第12話 痛む心
瀬部手のステージ発表が終わり、お昼ご飯の時間だ。
みんなグラウンドの屋台へ大殺到。
混むのが嫌だから、と紘夢と武尊が大急ぎで屋台の方へ向かった。
そして、なぜか「待ってて」と言われた。
なんとなく校舎に近い、空いているベンチに座ってグラウンドを眺める。
甘辛いソースの匂いや、香ばしい揚げ物の匂い、何かの甘い匂い。
手には買ったものを持ってはしゃぐ生徒や、それを見守る先生、必死に作る先輩たち。
昨日も見た景色なのに、初めて見た感覚がする。
さっきの、戸牧くんの歌声がまだ耳に残ってる。
あれを聞いてから心が痛いし、ぼんやりとしてしまう。
歌詞を将也先輩と重ねてしまう。
将也先輩は早く、知りたいのかな。
私がもたもたして、待たせてないのかな。
……まだ、自分の気持ちがわからないよ。
「――私、将也先輩のこと、好きなんですっ」
将也先輩、という言葉を聞いて全身が震え、激しく動揺する。
ちょうど思い浮かべていたこともあって、なんだか心臓に悪い。
視線を走らせば、校舎の陰に女の子と将也先輩二人きりでいた。
チクッと胸が痛んだ。
……え、今の何……?
盗み聞きするのもだめだから、ぱっとそっぽを向いた。
将也先輩は生徒会長だもん。
人気者だし、ファンだって多い。
何より優しいし、いつも堂々としている。
……告白されるのは当たり前、だよ。
恐る恐る視線を向けると、女の子はいなくなっていて、将也先輩一人だった。
――なぜか、傷ついた表情で下を向いていた。
「……将也、先輩……?」
あんな将也先輩、初めて見る。
あんな暗い表情なんて見せたことなかった。
陰だからそう見えるだけって思いたいけど、どうもそうじゃないみたいで……
すると、私の視線に気づいた将也先輩がこっちを見る。
「絵奈……」
慌ててそらそうとするも遅かった。
将也先輩は何事もなかったかのようにこちらに来る、かと思いきや柵に腕を置いた。
「えっと、お疲れ様です」
「うん、お疲れ」
声のトーンが沈んでいた。
「……あの、さっきのって……」
「あぁ……うん、よくあるんだ。昨日と今日で……何回目なんだろ」
そうつぶやく将也先輩はとても悲しそうだった。
一体、何があったんだろう。
「心配しないで。俺は、絵奈のことだけみてるから」
無理に笑った。
……いやだよ、そんな悲しそうに笑わないでよ。
「って、絵奈のことだからそういうわけにもいかないか」
生ぬるい風が吹く。
屋台で盛り上がる生徒の声が遠く聞こえる。
将也先輩は柵に背中を預けた。
ここからは、表情が何も見えない。
「……みんな、俺を見てくれないんだ」
ぽつりと告げた将也先輩。
「俺」の言い方、いつもと違うように聞こえる。
「……俺は生徒会長だけど、ちやほやされたくて生徒会長になったわけじゃない。全員が平和に、楽しく過ごせる学校を創りたいからなった。だから、俺が学校にいるほとんどの時間は、生徒会長の俺。本当の自分なんて、誰も見てくれない。気づいてくれない。誰も……誰も、表面しか見てくれないんだ……!」
吐き捨てるように将也先輩は言った。
それを聞いて、目の奥が熱くなる。
表面の自分。
なんとなく、共感できる部分があった。
中学の時、表面――見た目のことでいじめられて、学校に行くこと、人と話すことが怖くなったから。
「……もう、うんざりなんだ。生徒会長だから演劇の主役、生徒会長のクラスは一位、生徒会長だから何でもできる、生徒会長だから校則を何でも変えれる。生徒会長だからかっこいい。……そんなこと、あるわけないのに」
……思い出した。
この前、朝の放送で生徒会からの連絡があった。
「スマホを行内でも、せめて行事でも使えるようにしてほしい」って希望がたくさんあるけど、禁止されているのにかかわらず違反者が多いから無理ですって。
だから、自分の行動は他人に迷惑をかけていないかしっかり見直してくださいって言ってた。
それにもかかわらず、スマホ使用の希望はたくさんあったんだ。
それに……主役に選ばれたの、将也先輩の意志じゃなかったんだ。
受付をやっていた時、演劇を見た人たちが「将也先輩すごかったね、さすが生徒会長だよね」って言って通り過ぎたような。
でも、それって将也先輩が生徒会長だからすごい、ってわけじゃないよね。
「……ごめんね、絵奈にあたって」
将也先輩はこっちを見ない。
「い、いえ……」
どう、答えよう。
告白の返事じゃなくて、今の将也先輩にどう言おうかなって。
