第4話 あか

一位いちい君、これ、ニュアンスカラーに変えたいの」

「私に合う色、考えてくれるって言ったじゃん」


 俺が一息つくと積極的な子が見逃さず寄って来る。彼女達の望みは尽きない。


「ニュアンスカラーは別系統の色を作るのも得意にならないと。えっと、合う色はこの間、考えたよね」

「その色と合わせる色が必要なんだって」


 彼女が腕と視線を絡めて来た時、そのかたわらを有田ありたが過ぎた。俺達の視線は交差し、彼女は軽やかな微笑をたたえる。有田はそよぐ芍薬シャクヤクみたいだった。

 一年が経ち、注目になじんで余裕漂う有田に対し、俺は自分の中にあった明るさに気付いても変化にまだ戸惑う方が多い。同時にスタートを切ったはずの有田と話したい、と思いながら気後れもあり、俺は彼女に連絡することを躊躇ためらった。

 内心、期待する有田からの接触はずっとない。個人的な会話は二年の進路調査の頃が最後だ。


「有田さんの色、良いなぁ」


 一人が俺をちらと見ながら言った。他の子達も気配が騒ぐ。

 俺は有田の乳白色と赤だけは他の子達に同じに再現しなかった。鋭い子はそれを違うと気付く。


「作り手で魔法の表出は微妙に変わるけど。それは多分、本人に似合う変化じゃないかな」


 でも、そう言う俺を問い詰めることはできなかった。

 かなり捨て身な誘惑で俺から秘策を引き出そうとした子もいる。だけど、そういうんじゃないんだ。俺があげたい、と心底、思えるのは。俺の心材しんざいに響かなければ俺も本気になれない。

 有田は特別。

 俺は芍薬ではなく野花の頃の有田のために何でもできる気でいた。たかが番号続きなだけのクラスメイトを心から褒められる有田。俺の中に眠る違う色の俺を彫り出してくれた有田。

 

 俺のこんな気持ちはお見通しで利用されているんじゃないかと思うこともあった。俺の色作りを皆に教えたのも自分から遠ざけるためかもしれない。

 それでも彼女だけの特別を俺は守りたかった。


 俺達は互いに別の生徒達に囲まれ、余り話さないまま、高等学院入試を迎える。二人共、装飾魔法科に受かっていた。俺は特待生にも選抜され、他の学生より一日早く登校する。

 その時、寄った教室に有田がいた。


「一位君、特待生なんて凄いね。おめでとう」

「君のお陰だよ。有難う。明日からまたよろしくな」


 有田の席はまた俺の前で、そこに彼女がいるだけで俺は胸が高鳴る。特待生の式典なんてどうでも良く思えたが、それを有田が怒ったように送り出してくれるのは嬉しかった。

 高等学院ではまた違う二人であれるかもしれない。

 そんな淡い期待で迎えた次の日。埋まった席の中、俺の前は空だったんだ。

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