第13話 「The Evil」

『――最後に、二年A組の演劇に移ります』



放送部のアナウンスに、会場は一気に静かになった。

ただ演劇を見るだけなのに、鼓動が速くなる。


お昼ご飯の後、急いで体育館に集合して、再演される演劇のクラスが発表されたんだ。

その中に、将也先輩のクラスがあった。

抽選の結果、一番最後に上映されることになってずっとそわそわしている。


なんとエフェルの作品をやると聞いて気持ちの半分はワクワク、半分ドキドキ。

……将也先輩はメインキャストだって言ってた。

本当は周りに推薦されたからやってるって言ってたけど、今の将也先輩なら大丈夫のはず。


『タイトルは「The Evil」です。それでは、どうぞ』


アナウンスとともに、体育館は真っ暗になる。

幕が上がるかと思いきや幕はすぐに上がらず、代わりにファンタジーを連想させるキラキラしたBGMが流れ始めた。


「――昔、どこかの海に一つの美しい島がありました」


代わりに、音声のみが聞こえた。


「――主に島の北部は比較的裕福な暮らしをする人々が、南では貧しい人々が集まりがちでした。それに怒った南の住民は島の国王に訴えました。そこで、国王は南の住民を助けようとしましたが、北の住民がそれに反対し、デマが起こるようになりました。ついには、北と南同士の争いにまで発展し、手が付けなくなってしまいました」


すると、さっきから気になっていたステージ横のスクリーンに明かりがつき、観客の視線がそこに集まる。

スクリーンには、二人の魔法使いが対面していた。


「――北の住民は王家直属の魔法使いを、南の住民は森の魔法使いを呼び出しました」


白のローブが北、黒いローブが南側についたんだ。

二人は激しい魔法バトルを繰り広げていく。


「――戦いの結果、北側が勝利しました。戦いの結果として、王家の魔法使いにより、島は二つに分けられました。北側はどんどん裕福になり、南側はさらに貧しい生活を強いられ、次第に北に対し恨みを持つようになりました。そしてさらに、戦いに負けた森の魔法使いは杖を没収され、処刑されてしまいました」


島は二つに分断、黒い魔法使いが亡くなった。


「――最後に、王家の魔法使いは分かれた南の島に強力なバリアを張り、二度と南の住民が北の島に入れないようにしました。南の住民は恨みどころか、今の惨めな生活に対し、我慢するようになってしまったのです――」


