第10話 過去が怖くても

めっちゃ大きな声が出そうになった。

何で……何で、こんなことになってるの!?


「こんなの、早く止めないと……」


「え、絵奈!」


私は鞄を置いて、3人の方に向かう。

あれ、華音ちゃんがいないと思ったら奥のトイレからなぜかバケツを持って歩いてきた。

慌てて壁に隠れる。

階段とトイレは遠いから気づかれなかったかな。

あのバケツ……トイレのやつだよね。

重そうに持ってるけど、まさか……!?


「華音、早くかけてあげて」


「はーいっ」


……ま、待って!!



ジャバーン!



「ももちゃん!」


私の声に彩花ちゃんと華音ちゃんがこちらを見る。


「絵奈?」

「あ、絵奈」


2人とも笑ってるけど、目は笑ってない。

……何なの、これ。

ももちゃんに駆け寄ると、全身びしょ濡れ。

床にも水たまりができた。

前髪から雫がぽたぽたと垂れている。


「何でこんなことするの!?」


いろんな感情が混みあがる。


「あれ、絵奈知らない?こいつ、モデルやってるんよ」


彩花ちゃんがびっくりしたように聞く。

こいつって、ももちゃんのことかな。

何でそんな呼び方をするんだろう。

……モデル?

それって、ファッションモデルとかの?


「ごめんね、知らない」


「まあいいや。『Stella』っていう、ファッション雑誌があるんだけど、藤宮はその専属モデルをしてるんだ」


華音ちゃんが教えてくれる。

藤宮って、呼び捨て。


「そうなんだ……」


全然知らなかった。

Stellaも全然知らない。

ももちゃんがその雑誌の専属モデルってすごいと思う。

けど、それと今って何が関係あるの?


「だからか知らないけど、こいつ調子乗っててさあ、めっちゃむかつくくない?」


「うちはモデルですって、宣言してるみたいできもいよね」


どういうこと?

何でむかつくの?

何がきもいの?

……意味わからない。

けど、言い返せない。

ももちゃんは下を向いていてなかなか目が合わない。


「てかそんな状態じゃモデル無理でしょ」


「ほんと!そもそもブスだし」


きゃはははと2人は笑う。

……ひどい。

ももちゃんはすごく優しいのに。

初対面なのにももって呼んでいいよって言ってくれた。

あの時の笑顔だって可愛いのに。

それなのに……私は何も言えない。

こんなの……友達失格だ。


「なんか言いなよ、ねえ、モデルさん?」


「あはは!ほら、絵奈も黙ってないでさあ」


私は立ち上がる。

2人はさらに笑う。

こんなの、嫌だ。

許せない。

この二人もだけど、自分も許せない。


「2人とも、自分たちが何してるかわかってる?」


え、と2人は固まる。


「ももちゃんがモデルをして何が悪いの?普通に考えてすごいって思わないの?」


泣きそうになるけどこらえる。

だって……嫌だもん。

モデルのことは全然分からないけど、人の夢をバカにするのは人としてどうかと思う。


「モデルになるの大変だって2人は分かってて言ってる?ももちゃんはモデルになりたくてずっと努力してきたはず。オーディションとか、スタイル維持とか。頑張ったからモデルになれたんだよ。ももちゃんはいっぱい努力して、大きな夢を叶えたんだよ!?それをバカにして、ももちゃんにひどいことするの、最低だよ!!」


自分でもびっくりした。

こんなに言えるなんて思わなかった。

2人は目を大きくして私を見ていた。

けど、すぐかの、華音ちゃんが私を睨む。


「なに、」

「やめて、華音。絵奈、もう一つ言わなきゃいけないことがあるの」


急に彩花ちゃんの声色が変わった。

表情も、何だか悲しそうな感じ。

何、何これ。


「私もね、そいつと同じ時にStellaのオーディションに応募したの」


「え……」


「みんな応援してくれた。私だって、頑張った。けど、私は落ちて、そいつが受かったの」


……これって、本当なのかな。

すごく演技に見える。

わざとらしいというか。


「自分だけ受かって平気そうにして、落ちた人のことも何も考えないで自分だけ楽しそうにして、調子に乗って……何なの本当に!?最低!!」


「だからって人をいじめるの?これ、意地悪とか嫌がらせどころかいじめでしょ。嫉妬なのか知らないけどやっていいこととやっちゃいけないことがあるよね?嫉妬で人を平気で傷つけていじめる方がずっと最低だよ」


……私だって、前いじめられてたから。

いやだいやだ、こんなの思い出したくない。


「あんたいい加減に、」

「華音」


「……彩花?」


華音ちゃん、私のことが許せないのかな。

ずっと私を睨んでる。

「ねえ、絵奈。私、絵奈こと中学の時から知ってるんよね」


「……え?」


同じ中学だったっけ。

全然覚えてない。


「絵奈、は宮津中だったでしょ」


……やめて。


「けど、宮津西中に転校したんだよね。男子たちからいじめられたから」


「え、絵奈がいじめられるとかやば……」


……嫌だ。

思い出したくない。

思わず頭を抱える。


『おいブス!』

『さっさと消えろよ!!』

『マジキモイ』

『死ねよ』


あの時の出来事がフラッシュバックする。

誰も味方してくれなかった。

……紘夢も。


「嫌……嫌……」


「かわいそー絵奈。絵奈こんなに可愛いのにね。絵奈をいじめたやつ最低だよ、ほんと」


彩花ちゃんが私に近づく、私の顔を覗く。


「この高校に絵奈をいじめたやつがいるの。絵奈、またいじめられるの嫌でしょ」


……嘘……

会いたくない。


「だから、うちらのグループに入りなよ。いじめっ子に会ったらうちらが守ってあげるから」


「そーそー。だからいい子ぶらないでいいよ」


「そいつ、友達いないから可愛い絵奈を利用してるだけだよ」


「えー!だとしたら最低じゃん!」


またきゃはははと笑う。

やっぱり、演技だったんだ。

それに、守ってくれないと思う。

私は……私は弱いけど、もうあの時の私なんかじゃない。


「絵奈?うちら友達だもん。入ってくれるよね」


華音ちゃんが笑いながらまた私の顔を覗く。

答えは決まってる。



「入らない!」

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