天使に愛された元殺し屋の話

シリルの命

「シリル！」

　カイルはトビーの父親に抱き上げられた所を、自分の父親にひったくられるように抱き上げられた。父親はカイルの身体中を撫で回して叫ぶように言った。

「シリル、シリル。どこか痛い所はないか？！大丈夫なのか？！」

　父親の慌てように、カイルはぼんやりと首を振った。すると、父親は顔をくしゃくしゃにして泣きながらカイルを強く抱きしめた。カイルは流木が当たった背中が痛かったが、ジッとガマンをしていた。

　カイルはそこで初めて気づいた。カイルがトビーを助けるために濁流した川に飛び込んだ行動は、父親を心底心配させてしまったのだ。

　父親がカイルを抱きしめて泣いていると、トビーの両親が泣きじゃくるトビーを抱いてやって来た。カイルと父親にしきりに礼を言っていた。父親はうんうんと上の空で返事を返していた。

　カイルは父親に抱っこされたまま家に向かった。カイルはある事が心配になって、父親に聞いた。

「ねぇ、父さん。この事を母さんが知ったら僕は怒られるかな？」

　父親は充血した目でカイルを見つめてから答えた。

「いいや、母さんはシリルの勇気ある行動をほこりに思うだろう。だがな、母さんは同時にとても悲しむだろう。もしシリルがトビーを助けた後あのまま流されて死んでしまったらと考えて」

　父親の言葉にカイルはがく然とした。シリルという一人の少年が死んでしまう事により、両親をとても悲しませてしまうのだ。

　カイルは前世で百人の人の命を殺めた。だからカイルは、自分は罰せられなければいけない存在だと思っていた。カイルは自分の命を大切にしようと思う気持ちはひとかけらも持ち合わせていなかった。

　カイルは新たに受けた命を、自分の物だと思っていた。だが実際は違ったのだ。この世に再び生を受けたカイルの命は、その命を大切に思う両親の命でもあるのだ。

　家に帰り着くと、母親がずぶ濡れになったカイルを驚いて抱き上げた。父親が事のてんまつを話すと、母親はカイルにこわばった笑みを浮かべて言った。

「シリル、貴方はなんて勇敢なの？母さんは貴方を誇りに思うわ」

　母親はそれだけいい終えると、顔をしかめて号泣した。カイルを強く抱きしめて離さなかった。

　その夜カイルはいつもより早くベッドに入った。思った以上に身体が疲労していたからだ。目を閉じたカイルの側に天使のリリアーヌが現れた。

　カイルは早く寝たかったので、ぶっきらぼうに彼女に言った。

「リリアーヌ、これで一人助けた。残り九十九人だな」

「いいえ、違うわ」

　リリアーヌの返事にカイルはガバリとベッドから飛び起きて叫んだ。

「はぁ？！何でだよ！死にそうになったトビーを助けただろ？！」

　リリアーヌは人さし指を振って、チッチと舌打ちしながら答えた。

「違うわよ。死ぬ運命にあったのはトビーじゃなくて、トビーの父親だったのよ。溺れたトビーを何とか岸まで押し上げて、その後力尽きて溺れ死ぬ運命だったの。カイルったら早とちりで川に飛び込んじゃうんだもの」

　カイルはぼんやりと川での出来事を思い出した。トビーの両親は泣きながら我が子を抱きしめていた。カイルは思った、トビーと父親が死なずに済んで本当に良かったと。

　カイルはひとり言のようにリリアーヌに言った。

「俺は自分で思っていたよりも、体力も魔法も使えなかった」

「それは仕方ないわよ、だってカイルはまだ小さな子供だもの」

「そうだな、俺は強くなる。身体も魔法も修行して、二度と両親を泣かせたりはしない」

　枕元にに腰かけていたリリアーヌは、優しく微笑んで答えた。

「そうね、人助けはもうちょっと大きくなってからしなさいな」

　カイルはリリアーヌの優しい声を聞きながら眠りに落ちた。