第9話
ゲシュペンストは机に向かって、魔術の本を読んでいた。が、いつまでも次のページに行かない。集中できないのだ。原因は自分でもわかっている。
「……メロウ」
最愛の青年が帰ってこない。もう4日も経ってしまった。本来なら一昨日帰ってくるはずだったのに。久しぶりに家族に会えて、もう一泊しているのだろうと思ったが、4日間も帰ってこないのはおかしい。町に覗きに……迎えに行ってみようかとさえ思い始めた。
「ん?」
そう思っていた矢先に、30人程度の人間が森を歩いているのに気付いた。時間は夜が明ける頃だ。
「騒がしいな……」
嫌な予感がして、外に出て目を凝らしてみると、近くの池のあたりに、松明が見えた。ゲシュペンストの視力は日中でもとてもいいが、夜の方が見やすい。人間たちは大人の男たちで、何かを探しているようだ。ドクン、とゲシュペンストの心臓が鳴る。この家は、結界があるからバレないはずだ。しかし、妙な胸騒ぎがする。男たちが、雷に打たれた木の横を通りすぎた時に、それで全てを理解した。
「……鍵を……持っているのか」
メロウにしか、渡していない、この家の結界を破る「鍵」を彼らは持っていた。それはつまり、メロウがゲシュペンストの話を誰かにしたということだ。
結局のところ、自分はラントゥルと同じ結末になってしまったのだろうか。
「あったぞ!!!!家だ!!!誰かいるぞ!!!」
「逃がすなよ!!囲い込め!!」
「化け物の住みかだ!!!!!」
先頭で歩いていた男たちが、そう叫んだ。ゲシュペンストは、何もせず家の扉の前で、立ち尽くしていた。
「ひっ」
松明に照らされて、男たちの前にゲシュペンストの素顔が晒される。抵抗もせず拘束されたゲシュペンストは全てを諦めて受け入れた。縄なんて、ゲシュペンストにとってはすぐに切れる糸のような物だったが、ゲシュペンストが捕まることをメロウが望んだなら、抵抗はせず受け入れようと思った。
(ラントゥルも、こんな気持ちだったのか)
ゲシュペンストは膝を付き、項垂れながらそう思う。
「あ、赤い目をしてるぞ!!あの娘の言う通りだ!!」
「角がある!!気持ち悪い!!」
「ふ、袋を被せろ!!目を合わせたら呪われるぞ!!」
ゲシュペンストは麻袋を被せられた。そして、殴る蹴るの暴行を受ける。抵抗がなかったからか、男たちはしばらくして暴行をやめた。体格の良いゲシュペンストはそれほどダメージを受けてはいなかったが、痛いものは痛い。男たちはゲシュペンストを立たせて歩くように指示をした。
「町で晒し首にしよう」
「こんな化け物が森にすんでいたなんて……ラントゥルの子供か?」
「逃げようとしたり、何かしようとしたら殺すからな」
「……メロウは、どうしているんだ?……ぐっ」
話しかけた瞬間、腹に衝撃が来た。棍棒で殴られたのだ。
「話をするな、化け物!!」
「さっさと歩け!!」
怒鳴られて、言われた通りに無言で歩く。袋を被されたままだったため、前は見えなかったが、奴隷のように首にひもつけられて、それを引っ張られるため方向は理解できた。
(あぁ、メロウ……どうして)
メロウが裏切ったのであれば、理由が知りたかった。ゲシュペンストを気持ち悪くなったのか、付き合いきれなくなったのか、お金のためか、名誉のためか……どんなことでも良い、納得しさえすれば、打ち首でも晒し首でも受け入れよう。
途中暴れないために適度に殴られながら、二時間ほどかけて、町についた。外はすでに朝日が登り、町の人々が起き出す時間だった。
「みんな見てくれ!!俺たちは森で化け物を捕まえてきたぞ!!」
「うわっ」
「気持ち悪い」
ゲシュペンストは町の中央の広場で、麻袋を取られた。殴られたため、額からは血が流れ、目の下は晴れ上がり、鬼のような形相で周りを見回した。女子供の悲鳴が上がる。
「うわ、呪われるぞ!!」
「ひぃ、やだ、怖い」
捕らえて浮かれきった男たちは、高々に宣言をした。
「今から、ここで首を落とす!!魔女の火炙りと共に!!」
(魔女……?)
