第14話 認識の違い

ルークとクリスは北の島にたった一つしかない、私立の高校へ入学することになった。


「あれが例の留学生?」


「顔はちょっとイケメンじゃない?」


「ピアスはおしゃれだね」


二人が歩く度二人は注目の的になり、ひそひそと声が聞こえる。

クラスの教室でも、廊下でも、校外でも。


最初は距離を置かれていたけど、だんだん距離は縮んでいき、お互いに思っていたものとは違うのでは、と疑問に思うようになるんだ。

『北の住民は偉そう』、『南の住民は野蛮』、という教えは違うんじゃないかって。


「ねえ、ルーク。僕、ここに来て良かったって思ってるんだ」


ギャラリーに立ったクリスがルークにそう言った。

けど、ルークの表情は変わらない。


「ここの島の人、みんな優しい。見下してるって感じがしない。故郷で聞いていたものと違うんだ」


「そうだね。でも、僕、」



ジリリリリリリリリ!!!!!



突然、アラートの音が聞こえたんだ。

体育館全体に赤いランプが浮かび、ステージの幕が開く。


「何者だ!!」


「ガラスが、割れてるぞ!」


下手から警備員が出てきた。

ステージの上にはガラスケースがあり、それが割れていた。

――ケースの中はあの、森の魔法使いの杖が入っている。


「誰も、いないだと……?」


「とにかく、防犯カメラを見てみよう」


警備員は去っていった。

そのあとすぐに警報は止まり、静かになった。


「……何が、あったんだろう」


「学校のすぐ横の博物館からだったね」


「すごい、よくわかったね」


クリスがそう言うも、ルークは不安げな表情を浮かべていた。



その次の日。

学校では昨日の夜の騒ぎが話題となっていた。


「昨日の何だったんだろうね」


「一瞬火事かと思った」


「何事もなかったかのように終わってたしね」



「おい!野蛮人!!」



教室内の雑談をかき消すような鋭い声に辺りは静かになり、ルークが反応した。

声の主はマテオだった。


「昨日の騒ぎ、お前がやったんだろ!」


マテオはルークの席に近づくなり、声を荒げた。


「……何の話?」


「みんな聞けよ。昨日、博物館で展示物のケースが割れる事件があっただろ?その展示物、あの森の魔法使いの杖だったんだ」


「「「えっ!?」」」


これにはルークもクリスも驚きだった。


「こんなことをするのはお前たち野蛮人しかいない。あの杖を奪って、俺たちに復讐しようとしたんだろ!わかってんだぞ!!」


クラスメイトの視線はだんだん怪しくなり、怒るマテオを前にルークは冷静だった。


「森の魔法使いの杖が博物館にあることは、今の君の発言で初めて知った」


「そうだよ!それに、僕、昨日の夜はルークと寮で一緒にいたもん」


「デタラメを言うな!!そんなんじゃ証拠にならないだろ!それに、お前はあの森の魔法使いの孫なんだろ?」


クリスは思わず黙る。


「じゃあ、僕たちがやったという証拠は?」


そう静かに告げたルークの視線がどんどん冷たくなる。

マテオが言葉に詰まる。


「逆に言えば、僕らが留学したことをよく思わない君みたいな人が、あの杖を使って僕たちを追い出そうとすることも可能だと言える。そう思わない?」


マテオの怒りが限界に突破する。

そして、ルークに飛びかかろうとしたその時だった。



「マテオ!やめなさい」



突然響いた少女の声にマテオはピタリと止まった。


「ミ、ミリア様っ!」


マテオが慌て始める。


なんと現れた少女はあのミリアだった。

眼鏡の奥の瞳はとても怒っていた。


「マテオ、犯人は確定していないのに決めつけるのは良くありません。それに、いい加減に野蛮人と呼ぶのはやめなさい」


「で、でも、」


「――マテオ?」


ミリアの声が低くなり、マテオはさらにおびえ始める。


「は、はい、すみませんでした」


「謝る相手が違います」


マテオは嫌そうな顔をしながら「すみませんでした」と、小さな声でルークとクリスに言い、逃げるように教室から去っていった。

冷たい視線をマテオに向けていたミリアははあ、とため息をつき、今度はルークに視線を向けた。


「ルークさん、クリスさん。申し訳ありません。マテオがあんなことを言って。私からもお詫び申し上げます」


