第3話 にごし

 休みは夢のように過ぎ、花も名残となれば新学年が始まる。俺は見知った同級生の集まる教室で当座の名前順の席に着いた。

 すると、隣席らしい尾張おわりエマイユが取り巻きを置いて俺に椅子ごと近付いて来る。珍しいな、と思う前で彼は華やかな顔を机に乗せた。


一位いちい、休みの間、派手なコと遊んでたって? どうやって知り合ったんだよ?」

「え? あぁ、あれは……」


 その時だ。緑青りょくしょう色の髪を舞わせ、彼女は姿勢良く教室へ踏み入れる。クラス中の視線が乳白色にゅうはくしょくの繊細な面差おもざしと、む朱の唇へと引き寄せられた。そして、ほんのり上気したような目元に藍の瞳を見付け、ざわめきが起きる。


有田ありた?」


 尾張の目が釘付けになっているのに誇らしさを感じながら、俺は彼女をそっと見た。

 有田が何より求めた整う肌。それを手に入れてから彼女は自ら花開いて行くように色を着こなした。そして、俺はこのメイクを彼女に勧めたんだ。飾った有田で一等きれい、と思ったし、有田自身が装飾魔法を施すのにも向く。初日だから俺が手伝ったけど、中等魔法学院で装飾魔法は自力で行う時だけ魔法練習扱いで規制されないから。


「ショウちゃん、休みに何があったのぉ?」


 駿河するがヒナがたずねながら有田に抱きついた。学院のアイドルの端麗な顔がにっこり笑うと、きらやかさが振りまかれる。

 それを見下ろしながら有田は本来の涼やかさのまま、柔らかに答えた。


「勉強しただけ。休みだから装飾魔法、頑張ってみたの」


 その言葉に俺の心臓が大きく収縮する。

 有田は自分の変化をどう語るのだろう。それは成功の感触をつかんだ頃から俺にもよぎった疑問だった。でも、有田が俺との出来事をどう扱う気かは敢えていていない。


「えぇ、一人で? 先生ついたんじゃなくて?」

「先生には。でも……」


 有田は舞台を進むように窓際へと歩み寄り、見上げる俺に顔をほころばせる。


「色の作り方は考査の後、一位君に教えてもらったよ。きれいな色、作るから」


 クラスメイトから羨望の声が湧き上がった。それは人によって毛色が違ったと思う。自分も魔法が欲しい熱気と、新アイドル誕生に関わった妬みの成分。

 しかし、俺が味わっていたのは有田が引いた線だけだ。それは彼女が動く度、風の気配を感じる届かない距離感だった。その空洞に女の子達が入って来る。


「一位、モテ期か? 春休みの彼女が怒るぞ」

「あれは、いとこだよ。休みだけ上京して遊ぶのに付き添ってたんだ」


 尾張に用意していた嘘をつき、中等魔法学院二年が始まる。

 有田も俺も初年とは全く違う立ち位置で学院生活を送ることになったんだ。

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