認められたいこと その後

 僕は珊瑚を飾ったアトリエで絵を描いている。僕の絵は全てここで生まれる。珊瑚は僕が拾ってきた。見向きもされない綺麗なそれは海の中にしかない。街にある珊瑚は皆飾り立てられ元の姿を保っていない。研磨され指輪になった珊瑚は綺麗だけれど綺麗な所以外は切り捨てられた綺麗の塊だった。僕は街を思わずにはいられない。その衝動をキャンパスにぶつける。絵の具は水に溶けないよう油絵の具だ。出来上がる僕の街はどれも夢が一人歩きして、空想が踊っている。何一つ本物は描けなかった。

 なぜ行かないと問われても僕は行けないとしか答えられない。僕は海の底に縛られている。外れない鎖は誰にも見えず、僕にしか切ることができなかった。そして、僕は鎖を切ることができない。なぜなら僕が海にしがみついているから。僕を海から出してくれる人はいない。海から出ようともせず出してくれる人もいず、僕は海の底に沈んでいく。僕は海の底にいるのが好きなのかもしれない。意識しなくても海が自分の場所だと知っているのかもしれない。

 街を恋しく思う僕に囁く声。本物を見ず虚構に自らを踊らせるなら、そんな、ものは壊してしまえばいい。そう思い街を捨て海の底が全ての世界に、自分の世界を作り替えるんだ。それで、僕の心は夢だけを見る心から解放される。でもそれで僕は本当に幸せになれるのだろうか。街を忘れることはいいことなのだろうか。声は答えてくれない。僕は街の絵を一枚残さず焼き払った。声の言う通り、僕には街は必要ないと思っての行為だった。焼け落ちる絵は僕の街の夢を見せつけるように様々な色の炎を上げ燃え盛った。絵を燃やすだけ、街に囚われる。僕は虚構の街にどっぷりと浸かっていた。


 電車は街に通じていない。特急列車なら街に行けるけど。そんなお金も力もなかった。僕は海の底で街を描く。見たいもの、欲するものしか映らない虚構の街が僕の街だった。

 水の中を通して街の様子を知ることができた。僕の絵をこっそり流してみた。とても評判がよかった。ゴミだと思われるかと思ったのに、意外だった。


 僕は島へ言った。絵描きと一緒に街の気分を味わおうとした。街が薄まり街には行けないことがはっきりとわかった。僕は街に行けないのだ。

 決定的に足りないもの、それは僕の動く力だった。体が丈夫でも、精神が不十分だった。行きたいと夢の中でしか思っていない僕は実際には何もせず指をくわえていただけなのだ。行動の伴わない夢は夢でしかあり得ない。僕にとって街は幻だった。幻でしかない街に僕は囚われる。甘い夢を見ながら街を思い描く。

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