ゲシュペンストは、首を捻る。どうやら処刑は自分だけではないらしい。魔女というのは、誰のことだろう。まさかメロウが……とは思ったが、メロウの姿は見当たらなかった。もし、メロウが、この場にいて、ゲシュペンストに別れを告げてくれたなら、自分は諦められるのにとさえ思った。
「魔女を連れてきたぞ!」
遠くの方から男が小さな人間を引きずってきた。それを見て、ゲシュペンストは声にならない悲鳴をあげる。
「ア、アデリナっ!!!」
アデリナは、ぐったりしていた。それもそのはず、一目見て拷問を受けたとわかる身体全体はぐっしょりと濡れていた。殴られた痕もところどころ見受けられる。泣く元気すらないのか、虚ろな目をしていた。
「なぜ、彼女を!!!」
ゲシュペンストが叫んだ瞬間、「化け物が喋った!!」と石を投げられる。
「おお、アデリナ!!アデリナアアアア!!!」
甲高い声に振り返ると、真っ青な顔をしたエーファが、泣き崩れていた。エーファは拘束はされておらず、「お慈悲を、誰かお慈悲を!!あの子は魔女なんかじゃありません!!」とアデリナを連れてきた男にすがる。男は首を横に振った後、「お前だけでも疑いが晴れて良かったじゃないか。さあ、娘に石を投げろ」と側にあった石をエーファに握らせた。
(いったい、どういうことだ………?)
アデリナが魔女に仕立てられている。彼女は魔女なんかではない。寝ている時にしか会ったことはないが、純粋無垢な、可愛らしい少女だった。簡単に持ち上がる小さい体が、杭に縄で縛り付けられる。そして、その可憐な足元に薪がくべられていった。
「……っ」
目を赤くしたエーファが、ゲシュペンストに向かって思い切り石を投げた。それが運悪くゲシュペンストの左目に当たり、衝撃がくる。当たりどころが悪かったのか、左目は、瞬時に光を失った。
「あんたの!!あんたのせいだ!!」
「……エーファ……」
「あんたが……メロウをたぶらかしたせいで……おお、私の可愛い娘と息子が………化け物め!!地獄に落ちろ!!」
あの優しく微笑んでくれたエーファは、今、鬼のような形相で、ゲシュペンストを睨み付けていた。
「メロウが??メロウがどうしたんだ??」
「神よ……あの子達を、助けて……」
「エーファ!!答えてくれ!!メロウは……」
ゲシュペンストはなりふり構わず叫んだ。エーファの周りの人間たちは、エーファとゲシュペンストが知り合いだったのを感じたのかざわめく。エーファの側にいた男が、慌ててエーファの肩を抱いた。
「姉さん、もう家に戻ろう。せっかく姉さんだけでも、魔女裁判で無罪になったんだ……だから……」
「あ、あああ……私の、可愛いアデリナを返して……メロウを返して……」
エーファは男に支えながら、ゲシュペンストとアデリナに背を向けた。
「エーファ!!待ってくれ!!話を!!」
「静かに!!」
どこからか、鐘が鳴った。ゲシュペンストの隣に立った男は役人のような格好をしていた。男はこほんと、喉をならし、紙を取り出して読み始めた。
「アデリナは幼くして悪魔に魂を売り払い、魔女となった。代わりに稀少な宝石を得ていた」
「……ほう……せき?」
「この子の中の悪魔を追払い、幼い魂に祝福を受けさせるために、火炙りを行う」
まさか、自分がプレゼントした青色の宝石が、アデリナが魔女だと言われている原因となってしまったのか。
「待って、くれ!メロウは?メロウはどこにいるんだ?」
「なお、契約したとされる化け物も、魔女が灰になった時を見計らって首を落とす」
