第7話 朝の日直

教室の鍵を開けて、いったん荷物を置く。

それから日誌を持って職員室へ。


今日は日直なんだ。

日誌に連絡事項を書いて、その内容を教室の後ろの黒板に書かないといけない。

遅刻したり、先生が教室に入る時間までに仕事を終わらせないと、次の日にやり直しさせられるとか……そんなの嫌だから余裕を持って来た。


とくに大事なことはなさそうかな。

連絡事項は職員室の前に大きな黒板があって、そこに毎日先生が書いて、それを日直が日誌に写すの。

これは中学の時と同じだから慣れてる。

中学の時は全クラス8時15分までに来たことを職員室に行って言わなきゃだったから中学の時の方が大変だったかも。


高校はクラスによって違うみたい。

うちのクラスは時間制限とかはけど、他のクラスはどうなんだろう……


日誌を書き終えて、もう一度ボックスを確認する。

配布物はさっき教室に持って行ったからない、ね。

あとは終礼前に見たら良い。

あ、それと黒板も消さないとだ。


教室に戻ろうと、階段の方を向いた時だった。


「あ、絵奈じゃん。おはよう」


誰かとすれ違い、その人は将也先輩だった。


「わっ、ま、将也先輩!おはようございます!」


び、びっくりした。

将也先輩も日直だったのかな。


「日直なんだ?」


「あ、はい。初めてです」


「その割にはてきぱきやってるし、来るの早いね。もしかしてやり直しとかあるの?」


「いや、私のクラスは特にないです。ただ黒板の消し忘れや、忘れてた人はそうなるらしいですけど……」


この前男子が何回もやり直しになってたな……他の男子がすごく煽ってたけど。

黒板ってつい消し忘れちゃう。

あとは休日挟んでの日直も忘れがち。


「そっか。あ、それと許可出たよ」


……ん?許可?


私がきょとんとしていると、将也先輩の表情が少し暗くなる。


「あれ、もう忘れちゃった?生徒会の手伝い、してくれるんじゃなかったの……?」


何だか子犬みたいな目で見てる……可愛い……

って、そこじゃない。


「も、もうですか!?」


「そう。さっき聞いてきた」


し、仕事が早いというか何というのか……

さすがすぎるというのか……


「わ、忘れてたわけじゃないので!」


「分かってるよ、冗談冗談」


将也先輩はくすくす笑う。

こういう何気ない仕草もカッコいいんだよなあ。


「仕事は中間の明けから。たしか月曜日だね。終わり次第生徒会室に来てくれたら良いよ」


「わかりました。テスト明けの月曜日、終わり次第生徒会室、ですね」


「うん、それじゃあ、ま、」



「何話してるの」



「「わっ!!」」


突然聞こえた低い声に将也先輩と同時に肩が震えた。

私と将也先輩の間に、いつの間にか紘夢がいた。


「おはよう、紘夢。生徒会の話をしてたんだよ」


「……生徒会?」


紘夢が怪訝なそうな顔になる。


「そーうなんだよねー。絵奈、俺のために生徒会の仕事手伝ってくれることになったんだー。ね、絵奈」


「え、あ、」


「はぁ!?!?!?」


大声を出した紘夢。

なぜか怒ってるし、将也先輩はニコニコして楽しそうだし、この状況は一体……


「あ、あのね、もうすぐ文化祭があって、生徒会の仕事すごく多くて大変なんだって。だから手伝いたくて……」


紘夢の怒りがすうっと静まる。

ああ、とりあえず良かった。

怒ってない、みたい?


「……ふーん」


まだ声は低い。


「紘夢も手伝う?なら武尊も誘いなよ。あ、でも紘夢は文化委員だからムリかな……」


なぜかまだ楽しそうな将也先輩。

何でこんな楽しそうなんだろう!?


すると、また紘夢の顔が不機嫌になる。

ああああ、まだ怒ってる……!

けど、すぐに真顔になる。

……いや、静かに怒ってる、かも。


「そーゆーのやめてください。委員であろうが、俺だって絵奈のことも先輩のことも手伝えるので。ほら、行くよ絵奈」


「え、えっ!紘夢!?」


ぐいぐい私の腕を引っ張る紘夢。


「じゃあ、また今度ね、絵奈」


ニコニコしながら私に手を振る将也先輩。


「あ、は、はい……?」


紘夢、どうしたんだろう……

さっきから怒ったり、今みたいに引っ張ったり……珍しい。


「えっと……紘夢何で怒ってるの?」


「怒ってない」


紘夢がきつめに答えた。

明らかに不機嫌さが声に出てると思うんですけど……

もしかして、紘夢も生徒会の仕事やりたいのかな。


「じゃあ何で……?」


紘夢がピタリと止まった。

そして、ハッとしたように私を見る。


「いっ、い、いや、だ、だって、一緒に帰れなくなる、から……」


ぼそっと言う紘夢。

なぜか耳が赤い。


私と、一緒に帰れなくなる、から……?


「……えっ、」

「あれ、紘夢?絵奈もおるやん。何してんのここで」


階段の上からいつもの声。

そこに武尊がいた。


「日直で職員室行ってて、そこで将也先輩と紘夢に会ったの。その帰りだよ」


「ああ、今日絵奈日記やもんな。それならはよ黒板に書かなまずいんちゃう?」


「あ!ほんとだ!」


忘れかけてた!

急いで書かないと!


そう階段を上ろうとすると、「こら!」と誰かに腕を掴まれる。

掴んだのは紘夢だった。

私がキョトンとしていると紘夢はハッとして腕を離す。


「階段で走ったら転ぶから」


と言って先に階段を上って行ってしまった。

今日の紘夢、何だかいつもと違うな……


「どうしたんだろ、紘夢……」


私がつぶやくと、


「今日は機嫌があんま良くないみたいやな」


と、武尊が紘夢の背中を見ながら平然と言う。

あれ、何か知ってるのかな。

私が武尊を見ていると、武尊と目が合った。

……じゃなくて、私の後ろ……?

後ろを振り向こうとしたら、


「俺らも教室に戻るで」


と、腕を掴まれた。

紘夢より力はそんなになく、優しく掴まれてる。


「う、うん」


後ろを見たけど、そこには誰もいなかった。



教室に戻ると、武尊やももちゃん、莉緒ちゃんが日直の仕事を手伝ってくれた。

その間、紘夢は自分の席で1人で過ごしていた。



……私、紘夢に何か悪いことしちゃったのかな……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る