体で食事をする事になった。祭りのごとき大騒ぎで、夜通し行われた。絶えず笑い声が響き、人と出会う度に、モモ達は感謝の言葉がかけられた。夜が明けて起きた者たちが、徐々に後片付けを始めた。それが終わると、村の修繕や農作業が行われた。おじいさんの家にて、モモと男とねずみ達は、おじいさんや村の数人と話し合いを始めた。おじいさんは、モモに今後のことを聞いた。

「それで、これからどうするつもりで?」

「とりあえず、鬼ヶ島を目指します。」

「やはり、あそこですか?」

「えぇ、鬼の本拠地を叩かねば、終わりは無いかと。何か情報は?」

「全く検討もつきません。」

「そうですか……」

「ですが、手がかりが手に入りそうな場所が。」

「それは一体?」

「都です。人も多く集まる場所なので、情報も有るかと。」

「なるほど。どう行けば、良いですか?」

「昨日、皆さんが歩いてきた街道をずっと進めば、たどり着くはずです。いくつか困難な場所もありますが、なんとかなると思います。」

「分かりました。ひとまずの目標は、都に行くことにします。」

次は、今後の村についての議題が移った。

「村に人が戻った今、防御を固めようと思います。敵の拠点から逃げてきた者の中には、この村以外の者もいて行く当てのない者もいます。そうした者たちを助ける為にも、再び襲われる事は避けたい。」

「そうですね。ただ、このままだと再び襲われると思います。」

「やはり………………」

「そこで、このねずみさん達です。」

「任せるネ!」

「堀、作るズ!」

「村の近くを流れる川の少し上流から、水を引いて堀にしようと思います。塀や壁では、限界があると思うので。」

「たしかに。堀であれば、侵入も防げると。」

「近づけず、襲われず、入れさせず。戦う力が少なくても、なんとかなると思います。」

「分かりました!ねずみさん、ご協力お願いします!!!」

「こちらこそミ〜」

「「「頑張るぞー!」」」

 ねずみ達と村人達は、堀作りのために動き出した。上流の調査や堀の計画・設計をし、村の防御を固め始めた。


 モモと男は、翌日の出発に備えて休んでいた。昨日の戦闘の疲れと怪我を癒やしながら縁側で、のんべんだらりと話してした。

「この村は、大丈夫そうだな〜」

「たぶんな。」

「近くの拠点は無くなったし、暫く敵は来ない。その間に堀ができれば完璧だ。」

「敵に情報が届くのが、いつになるかが心配だ。それに、デュラハンより強い敵や巨大な敵、空を飛ぶ敵が来なければいいが。」

「また心配してんな。」

「そりゃするだろ?」

「そんときは、

「確かにな。」

二人で軽く笑いあった。そのあと、モモは男に言いかけていた事を思い出した。

「そういえば、お前の武器を見ていいか?」

「良いけど、なんで?」

「武器の模様が、文字っぽかったんだよな。」

「おっ、マジか!記憶を取り戻すキッカケになりそうだ〜」

男は二つの拳銃を、モモに渡す。両方の銃の上側に、同じ文字が見えた。片方を男に返し、手元の銃を目を凝らして見つめた。モモはアルファベットだと思い、ゆっくりと読み上げた。

「えぇーと。ケーイーアールビーイーアールオーエスか?英語苦手なんだよな……」

「なんて書いてあるんだ?」

「たぶん、ケルベロスって、書いてあるな。」

「どういう意味なんだ?」

「まぁ、その、簡単に言うと、犬だな。」

「またイヌ!犬の役、確定じゃん。」

「本当に正しいかは、分からん。間違えてる可能性もあるし。」

「そうなのね〜」

「こっちも返すぞ、『ケル』。」

「ほいよ。」

「ホルスター……じゃなくて、入れ物に入れておけよ。」

「ホルスターって言うのか、この入れ物。」

モモは文字を読んだ銃を返し、まどろみながら考えた。隣にいる男が、地獄の番犬であるケルベロスとは思えなかった。なぜか、人の形をしている。なんで、記憶を無くしている。なぜ、ここに居る。どうして、銃を使っているのか。答えの無い謎が次々に湧いて、困り果てた。敵の可能性が、やはり少し残る。そんな事を考えていると、男が大きな声を出した。

