墓守りの腕時計

藤間伊織

墓守りの腕時計

定刻となり、私は身支度に取り掛かる。外はすっかり日が落ち闇に包まれている。

私は墓守だ。墓を守る――その基本的な業務は夜間の見回りだった。血気盛んな若者が肝試しと称して墓石を壊したり、羽目を外した酔っぱらいが墓地のど真ん中で寝ていたり。仕事は尽きない。


特に客のある仕事ではないため服装にこだわる必要はないが、私は自身を律するという意味でも糊のきいたシャツを着、タイを締める。それから、チェストから時計を取る。

数年愛用している腕時計だ。一つ広がっている穴で留めると革のベルトがよく馴染む。今は8時だ。そしてもうひとつ。こちらも腕時計である。盤面は黒い蓋で覆われており、真鍮のリングが縁取っている。逆の手首にまく。


玄関に掛けてあるランプを取り出発する。真っ暗だが歩きなれた道であるから問題はない。道中の頭の中は遅い夕食のことだとか、友人とのチェス勝負のリベンジだとかそんなことだ。ああ、そういえば先週のこの日、墓地に若者が侵入していたな。まったく、私にもやんちゃな頃はあったが墓地で暴れようなどとは考えたこともなかった。最近の若者はみんなああなのか……?はっ、いけない。偏屈な年より爺のようなことを……!昔はあれだけ嫌った言葉だったというのに、年は取りたくないな。しかし、この前は逃げられてしまったからな。次に会えば厳しく注意しなければならないだろう。死と生の境を守る、それが私の仕事だ。


まもなく墓地の入口に到着した。柵と茂った木が見える。少々奥にある墓石はここからは見えない。

墓地に入る前、私にはやることがある。

左腕の腕時計。こちらは出発した時から14分45秒進んでいた。

右腕の腕時計。こちらは黒い蓋を少し押すと開き、文字盤が現れる。時刻は8時きっかりを指している。


……そうか。そんな時間か。

私はそれを確認すると墓地へは入らず、家へと帰ることにした。いやいや、仕事を放棄したわけではない。これも立派な仕事なのだ。代々継がれる、この時計と同じ。

現在は8時。壊れているわけではない。の時間の流れは我々とは違うのだ。ゆっくり、早く、時間の流れはまちまちだが今は夕食ディナーの時間らしい。彼らが何を食べるのか、その管理は墓守の仕事ではない。ただ、もし人が迷い込んでいた時は……。だからこそ私は、歴代の墓守たちは、日々の仕事を真面目にこなしている。


おや、今何か聞こえたか?……空耳かな、やはり年は取りたくないものだ。

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