空の腹と頭

 次の日の明け方。

「では、行ってきます。」

「よろしくお願いします。」

「おばあさんも、無理しないで下さいね。」

「えぇ、もちろん。」

良月が家の外でおばあさんと話していると、おじいさんが慌てて出てきた。手には何か、丸い物を持っていた。予想はついたが、おじいさんが持ってきた事と一つしかない事に引っかかった。おじいさんは良月に、手渡した。

「ぜひ使ってください!」

「何ですか???」

鬼備弾衣きびだんごです!」

「へ?」

「字は、【鬼に備えた弾く衣】です。コレを握って念じると、途端に軽くて頑丈な鎧を身に纏える品物です。四六時中の甲冑は、邪魔なので。」

「なるほど、便利ですね。」

「着用者の意思か、一定以上の攻撃を受けると、解除されるので注意を!」

「分かりました、ありがとうございます!……」

良月は感謝と共に、困惑した。昔話には絶対に無い物を渡され、絶対にある物を貰えなかったからだ。お供のが出たら、どうしようか。おばあさんからは、少しの食料と水を貰い、敵の拠点へと歩き出した。


 太陽が真上に来る頃、良月は越えねばならない山の麓へとたどり着いた。山を登るか迂回するかの別れ道。二つに割れた道が見えた所で、気が付いた。道の真ん中に数匹のゴブリンが居り、なにやら漁っている様だった。少し道を外れながら茂みで身を隠しつつ近づくと、すぐに分かった。人であった。ゴソゴソと倒れた人間の身体を漁り、何かを抜き取っている様だった。良月からは生きているのか死んでいるのか分からなかったが、ゴブリン達を追い払う事にした。警戒を防ぐ為に目立つ行動はしたくなかったが、見過ごすのは気分が悪かった。サッと近づき身を潜め、勢いよく飛び出しては一番近いゴブリンに、刃を鞘から抜くと共に叩き込んだ。

「おりゃ!」

「?!ぎやあ……」

横真っ二つになって崩れ落ちた仲間を見て、ゴブリン達はすぐに逃げた。何匹か手に何かを持っていたので、盗まれてしまった物も有るのだろう。周囲を確認し大丈夫そうだったので、良月は倒れていた人を観察した。見ただけでは生死は分からなかったが、出血や外傷は無さそうだった。男の様で、全身が黒い布と銀装飾の洋服。かなり暑いのに、髪と袖と丈は長かった。着物ではないので、村の人間では無いと思った。ゴブリンに襲われていたし、敵ではなさそうだった。別の御伽噺の住人か、良月自身と同じ別の世界の人間か。生死と意識の確認のため、声を掛けた。

「大丈夫ですか?」

「…………」

「分かりますか??」

「……………………」

返事が無い。意識が無い可能性を考え、良月はしゃがんだ。そして倒れている男の肩を、バシンバシンと大きな音を立てながら強めに叩いた。

「……………………………………」

「ダメかな。」

良月は再び立ち上がり、死体と思った男を見下ろした。その瞬間、今まで閉じていた目が開き、良月と男の視線は完全にぶつかった。

「……」

「!?」

「……ハラヘッタ……」

「えぇ〜?」


 男は先程まで倒れていた道の地べたの上に座り、良月は近くの石に腰掛けた。良月は男を見つめ、男は周囲をキョロキョロと見回しながら鼻をひくつかせていた。

「あー、とりあえず、大丈夫ですか?」

「たぶん。」

「あなたが空腹か何かで道に倒れていた所を、ゴブリン達が死体だと思って漁ってたみたいですね。」

「そうなのか?」

「そうです。」

良月は近くに転がるゴブリンの死体を、指さした。男はチラと見て、すぐにまた周囲を見だした。

「たぶん、盗まれてる物が有ると思います。大丈夫ですか?」

「分からん。」

「えぇーと。何処から来たんですか?」

「知らん。」

何を聞いても知らぬ存ぜぬと不明すぎる男に、良月は怪しさを感じた。これ以上は関わってもしょうがないし、先を急いでる事もあり、話を終わらせて先に進もうと良月は考えた。立ち上がり話を切り出そうとした所です、男の方が先に喋りだした。