「あっ!」

「どうした?何か思い出したか???」

「モモ今、オレの事を、『ケル』って呼んだ?」

「呼んだけど、なに?」

「ようやく、オレの呼び名を作ってくれたなと。」

「そういえば、そうだな。」

「仮でもいいから、名前があるっていうのは大事だからな!」

「そうだな。まぁ、思いつかなかったら、犬って呼ぶつもりだったし。」

「流石にそれは勘弁してくれよ……」

「とりあえず、よろしくな、ケル!」

「こっちこそ、よろしく、モモ!」

二人は握手のように、お互いの手を叩き合った。バチンと鳴った音は、二人の旅の始まりを告げるようだった。


 翌日の明け方、モモとケルは村を出ようとしていた。ねずみ達とおじいさんとおばあさんが、見送りに来てくれた。

「もう行くのかネ?」

「早いズ〜」

「善は急げって言いますから。早く世界をなんとかしないと、みんなが危ないですし。」

「応援するミ!」

「どうもありがとう。ねずみさん達、堀の事は頼みましたよ。」

「「「まかせろー!」」」

おばあさんは、モモとケルそれぞれに袋を渡した。中を見ると、食料が幾つか入っていた。

「少しですが、食べ物です。都まで持つとは思いますが、道中なにがあるか分かりませんので……」

「ありがとうございます!不足した分は、どうにかしますので。」

「ケルさんも、どうぞ。」

「やったー!いま食べていい?」

モモはケルを軽く小突く。

「ダメに決まってんだろ!」

「だって、美味そうなんだもん!!!」

「それは、そう。」

「モモも後で食べようぜー!」

「少しづつ、な?」

「分かってる分かってる。」

おじいさんは二人を見つめ、ゆっくりと話し始めた。

「お二人とも、本当にありがとうございました。我々で村を守りますので、安心して旅をして下さい。」

「いえいえ。何かあれば、すぐに呼んでください。助けに行きますので!」

「それは心強いです。」

「では、そろそろ行きます。皆さんお元気で!」

モモとケルの二人は、歩き始めた。ときおり振り返っては、手を振る。ねずみ達と老人二人は、旅立つ者たちが見えなくなるまで見送った。お互いがお互いの為に、成すべき事をする。その為の別れの門出であった。


 モモとケルは、話しながら歩を進め続けた。街道を見つけ、道なりに進み、都を目指す。二人が出会った場所に三度の来訪であったが、流石に何も無かった。また進むと、敵の拠点が残っていた。新たな敵はおらず、もぬけの殻の拠点と、そのままのゴブリンやオークの死体だけが広がっていた。ケルはそのまま行こうとしていたが、モモは足を止めた。

「どうした?」

「やっぱり、拠点は完全に潰しておこう。」

「放置しておけば、いいでしょ。見せしめにもなるし。」

「そうなんだが、気になるんだよな〜」

「どうすんの?」

「拠点を燃やす。ついでに、ここら一帯の死体も燃やしてしまおう。」

「うーん。まっ、そのくらいなら良いか。」

モモとケルは周囲の死体を拠点の中に集め、真ん中の大きな焚き火に火をつけた。轟々と燃え盛る炎にドンドンと死体を入れて、焼いていった。さらに火が強まると、周囲の小屋や塀にも燃え移りだした。二人は急いで拠点を出ると、少し離れた場所から見守った。火に包まれる領域が増えに増え、とうとう拠点丸ごと火の海になった。真っ赤に燃える拠点を、二人は見ていた。

「モモさ、思ったより火がデカくないかな……」

「銃の火薬、焚き火に入れ過ぎたか…………」

「やっぱり?」

「まぁ、しょうがない。次は気をつけよう。」

「無いと思うけどなー」

「………………」

二人が立ち登る炎を見ていると、ケルの手元で何かが光ったように見えた。気になったモモは、尋ねた。

「なんか、ケルの手が光らなかったか?」

「うん?あぁ、多分コレか?」

「指輪、してたっけ???」

「お宝から貰った。」

「いつの間に!」

「まぁ、良いじゃねぇか。弔い代だよ。」

「くすねて、何かあっても、知らねぇぞ。」

「大丈夫、ちょっとだけよーん。」

「指輪以外も取ったんか……」

「まぁ、大部分は残ってるから。アソコにあるだろ?」

ケルは燃える拠点と自分達の間にある道から、少し外れた場所を指さした。太陽と炎で、少しキラキラしていた。

「炎の煙で来た奴に、お裾分け。」

「誰が来るか分からねぇだろ?」

「良いだろ別に。味方が拾えば軍資金なり取引なりで使えるし。」

「敵は?」

「敵なら拾わせる事で、ココに足止め出来んじゃん?」

「そうか?」


 モモは両手を合わせ目を閉じて、祈ることにした。しきたりや儀式に詳しくはないが、心の中で安らかな死を願った。ケルは、不思議そうにモモを見つめるだけだった。少し火が弱まったので、二人はまた都へと歩を進める。

「やっぱり、そこら辺に穴ほって埋めた方が早かったんじゃないか?」

「考え方の違いだ。俺のいた国じゃ、燃やすんだ。」

「ふーん、ならいいや。」

「それにしても、都まで長そうだな。」

「どのくらいの道のりか、分からんし。」

「敵が出てくる、可能性もあるからな。」

「返り討ちにしてやるぜ!」

「無闇矢鱈に戦うな。避けられる戦闘は、避けろ。」

話しながら歩く二人の目の前に、草原が広がる。その先にはたくさんの山々が、そびえ立つ。山の向こうは全く見えず、何が待ち受けているか知る由もない。それでも、都を目指して、進むしか無かった。

「モモ〜」

「何だよ?」

「とりあえず、さ?」

「???」

「メシ食おうぜ!」

「早すぎる。都まで、まだまだあるんだぞ!」

「良いだろ〜」

「足りなくなっても、知らないぞ。」

「その時は、分けてくれ。」

「落ちてるもんで食うんだな。」

「ええぇぇ……」

「早く、行くぞ!」

二人の道のりは、まだまだ始まったばかりだ。

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