「今までは誰にもこんなこと言えなかったのに……絵奈の前だったら不思議と言えた。ちょっとだけスッキリした」
私は、生徒会長の将也先輩しか知らない。
普段の将也先輩のことはわからないし、まだちゃんと仲良くなれたとか、すごく親しくなったわけでもないから。
――あ、でも。
昨日、東先輩と田原先輩の三人で私の教室に来てくれた時。
「解けない」って言ってたけど、結局は乗り気になって並んでくれた。
解いてるところは見てないけど、並んでるときものすごく楽しそうな顔をして待っていた。
……そのあと、目が合って手を振ってくれた。
それから、土曜日に生徒会の手伝いに行って、いつの間にかお昼ご飯とお菓子を買ってくれていた時。
みんなで笑いながら食べて、また頑張って全部終わった後のお菓子パーティー。
分け合ったり、ちょっとあげたり、無邪気になって食べてた。
その前、職員室で会ったとき、私に冗談を言って笑ってたこと、楽しそうにニコニコしながら紘夢を煽ってたこと。
――この時の将也先輩は、生徒会長の将也先輩じゃない。
どれも……将也先輩が自分らしく過ごしていた時だ。
今までの将也先輩が全部、生徒会長の将也先輩ってわけじゃない。
「……将也先輩!」
私の声に将也先輩ははっとしてようやくこちらを見る。
目が赤くなっていた。
「私は、将也先輩のこと尊敬しています。私の憧れです。これは、ずっと変わりません。でも、将也先輩が生徒会長だから手伝いをしたいって思ったわけではないです。将也先輩みたいに、堂々として、人のために動ける人になりたいから、そのためにはまず生徒会長になりたいって。でも、私は生徒会のこと何も知らないから、手伝いをしようって」
……私だけじゃない。
「紘夢や、武尊も同じです。まだ知り合って一か月しか経っていませんけど、生徒会長の時以外の将也先輩のことも知っています。……ちゃんと、見ています」
それから、ほかの生徒会の先輩方も。
「東先輩や田原先輩、立川先輩だって同じです。目立ちたくて生徒会になったわけではないはずです。生徒会は生徒のトップなので、目立つことは仕方ありません。それは、将也先輩も分かったうえで立候補して、今も生徒会長をやっているはずです。」
あとは、あとは……
「こんなこと言うのもですけど、将也先輩はもっと自分らしさを出してもいいと思います。生徒会長だからって何でも我慢したり、自分じゃない、誰かの理想の生徒会長を装い続けるのは将也先輩にとって、ずっと辛いです。……気づいている人は気づいています。もしかして、将也先輩は生徒会長だからって何かを抑えているんじゃないかな、とか昔より変わったな、とか」
浮かんだのは東先輩と、田原先輩の二人。
今思えば、あの二人の将也先輩に対する視線はちょっと違う。
あまり乗り気じゃない将也先輩を強引に脱出ゲームに誘ったことも。
……何気ないように見えるけど、あれは将也先輩が心から文化祭を楽しめるようにしてたんじゃないかな。
だって、乗り気じゃないなら「生徒会長が言うならやめようか」の流れになるのが妥当な気がするから。
「生徒会長だからって、かっこよくしないといけないって思う必要はありません。無理する必要もないです。将也先輩は将也先輩ですから。私は、生徒会長じゃない時の将也先輩をもっと見たいです。紘夢も、武尊も、東先輩も、田原先輩も、立川先輩も同じことを思っています。だから……隠さないで、もっと見せてください。見せることができないなら、これ以上辛いって思わないように、見せれるようになるまで私たちで引き出します」
将也先輩の瞳が揺れ、涙が零れた。
顔を隠すように下を向き、柵にもたれた。
何を必死に語っているんだろうと、はっと我に返る。
こんな勝手なことを言って、怒らせてない……かな。
いくら優しい将也先輩とはいえ、相手は年上だ。
さすがに失礼だったかも、しれない……
「……絵奈は、よく見てるね」
沈んだ、でもさっきよりちょっと明るい声。
「みんながみんな俺じゃない俺を見てるわけじゃない。少なくとも、絵奈たちは俺を引き出そうとしてくれていたんだ」
ざくっと砂の音がして、後ろを振り返れば紘夢と武尊、目を潤ませた東先輩と田原先輩がいた。
「引き出そうとしてくれて、ありがとう。また頑張れる気がする」
振り返って笑った将也先輩は、泣いていたことが嘘だったみたいに、真昼の太陽に照らされて、うれしそうに笑っていたんだ。
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