天使に愛された元殺し屋の話

城間盛平

殺し屋カイル

 自身の頬を激しい風が打ち付ける。カイルは地上からはるか高い空中にいた。自らに風魔法をまとわせ、空中に浮いているのだ。


 眼下には広大な敷地を持つ屋敷があった。今回の標的の屋敷だ。カイルは殺し屋だった。あたまにすご腕がつく殺し屋だ。カイルは魔法も暗殺術も他の暗殺者の追随を許さなかった。


「屋敷の外と中合わせて、八十人の用心棒がいる。カイル、心してかかれ」


 カイルの背後に浮いている男が口やかましくまくし立てる。カイルの監視者であるサイモンだ。サイモンは組織の上層部の人間だが、よくカイルの仕事の監視者になる。


 カイルはサイモンに目のかたきにされているのだ。カイルがヘマをすれば、すぐさま組織のボスに密告するつもりなのだ。カイルはサイモンが嫌いだった。


 サイモンは今、カイルの風魔法で宙に浮いている。カイルがサイモンの風魔法を解除すれば、彼は真っ逆さまに地上に落下してしまう。カイルはサイモンの風魔法を解除したい欲求にかられたが、ガマンした。今は目の前の依頼に集中しなければいけない。


 標的であるモーマン子爵は、貴族たちに禁制の麻薬をばらまいて大もうけをしているという。依頼人は知らない、カイルには興味のない事だ。この日モーマン子爵は屋敷にいるという確かな情報が組織にもたらされた。カイルはサイモンに感情のこもらない声で言った。


「問題ない。十分で任務を遂行する」


 カイルの言葉にサイモンはチッと舌打ちをした。


 カイルはサイモンと共に屋敷をぐるりとおおう塀の上に降り立った。侵入者に気づいた犬たちがカイルの足元に群がり吠えだした。これでは警護している用心棒たちに気づかれてしまう。


 カイルは塀から飛び降りると、吠えまくる犬たちに眠りの魔法をかけた。犬たちはコテンと横になり眠ってしまった。


 だが犬たちの鳴き声に、屋敷の周りを警護していた用心棒たちがわらわらと集まって来る。サイモンは姿隠しの魔法を使い、姿を消してしまった。


 カイルは身体に風魔法をまとうと、もう然と走り出した。用心棒たちは足ではカイルにかなわないとわかると、ボーガンを構え、矢を発射した。


 だが高速で射られた矢すらも、カイルの速度について来られなかった。カイルには殺し屋としてある信念を持っていた。それは、標的の人物以外は殺さないという事だ。どんなに自身が危険にさらされても、関係ない人間は殺さなかった。


 今回も、この場にいる用心棒たちの命は奪わないと決めている。カイルは屋敷の壁つたいに走った。そろそろ壁がなくなる、この角を曲がれば使用人用のドアがある。そこから屋敷に侵入するのだ。


 カイルが屋敷の角を曲がると、そこには人が立っていた。少女だ。大きな青い瞳が、驚いた表情でカイルを見ていた。年齢は十四歳くらいだろうか。この屋敷の侍女なのか、エプロンドレスを身につけたいた。


 そこでカイルはハッとして背後を振り向いた。用心棒たちが自分を狙ってボーガンを発射しようとしていた。このままでは目の前の娘にも当たってしまう。


 身体が自然に動いた。カイルは少女を抱き込み矢からかばった。カイルの背中に何本もの矢が刺さった。カイルはバタリとその場にうつ伏せに倒れた。少女は尻もちをついて恐怖の表情を浮かべていた。カイルは消え入りそうな声で少女に言った。


「早く、ここから逃げろ。危ない、」


 少女はブルブル震えながらカイルの言葉にしたがい、この場から走って行った。背中が燃えるように熱かった。背中からはドクドクと血が流れている。早く矢を引き抜いて治癒魔法をほどこさなければ死んでしまう。


 だがカイルには、背中に深く刺さった矢を引き抜く力は残っていなかった。ここで自分の人生は終わってしまうのか。カイルはおかしくてしょうがなくなり笑った。


 次第に身体の感覚がなくなり、カイルは意識を失った。


 

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