最終回

***


「メロウ、行くぞ」

「ま、待って!」

あの事件から数年後、二人は森を出て、旅をしていた。ある日、ゲシュペンストが、外の世界を見てみたいと言ったからだ。前向きなゲシュペンストの気持ちの変化に驚きはしたものの、メロウは一緒に全世界を旅することにした。二度と人間に会いたくないとメロウは思っていたが、ゲシュペンストが行きたいと言うならついていく他に選択肢はなかった。


今日着いた港町は栄えていて、人々が大勢いた。ゲシュペンストは人間に擬態し、メロウと町を歩く。顔を変えてられる時間も少しずつ延びていった。

「あ、ほら、ゲシュペンスト。あの布、良くない?」

露店で売っている布に、目がいく。メロウは先を歩くゲシュペンストの裾を引っ張る。足を止めて、ゲシュペンストが振り向いた。

「ん、あの……派手な赤か?」

「そう!ゲシュペンストに似合いそう」

「絶対似合わないからやめなさい」

「えー」

メロウは赤の布を恨めしげに眺める。その、恋人の肩を抱いて慰めるように揺らした。

「あれは目立ちすぎるから諦めろ」

「………はーい」

「その代わりといってはなんだが……」

ゲシュペンストはポケットから耳飾りを出した。赤い宝石に、金の縁をしたシンプルな耳飾りだ。

「これ……」

「耳飾りだ。私が作製した」

ゲシュペンストはさらりとしたメロウの髪を耳にかけて、その耳飾りをつけた。それはメロウの髪色によく似合った。当然だ。ゲシュペンストが、メロウに似合う色と宝石を吟味し、試行錯誤の上作ったものだったから。

「くれるの?」

「お前のために、作ったんだ」

「嬉しい……僕の好きな赤だ」

メロウはもう1つを手に取り、キラキラとした宝石を日に透かす。


メロウの大好きな、ゲシュペンストの瞳の色だ。


「ありがとう」

ゲシュペンストは言わなかったが、今日はメロウと初めて出会った記念日だった。メロウは覚えて、いないだろうが、ゲシュペンストにとっては特別な日だ。

「これも、つけて」

メロウはもう片耳を差し出す。ゲシュペンストは耳飾りをつけてあげた。

「似合う?」

「似合う、とても綺麗だ」

照れるように、頬笑むメロウはとても美しかった。


宿について、よほど気に入ったのかメロウは鏡で何度も耳飾りを確認していた。普段通りの顔に戻ったゲシュペンストは、その姿にほっとする。気に入ってくれたなら嬉しかった。しばらくして、メロウは本を読むゲシュペンストにかけより、ぎゅっと抱きついた。