「メロウは、メロウはどこだ!!メロウに会わせてくれ!!」
「黙れ、化け物!!メロウは死んだ!!」
「………う、そだ……」
役人はフン、と鼻をならし「死んだよ」と吐き捨てるように言った。
「拷問しても、お前の場所を吐かなかったからな。罪人の塔の中で。あぁ、まだ生きてるかもしれんが、すぐ死ぬだろう」
「ご、う……もん……?」
「火をつけろ!!」
「「「おおおお」」」
数人の役人が、アデリナの足元の薪に火をつける。アデリナはそれを泣きもせずに、ただぼうっと見ていた。パチパチとすぐに薪は燃え上がり、灰色の煙が小さな身体を飲み込んでいく。ゲシュペンストの中で、何かが壊れる音がした。
「う、おおおおおおおおお!!!!!!」
「きゃーーーーーっ」
「化け物が!!」
拘束されていた紐を引きちぎり、ゲシュペンストは立ち上がった。そして、呪文を唱えると、晴天だった空が一瞬にして暗くなり、土砂降りの雨が降ってくる。燃え上がった火は徐々に弱まっていたが、煙が大きくアデリナが生きているかはわからなかった。
「ば、ばけものだ!!!化け物が雨を降らしやがった!!」
「撃て!!撃てええええええ!!」
役人が叫ぶ。どんと肩と腹部に衝撃がきた。それでも、ゲシュペンストは立っていた。腸が煮えくり返ってどうしようもない。どうやってここにいる人間たちに、凄惨な死を与えるかを考えていた。
「……集団でしか、何もできない人間どもめ…」
ゲシュペンストはさらに呪文を唱え、手に長剣を出現させた。その長剣で、一人一人を苦しませて、殺していこうと思った。
「ひい!!!」
「ぎゃああああ!!逃げろ!!!」
「死で償え!!!」
側にいた役人を刺そうとした、瞬間、「待った、待った、ストップストップ」とこの場に合わない明るい声が聞こえた。
気が付くと、ゲシュペンストの前にビアンカが立っていた。
「およし、お前の魂がより穢れてしまうよ」
「……止めるな、ビアンカ…」
「ひい、た、助けてくれっ」
役人は、恐怖で失禁していた。周りを見ると人々は逃げており、役人以外誰もいなかった。ビアンカが、いつも通りの笑顔でゲシュペンストの頬をペチペチと叩く。
「落ち着いた?別に人間を殺すなとは言わないけど、お前のお姫様を迎えにいかなくてもいいのかい?」
「姫……?」
「メロウのことだよ。まだかろうじて、息がある。あの塔だ。迎えに行ってやれよ」
「……メロウが……生きている……あぁ、でも……私の、せいでメロウと家族に……」
辛い思いをさせてしまった。その罪を、どう謝罪すれば良いのか検討も付かない。そんなゲシュペンストをビアンカは嘲笑った。
「お前のせいで、彼らが傷付いたって?そんなの覚悟の上で側にいたんだろう?ラントゥルの時も、同じような流れだったが、メロウは生きている。まだ、修正できる」
「わ、私のことを、憎んで……」
「憎まれても仕方ない。お前が、お前みたいな化け物が人間を望んだんだ。その代償はとてつもなく高いに決まっている。この子は私が預かるよ。うふふ、本物の、魔女にしてあげる。人間を憎んだ人間はいい魔女になれる」
ビアンカはアデリナに近付き、指1本で拘束をといた。アデリナは意識を失っているのか、ビアンカに大人しく抱かれたまま動かなかった。
「また、すぐ会うだろう。僕が必要なら呼んで」
そう言いながらビアンカはアデリナと共に、ゲシュペンストの目の前から消え去った。
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