第2話 いろ

「本当? 私、一位いちい君なら良いよ?」


 そう告げる有田ありたの瞳はきらめき、そばかすを集めた笑顔が明るむ。それは俺の心に針を刺した。俺はそのままの君が良い。なのに、君は変わりたくて、その願いを俺が叶えるかもしれないから、そんな表情を向けるんだ。

 その時、有田は間違いなく強烈な引力と斥力せきりょくで俺の心を揉みくちゃにしていた。


「じゃ、じゃあ、人体装飾の技、勉強しておくよ」

「メイクは色が作れれば慣れらしいの。試験が終わったら私、練習台になれると思う。春休みに会える日、後で連絡……連絡先からだね」


 有田は浮かれ気味に通信クリスタルを取り出す。

 俺をとらえた藍色の視線は笑みと共にやわらぎ、俺は応じずにはいられなかった。俺の大好きな君を変えることに加担してでも。


 それから春休み、俺達は郊外の図書館で待ち合わせ、装飾魔法の本に書かれた内容を真似し始めたんだ。

 有田の調べた通り、そばかすの辺りにイエローを乗せた上で肌全体を補正してみる。何度か試すとまぁまぁな感じに色ムラは消え、有田はびっくりする程、喜んだ。俺の目には素の方が断然、良く見えるんだけど。更に瞳と近い紺青こんじょうをアイラインに引き、紫へグラデーションを入れてみる。

 俺は違和感に手を止めた。


「……やり直すよ」

「あはは、私じゃないみたい! 気分上がるね」


 有田はけばけばしい目元を緩ませてから茶目っ気たっぷりにウィンクする。その彼女らしくない大胆さは確かに非日常の姿の解放感なのかもしれなかった。


「一回、完成させない? 私、このままでも全然、外歩ける」

 

 うながされてルージュを差すまで明らかな失敗メイクを仕上げ、俺は魔法を消去する。どうしたら彼女がきれいになるかを俺はイメージしようとした。ふと有田の『虹って加減でくどかったり、うるさかったり』という声がよみがえる。

 そう、きっとわずかな太さが、濃さが色を台無しにするんだ。なのに、俺は今の有田が好きだから、いろどって美しい彼女を想像さえできない。こんなんじゃダメだ。

 魔法を解除したきり考え込む俺に有田は励ますように話しかけた。


「大丈夫。一位君なら上手くなるよ」

「技術もまだ全然だけど、俺、今のままの有田さんよりもっと可愛いメイクした顔が思い描けないんだ。だから、時間かかるかもしれな……い、けど……」


 手元で青と紫を細かに変化させながら俺は思案顔しあんがおを上げる。すると、素顔の有田の頬に朱が差していた。広がる赤みを隠すのを諦め、彼女はわざとらしく腕組みをしてみせる。


「一位君って天然? 私じゃなかったら自信過剰になっちゃうんだから」


 強がりながら赤らむ有田は清楚な藍とは異なるつやを匂わせていた。

 楚々と涼しげに咲くだけが彼女じゃない。この時、俺はそれを知ったんだ。



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