「………なんだ?」

「今日は、ゲシュペンストと初めて会った日だね」

「……覚えてたのか」

「うん。僕、何も用意してなかったけど……」

メロウはゲシュペンストの膝の上に乗っかって、するりと、胸元の服を緩める。ゲシュペンストは落ちないように、メロウの腰を支えた。

「どうし……」

「ふふ、ゲシュペンストのくれた耳飾りで、とても綺麗になった僕をあげる」

メロウは鼻の先をゲシュペンストの鼻にくっつける。メロウの目が、熱を孕んでいた。その扇情的な台詞と格好に、ゲシュペンストの目が眩んだ。


セックスには慣れた。もう、数えきれないほど、ゲシュペンストと繋がった。痛かったのは最初だけで、後は快楽と心が満たされる心地好さにメロウは夢中になった。


こんなにも、気持ちがいいのは、相手がゲシュペンストだからだ。きっと、他の人だったら、感じない。


ゲシュペンストも、同じ気持ちだった。こんなにも、人を愛せるとは思わなかった。


一人でいることが、普通だった。当たり前だった。そんな世界に現れた光ーーーそれがメロウだった。


自分が産まれてきたことは、間違いなんじゃない。ゲシュペンストはメロウと愛し合うために、産まれてきたのだ。





情事後、渡した耳飾りに触れる。メロウはその手を取って、頬を擦り寄せた。

「ね、これ、無くさないように僕の耳につける呪文とかないの?」

「あるにはあるが……外し方の呪文を知らない。もし、取りたくなった場合は耳を切るしかない……」

「いいよ、一生取る気はないから」

メロウは、ゆったりと目を閉じた。

「僕に、たくさん魔法をかけて。ゲシュペンストと離れられない魔法を…」

「メロウ」

吸い寄せられて、口つける。その唇は暖かく、優しく、ゲシュペンストを受け入れてくれた。






こうして、森に独りぼっちで住んでいた化け物は、人間の青年に愛し愛されて死ぬまで一緒に、幸せに暮らしました。


めでたしめでたし………



*END*














カツカツとヒールの音をならして、城の主が廊下を歩く。そして、ぴたりとある部屋の前で止まり、扉を開く。その部屋には一人の若い美女が裸で立っていた。

「やあ、また、何かやらかしたんだね」

「あら、ふふ。やらかした、だなんて嫌な言い方ね。ねえ、見て、素晴らしい身体だわ」

美女は、その男の前に、恥ずかしがることなく裸を晒した。その胸に、刻印を発見した瞬間、男は甲高い声を出して笑った。

「まさか!その刻印は、アスモデウスの!」

「そうよ、アスモデウスのおじさんと契約したの」

「素晴らしい!何て素晴らしいんだ、まだ魔女になりたてなのに、七つの大罪をたぶらかすなんて」

男は盛大に拍手を行うと、美女を抱き締めた。

「君を拾って良かったよ、アデリナ」

「うふふ、たぶらかすだなんて、悪いこと言わないで。私は愛し合っただけよ。貴方の力を借りて、大人になって、強い力を貰ったの」

「んふふ、君の家族は今の君をどう思うかな?」

男がそう言うと、アデリナはピクリと動いた。そして、何も感じない顔で「家族なんていないわ」と言いはなった。

「メロウは……君のお兄さんは、君が人間であることを捨てるきっかけになった宝石をくれた化け物と楽しく暮らしているようだよ」

「そう、良かったわね」

「嫉妬はしないのか?」

「嫉妬?化け物と暮らすのを羨ましがる人がいて?」

アデリナは男から離れて、鏡を見る。男に成長を早めてもらい、年頃になったアデリナは上級の悪魔であるアスモデウスと契った。そうして、力を得た。

「まずは何をする気だい?」

「あの町の人間の皆殺し」

アデリナは側にあった杖を取り、水晶に向かって、何かを呟いた。

「君がされたように火炙りかい?」

「いいえ、町の皆の周りの微生物を殺す魔法よ。息をすればするほど、土の中や空気中にいる生物が死ぬ。作物を刈らして、作物が永遠に育たなくなる。森も枯れ、動物も死に、食べるものがなくなる。他の土地に行ってもその人間が原因となって同じように食べ物に困るわ。苦しんで、苦しんで、ゆっくり絶望して、死ぬように」

「怖いね、僕より悪魔みたいだ」

アデリナは男をキッと睨み付け、男の前まで歩いていくと、ぐいと襟元を引っ張り、口付けた。男は抗うことなく、それを受け入れた。深いキスの後、舌を出して、アデリナは笑みを作る。

「いったいどの口で人のことを悪魔というのかしら」

「この口だね」

男は舌を出した。そこには、刻印が刻まれていた。それは赤い火車に、角の生えた天使のような刻印が描かれている。

「……ソロモン72柱のベリアル」

「僕と同じ刻印は、君のお兄さんの手首についているよ」

「兄さんも、最低な悪魔と契約したものね」

「ふふ、魔女アデリナ。君はこの先、歴史に残る大魔女になるだろう。どうか君が幸せになりますように」

男はアデリナの手を取り、キスをする。その美貌に、魔女になったアデリナですら見とれてしまった。


この男が、たくさんの老若男女を堕落させてきたのを間近で見てきた。そして、その綺麗な顔についている瞳には、歪んではいるものの、人間への愛が不思議と感じられた。


「そして、僕をもっと楽しませておくれ」


男は、艶やかに笑った。





めでたしめでたし……?



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