映像は切れ、ようやく幕が上がった。

幕が上がった瞬間、みんな息をのんだ。


落書きされた壁に、穴が開いた屋根、ごみが散らかる道、破れたり、汚れた服を着ている人々が暗い表情で過ごしていた。

ってことは、ここは南の島だ。


「――あれから70年の時が過ぎ、二つの島は未だに分かれたままでした。しかし、一つのうわさが舞い込んできました」


ステージの下手側から、今いる人々と同じような格好をした一人の少年がやってきた。

髪の毛がくるっとカールした子犬みたいな少年。


「聞いてよ!北の王様が、南に住む三人の子供たちを受け入れるって宣言したんだ!」


「北」という言葉に反応し、人々は顔を見合わせる。

そして、ため息をつく。


「クリス、でたらめはやめろ。あの北の金持ちがそんなことするわけないだろう?」


「本当だって!」


すると、またスクリーンがつき、人々はしぶしぶスクリーンを見る。

電波が悪いのか、時々雑音が入ったり、画質が悪くなったり。

記者が映っていて、奥には高級そうな建物がそびえたっている。


『速報です。エルドリック家は南に住む子供たち3人を留学生として、迎えることを発表しました。詳細は後日発表する、とのことです』


ぶちっと切れた。


エルドリック家というのは、北の島の王家のことだ。


「ね、本当でしょ?」


「これを見たって、俺たちを追い出した北の野郎どものところに、誰も行くわけないだろう」


「まさか、クリスは行くっていうの?」


「行くなら行けばいい。ただ、行ったところでお前はもう、南の住民ではなくなる」


「……あ……」


彼らは今の生活に我慢してる、けど、心の奥底では北の島を恨んでいるんだ。

70年ものの間、ずっと。

その恨みは、消えることはないんだ。


「み、みんな、キャリバン様だ!!」


今度は全員突然、端の位置で膝をついた。

その中で、クリスも同じように膝をついていた。


暗い、けどどこか壮大さを感じるBGMとともに、黒いマントを羽織った男二人が出てくる。

そのうちの一人を見た途端、全身にぶわっと鳥肌が立った。

それは他の観客も同じで、少しざわついていた。


「皆の者、先ほどの速報は見たか?」


静かに、低い声で問う。


「は、はい」


代表が一人、顔を上げて答える。


「これは良い機会だ」


今度は全員、顔を上げた。


「と、言いますと?」


「我が息子、ルークを留学生として北に送ることにした」


「「「え……」」」


男性は後ろに控えていた自分の息子――ルークの姿を明らかにした。

その瞬間、観客から黄色い声が聞こえた。

でも、すぐに止んだ。


ルーク――将也先輩は一部の髪をかき上げ、片耳につけている十字架のピアスを強調させ、お父さんと同じような黒いマントを羽織り、静かに無表情でそこに立っていた。


「ルーク。さっきも言ったように、北に行ったらキャリバン家の杖を取り返すのだ」


杖って、70年前に没収されたものだ。

映像にあった森の魔法使いは、キャリバン家のこと。

ルークはその子孫にあたる。


70年前の戦いで処刑された魔法使いは南の島では英雄とされ、その子孫であるルークも島の住民から畏れられていた。

その父にあたるクライン・キャリバンはルーク以上に畏れられている。

キャリバン家は南の島の王家のようなもので、クラインは国王、ルークは王子だ。


「杖を取り返したら、ここのバリアを壊す。そうしたら私はこの島から出て、再び島を一つにすることができる。……もう、こんな惨めな暮らしは早く終わらせたいのだ。わかっておるな、ルーク」


「はい、父さん」


将也先輩の一番最初のセリフ。

いつもの声とは全く違っていた。


もしかして、目元にメイクをしてるのかな。

瞳が暗いし、光がない。

……将也先輩じゃないみたいだ。


「「「ああ、キャリバン様、民は感謝申し上げます」」」


再び人々は顔を下げる。


「顔を上げるのだ。我々の時が来るのも、すぐだ」


そう言い残して、キャリバンは去っていき、ルークはその場に残ったかと思うと、ステージの前にゆっくり歩いていく。

それを追いかけるようにクリスがルークの横に立ち、二人の後ろで幕が閉じる。


「ルーク、本当に行くの?」


「うん。父さんの命令だから」


「でも、だからって……」


「――いいんだ」


無表情だったルークの表情がだんだん寂しげになる。

それを見たクリスはルークの手を取る。

つかまれたルークの手に付けていたリングが光る。


「ルーク、僕も行く」


「……クリス?どうして?」


「ルーク一人で行くのは、僕もルークだって寂しいから」


ルークの瞳が見開き、小さな光が点いた。


「一緒に行こう、ルーク」


クリスはルークに手を差し伸べる。


「……クリス……」


ようやくルークは小さく微笑み、クリスの手を取った。


――そして、二人はついに北の島へ行くことになった。



幕が上がり、景色が変わっていた。

赤いカーペット、背景はシンプルだけど大きい城、その前にエルドリック家の国王と女王が立っていた。

二人は、北の島に着いたんだ。


ステージの上手からルークとクリスが出てきた。

クリスは興味津々で見たこともない城を眺めているのに対し、ルークは無表情でエルドリック家の方へまっすぐ向かった。

そんなルークを見て、クリスはしゃきっとルークの横に立った。


「ようこそおいでくださいました」


女王が前に出て、ルークとクリスに挨拶をする。

今度はルークが前に出る。


「お目にかかれて光栄です」


「そんなに堅苦しくしないで。自分の故郷だと思って過ごしてくれると嬉しい」


国王の言葉にきょとんとしていたルークだったけど、すぐに無表情に戻った。

スポットライトが変わって、ステージのサイドにあるギャラリーにライトが当たる。

そこには男女二人が立っていて、ルークたちを見下ろしていた。


「はあ、ほんとに来たのかよ南の野蛮人が。国王様たちに馴れ馴れしくしやがって。本当に猿なんだな。ミリア様もそう思いますよね?」


「マテオ、黙ってくれますか」


「は、はい、失礼いたしました」


どうやら男のほうがマテオ、女のほうはミリアというらしい。

マテオはせっかくの高そうな服を着崩しているのに対し、ミリアは眼鏡をかけ、身だしなみをきちんとしていた。


「まあ、これからあの二人が何をするのか楽しみだ。問題行動起こしてすぐに南に戻ればいい。こっちの風紀を乱してほしくないのだから」


ミリアは反応しない。

ただ、ルークたちを見ていた。


「それに、ミリア様に何かあったらこのボディガードのマテオが守りますから」


ミリアは大きくため息をついてマテオをスルーし、ギャラリーの奥へ消えた。


「あっ、ま、待ってくださいよ、ミリア様!」

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