見知らぬ少女に深々と謝られ、さすがのルークも驚いている。


「……だ、大丈夫。慣れてるから」


戸惑いつつも言ったルークの言葉を聞いて、ミリアはなぜか傷ついたような表情になる。


「……ここで言うべきことではありませんが、マテオはエルドリック家直属の魔法使いなんです。あの森の魔法使いを倒した、ここ――北の島では英雄とも呼ばれている魔法使いの孫。だからあんなに偉そうで、あなたたちを見下す。国王が南の島から留学生を受け入れると宣言した時も、マテオが一番反対していた」


これはクラスメイトも知らないようだった。


「次、マテオが何かしたとき、すぐに私に言ってください。私がマテオを指導しますので。それでは」


ミリアは教室から出て行った。

少ししてチャイムが鳴り、授業が始まった。


「何、あの子、地味子のクセに」


「ほんとむかつく。出しゃばらないでほしい」


一部の女子たちがミリアの陰口を言っていたことを、ルークは聞き逃していなかった。



授業は終わり、ルークはすぐに教室を出た。

走るたびに十字架のピアスが揺れ、横顔はとても綺麗だ。

……本当に、将也先輩がルークを演じているのかって疑ってしまうくらい、ルークになりきっている。


「ねえ、あんた何様なの?」


「地味な見た目して出しゃばらないでよ」


幕が閉じたステージの上手側で、ミリアは女子たちに囲まれていた。


「ミリア!」


女子たちはルークを見ると、すぐに逃げ出した。


「……ルークさん?どうしてここに」


「さっきの、まだお礼言えてなかったから」


ルークとミリアの2人にスポットライトが当たる。


「……そんなの、いいです」


「言わせてよ。改めて、ありがとう」


うわああ、今の「言わせてよ」、すごくかっこいい……


「……別に、当たり前のことをしただけです」


「言わせてよ」って言われたミリア役の人、今どんな気持ちなんだろう。


「1つ、聞きたいことあるんだ」


「……何ですか」


「君って……何者?」


ルークの質問にミリアは怪訝そうに顔を顰めた。


「今日が初対面なのに助けてくれたし、マテオからはミリア様って呼ばれてる。……それに、さっきの女子たちのことも」


「……ルークさんは、とても頭が良いんですね」


そう言ったミリアの声は沈んでいた。


「私の本名は、ミリア・エルドリック」


「……エルドリック……」


「あなたを迎え入れた国王と女王は、私の両親です」


ミリアはこの島の王女様、ということ。


「私はあの2人のこと、家族だなんて思いたくない。……罪のない民を追い出した曽祖父と同じ偽善者だから」


島では魔法使いと共に、70年前のエルドリック家国王は英雄だと呼ばれていて、戦いが終わった日からエルドリック家は今日まで畏れられている。


「私の知り合いに、おじいさまが北出身、おばあさまが南出身の方がいるんです。でも、70年前の戦いの後、おばあさまは分断された南の島に追い出された。戦いに参加していない南出身の方まで、私の曽祖父は追い出したんです。それから70年間ずっと最愛の人に会えず、おじいさまは鬱になってしまったんです」


ルークは衝撃だった。

自分が住む南の島に、離れ離れになってしまった人がいるのだと初めて知った。


「私は彼らを野蛮人だって言うエルドリック家にいるのは嫌だった。だから王女を装うのはやめた。あの人たちと同じ括りに入れられたくなかったから」


王女だって思われないように、眼鏡をかけて地味な少女を装い、話し方まで変えた。


「……そんな両親は、私が幼い頃から私を相手にしてくれなかった。私を1人の娘として、接してくれなかった」


仕事で忙しいとはわかっていても、ずっと寂しい思いをしていて、いつしか自分の思いを伝えられなくなった。

孤独を我慢するようになった。


そうしたら、親不孝だって周りから陰口を言われるようになった。


「……私はこの島を変えたい。また島を一つにして、今度は全員が豊かに暮らせるように。貧富の差を無くして、もう二度とあんな悲劇を起こさないように。離れ離れになった家族と再会できるように」


そう言ったミリアの目は寂しい色をしつつも、強い光を宿していた。

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