第8話 傷つけた過去 side紘夢
「紘夢、帰るで」
「え?」
終礼が終わり、帰る用意をしていると武尊に声をかけられた。
昔と変わらない優しい表情。
「一緒に帰ろって」
「う、ん……」
絵奈とは帰らないのか。
教室を見渡すと、絵奈はいなかった。
用意を済ませ、武尊と教室を出る。
「テストどうやった?」
下駄箱を出た時、武尊が聞いた。
「……まあまあ」
「まあまあって……紘夢、数学得意やろ?」
「うん」
数学ができても、国語は苦手。
ワークを何回も解いたから流れは覚えてたけど。
英語は普通。
「武尊は」
「俺は英語はいけたけどやっぱ数学やなぁ」
武尊は数学が苦手なのか。
それなら勝てるかもしれない。
ただ、英語は得意なのは意外。
「絵奈はどうやったんやろな」
……絵奈。
絵奈は絶対成績良いだろうな。
苦手教科ないって小学生の時に言ってた記憶がある。
あとテストはいつも100点だったな。
国語教えてもらったし、算数はいつも俺が教えたら100点だったし。
すごいよな、絵奈。
俺が知らないところでずっと努力してる。
「あっ、あの公園行ってみよ」
「え?」
武尊の視線の先には小さな公園。
あ、ここ昔、よく3人で遊んだところだ。
……懐かしい。
てか、高校の近くだったんだ。
小さい時は高校が分からなかったから覚えてなかった。
「あのベンチ座ろ」
「うん」
まだ太陽が明るい。
部活とかしてたらもっと暗くなるのかな。
部活はいる気はないけど。
この公園には遊具がない。
ベンチだけ。
だからよくおにごっこしてた。
「ところで紘夢」
武尊の声が低くなった。
「何?」
「……絵奈と何があったん」
ドキッとした。
武尊を見ると、怒った表情だった。
「俺が大阪おった間になんかあったんやろ。同じクラスになったから変わらず仲良くしてるかな思ったら会話一つしてへんやん。絵奈は中学はクラスが別れたからってごまかして教えてくれんし」
……バレてた。
そうだった、昔から勘が鋭かったな武尊は。
「紘夢までごまかすんか」
武尊の声が沈んだ。
言うべきなのだろうか。
あれは絵奈にとっては辛い、俺にとっては悔しい出来事だ。
「……言うよ。武尊が引っ越してからは俺と絵奈は宮津中に通ってた。同じクラスになって、朝は一緒に登校してたし、休み時間もたまに話したし、放課後も一緒に帰った。俺も絵奈も友達いっぱいできた。けど……」
「けど?」
ごめん、絵奈。
「……絵奈が……男子からいじめられるようになった」
武尊は息を飲んだ。
「な、何でや……何で絵奈が、」
「分からないよ!!」
俺の叫び声に武尊が傷ついたような表情になった。
「ごめん」
「いや、俺もごめん」
「……話したくなかったらそこは話さんでもええよ。ただ何で紘夢と絵奈が……」
俺が悪いんだ。
俺が……俺が……
「……ある一人の男子を中心に絵奈に直接悪口言っててさ。ブスとか、キモイとかさ。意味わからなかった。絵奈はそいつとは接点も何もなかったのに急にっ……!あと、物を盗まれたこともあった。すごく気持ち悪かった」」
「そりゃ気持ち悪いわ。てか誰そいつ」
「知らないと思うけど
「……聞いたことあるかも」
「どこで」
「わからん」
即答においってなったけど俺はあいつが嫌い。
絵奈をいじめた中心人物だから。
……許せない。
「俺は毎回そいつらを追い返してできるだけ止めた。それでさ、そいつが休んだ日の昼休みに、他の男子が絵奈を取り囲んで一斉に暴言とか悪口言って絵奈が泣いた事件というか騒動があってさ」
「は!?」
「それまで絵奈はずっと我慢してた。けど、あの日初めて泣いたんだ」
目に涙が浮かぶ。
「……俺、その時委員会で止められなくてさ。戻ったら泣いてる絵奈を見て男子たちがお祭り騒ぎみたいに笑ってたんだ。女子も誰も止めなかった。俺が駆けつけたらみんな散って何事もなかったかのように過ごしやがってさ。その時、絵奈が泣きながら『もう誰も味方はいない』って言ったんだ。たぶん、俺が助けなかったから絵奈は失望したんだと思う。俺……俺、悔しくて……」
涙が零れた。
武尊が俺の背中をぽんぽんと叩く。
「紘夢は何も悪ない。委員はしゃあないやろ」
「仕方なくなんかない……絵奈は次の日から不登校になったから」
武尊の手が止まった。
「……えっ……」
「家、行っても毎回絵奈じゃなくて、絵奈のお母さんが出てくれたんだ。そしたら、最後に行った日に『絵奈はずっと誰にも会いたくないって言ってるの。来てもらったのに申し訳ないけど、転校しようと思ってて。今までありがとうね、仲良くしてくれて』って言われて……」
「転校?」
「うん。近くの宮津西。学校を変えただけらしいけど。たぶんそこではいじめられずに過ごせたんだと思う」
高校のクラス発表に絵奈の名前があった時はびっくりした。
今高校に通ってるから大丈夫だったって信じたい。
「そっか……」
「それと……絵奈が転校する前に家の近くで絵奈に会ったんだ」
「絵奈に?」
「……『何で助けてくれなかったの?』って。泣きながら言われた。絵奈は委員会あるって知ってた。けど、絵奈がいじめられ始めた時点で俺はすぐ止めるべきだった。何か起きるかもしれないからってずっとそばにいるべきだったんだ」
『……ひどいよ……紘夢なんか嫌い!大っ嫌い!!最低!!!』
絵奈には俺しか味方がいなかった。
その俺でさえも助けられなかった。
「俺は絵奈を助けられなかった。だから俺は絵奈と関わるべきじゃない。俺もいじめたやつと同じように絵奈を傷つけたから」
武尊の手が俺の背中から離れた。
「そ、そんなん……何ですぐ俺に話してくれんかったん?」
「言いたくても連絡先知らなかったんだからムリだろ。手紙でも引っ越し先の住所とか知らなかったし」
「だからって隠すのはおかしいやろ」
「……それは……そうだけど……」
……絵奈……
俺はできたらまた昔みたいにいたいよ。
けど、絵奈は俺のこと嫌いだろうから。
「紘夢はこのままでええんか?」
「えっ」
武尊は真面目な顔で俺を見ていた。
「俺は絶対嫌や。その大森ってやつのせいで絵奈に一生消えん、深い傷負わせて大森が平気で過ごしてるとか腹立つし、紘夢と気まずいのも絵奈は嫌やろうし、紘夢も嫌やろ。俺も見てて辛いから嫌や。絵奈には笑っててほしいから」
……それはそう。
絵奈には笑っててほしい。
俺は、俺は絵奈を幸せにできない。
あの時みたいに不幸にさせるだけだ。
黙っていると、武尊が立ち上がった。
「もう、ええわ。話してくれてありがとうな。今日はもう帰ろ。絵奈とは少しずつ話せるようになったらええよ。絵奈にも絵奈のペースがあるから」
「武尊……」
武尊も、きっと失望したんだな。
こんな無力で、何もできない俺に。
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