「アンタ、何かメシ持ってるか?」

「有りますけど。」

もともと、空腹で倒れた男に何も与えず別れるつもりはなかったので、分けるつもりではあった。良月は袋から、おばあさんに貰ったオニギリを一つ取り出した。葉に包まれたオニギリを差し出すと、男は不思議そうに見るだけで受け取らなかった。

「ナニコレ?」

「何って、おにぎりですけど。」

「???」

「おにぎりを知らないって、普段は何を食べてるんですか??」

「分からん。」

流石の良月も、ムカついてきた。何を聞いても、話が広がらない。

「さっきから、分からん知らんばっかりじゃないですか!」

「しょうがないだろ、事実なんだし。」

「せめて理由を言ってくださいよ。」

「記憶が無いんだよ。」

「へっ?」

「気づいたら、この道で倒れてた。」

「えええぇぇぇえっっっっっ?!」

良月は驚きのあまり、大声をあげた。男は変わらず、オニギリを見ていた。記憶が無いのであれば、何を聞いても意味が無い。何処で失ったのかも、気がかりだ。良月は色々と考えている中、記憶喪失の男は何事も無いようにケロっとしていた。男はオニギリの匂いを何度か嗅いだ後、良月にそのまま返した。

「やっぱり要らん。」

「なんでですか?食べないと、死んじゃいますよ。」

「知らない人から貰うのは怖い。毒とか盛られてる事も有る。」

「はあぁぁ???」

「……………………」

「なんだコイツ?」

男の言い分は正しいし分かるが、流石に酷いし失礼だと思った。かといってこのまま放置するわけにもいかなかったので、良月はオニギリを二つに割った。そして片方を差し出した。

「これで、どうです?」

「…………」

「一つのものを割って、同時に食べる。コレなら心配ないでしょ???」

「……………………」

「?」

「そっちの方がデカい。」

「えぇぇ……」

良月は図々しいなと思いつつ、差し出したオニギリと手元のオニギリの位置を逆にした。男は直ぐに取って口に放り込んだ。口いっぱいにモグモグさせているのを傍目に、少しづつ良月も食べ始めた。お互いが同時に食べ終わると、男は良月を見つめた。

「なんですか?」

「……………………」

「??????」

「もう一個くれよ。」

「はぁ?」

「今度は丸々な。」

「あんた!本当に図々しいな!!!」

「しょうがないだろ。腹減ってんだから。」

「人から貰う立場の癖にエラソーな。てか、何でもう一個あるの知ってるんだよ。」

「別に良いだろ、なんとなく分かるんだよ。餓死させるのか?見殺しにするのか???」

「素性の知れない奴を完全に施すつもりは無いし、コッチも予定があるんだよ!」

「ケチ!」

「ケチで結構。コケコッコ〜♪」

「馬鹿にしてんのか!?」

二人がギャーギャー喋り倒していると、石の上に置いておいた袋が言い争いの衝撃で揺れた。そして中から残り一個のおにぎりが、コロコロと転がりだしてしまった。

「「あああぁぁぁっっっ!!!!!!」」

二人が気づいて声を上げるも、おにぎりを止まらない。良月は諦めたが、男は駆け出した。

「無理だな。」

「もったいねー!」

オニギリを追いかけてズンズンと走る。右手を突き出し、逃げるおにぎりを掴もうと必死で走る。良月は男が進み出したのを呆れて見ていたが、突如として同じ方向に引っ張られたのである。いつの間にか男の左手はガッチリと、良月の腕を掴んでいた。

「待てぇー!」

「もういいから。どうせ食べられないし。」

「そんなの分かんないだろ?」

「そんなに食べたきゃ、一人で行けよ。手ぇ、離せ。」

「そっちも食べたがってたじゃないか?」

「それは転がる前の話!」

おにぎりはドンドン転がっていく。徐々に差が縮んでいたが、おにぎりがスッと消えた。大きめの穴が空いており、その中へと吸い込まれる様に落ちたのだ。

「消えた?」

「もう本当にダメだな。諦めろ。」

「無理。」

「なんでだよ?」

「勢いが止められない。」

「は?まさか!」

「落ちるしかない。」

「勘弁してくれよーーー!!!」

二人は足を止められず止まらず、勢いそのままに穴に落ちた。そして、転がった。

ゴロリンゴロリン、ズッドンドン。

 



 

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