第8話
***
「今日はアデリナの誕生日だから、向こうに泊まってくるね」
今日は、メロウの妹であるアデリナの、4歳の誕生日だ。前からその日は実家に戻ると家族と約束をしていた。ゲシュペンストは、見送りがてら小さな箱を手渡す。
「アデリナに、これを」
「なに、これ」
「誕生日の祝いだ」
「え!何が入ってるの?」
「ベニトアイト……深い青色の宝石だ」
蓋を開けると、掌に乗るサイズの青い宝石の原石が入っていた。メロウには宝石の価値はわからないが、これはきっと高い。
「綺麗だ!アデリナに本当にあげてもいいの?」
「かまわない。いつもメロウを独り占めしているお詫びだ」
ゲシュペンストはにこりと笑う。実際はゲシュペンストを独り占めをしているのは、メロウの方なのにと思いながら、大切にポケットに仕舞う。
「ありがとう。アデリナにかわってお礼を言うよ」
「気を付けろ」
いつも通り、家を出るときのハグを交わす。柔らかなメロウの肌の感触に、ゲシュペンストは幸せを噛み締めた。
「行ってきます!」
元気よく駆け出すメロウの背中を見送って、ゲシュペンストは扉を閉めた。
もう二度と会えなくなるかもしれない可能性があるとは、この時は考えてもいなかった。
メロウは実家に帰って、アデリナにウサギの毛皮で作った靴をプレゼントした。ゲシュペンストからの宝石も手渡す。好きな青色の宝石をアデリナはとても気に入り、革ひもで縛って無理矢理ペンダントにした。
「きれい!かわいい!おひめさまみたい!」
「アデリナ、それは原石だから何かに加工しないと」
「やー、アデリナの!」
「アデリナの、なのはわかってるけど。革ひもが切れたら、なくしちゃうぞ」
「やだー」
「削ったら小さくなっちゃうから、そのままでいいんじゃないからしら」
エーファがケーキを切りながら、子供たちのやり取りをほほえましく見守っていた。そして、アデリナの胸元に輝く宝石に目をやる。
「それにしても見たこともない綺麗な石ねえ」
「何て言ったかな……母さんが知らないなら僕も知らないや」
「私は宝石に疎いから……ほら、アデリナ、パパが帰ってきたわ。迎えに行ってあげて」
「うん、くまさんのぬいぐるみくれるかな?」
「くれるわよ、きっと」
アデリナはハイテンションで玄関まで歩いていく。どうやら父母からの誕生日プレゼントはテディベアらしい。エーファはケーキを2切れ、籠にいれる。
「メロウ、明日帰るでしょう。忘れずにゲシュペンストにもケーキを持っていってあげて」
「うん、ありがとう」
玄関先で歓声が上がる。父親の声が聞こえた。
「ハッピーバースデー、可愛い俺のアデリナ!」
「パパー!くまさん!」
「ははは、ほら、お望みのくまさんだよ」
「わー!!ママ!くまさん!」
アデリナが自分と同じくらいの大きさのテディベアを抱えながら、よたよたとエーファに駆け寄ってきた。
「良かったわね、アデリナ」
「えへへ、かわいいー」
にんまりと微笑むアデリナは天使のような顔だった。メロウは久しぶりの父親に軽くハグをする。
「おかえり、父さん」
「お、メロウ。そうか、今日は久しぶりに家族で過ごせるのか…ただいま、エーファ」
「おかえりなさい」
リビングに入ってきたカザスは狩りの荷物を横に置いて、エーファと抱き合い、帰宅の挨拶をした。
家族団らんの時間は久しぶりで、その日、メロウは楽しく過ごした。
翌日、アデリナにせがまれて、町に行くことになった。テディベアのリボンが欲しいらしい。家にあるものじゃダメかと聞いたら、どうやらお気に入りの色がないそうだ。エーファは予定があって付き合えないから、メロウが帰る前に付き合うことにした。
「水色の、リボンが欲しいの」
「アデリナは本当に青が好きだな」
「これも、綺麗でしょ!」
フンと鼻息を荒くして、アデリナは胸に下げている宝石を見せびらかした。幼くても、価値のあるものを身に付けるのは自慢できることだとわかっているらしい。メロウはクスクスと笑いながら「キレイだよ」と口にした。布を取り扱っている店で目当ての色のリボンはすぐに見つかり、家に帰ろうとしたところ、少女が目の前に現れた。知っている少女だった。
「あ、レオノーラ」
「こんにちは。メロウ、聞きたいことがあるの」
レオノーラは以前メロウがプレゼントした、赤い宝石のネックレスをつけていた。その執着にぞっとする。彼女とは、もう終わった関係だ。そもそも、何も始まっていなかった。
「聞きたいことってなに?」
「少し前に、男の人と一緒にいたでしょう?あの人は誰?」
「男の人?父さんじゃないか?」
メロウが首をかしげると、レオノーラの形相が変わった。そして、自分がつけていたネックレスを引きちぎり、地面に投げる。
「レオ……」
「……この、宝石のように、赤い目をした化け物のことよ!」
レオノーラが甲高い声で叫んだため、周りの人間がざわざわと注目し始める。しかし、メロウはそんなことを気にしている余裕はなかった。赤い目をした化け物……ゲシュペンストを、見られていたことにようやく気が付いた。
「……赤い目?知らないけど」
「嘘をつかないで!!あの日の夜、私、町で見たんだから!!男が人間から化け物に変身するのを!!」
ゲシュペンストがメロウと町に来たのは、両親に挨拶をした時だけだ。まさか、その時に見られていたのか……とメロウは戸惑う。
「答えられないってことは、真実なのね」
レオノーラは、メロウの隣にいたアデリナを睨み付けた。アデリナは悪意のある視線に驚いて、メロウの後ろに隠れる。
「貴方の妹の、それ、宝石よね」
レオノーラがアデリナの胸の宝石を指差した。メロウは震えるアデリナを庇うように、さらに後ろに隠す。
「君には関係ないよ」
そのメロウとアデリナの態度に、より腹を立てたのか、レオノーラは大声で叫んだ。
「魔女!!!!魔女がいるわ!!!」
その言葉に、ざわっと周りの人間が騒ぎだす。メロウは驚いた。
魔女だなんて疑われたら、裁判という名の拷問にかけられる。どんなに幼くとも、だ。
メロウは慌てて悲鳴に近い声で否定をした。
「な、何をいっているんだ!!!」
「魔女よ!!こんな小さいのに、宝石を身に付けているわ!!猟師の子供のくせに!!きっと!!悪魔と契約して宝石を受け取っているのよ」
「ちがう!!これは彼女が誕生日にプレゼントとして貰ったんだ!!失礼なことを言わないでくれ!!」
「誰からよ!!そんな小さい子に、そんな大きな宝石を渡すわけないでしょう!!」
レオノーラの声を聞いた人々がメロウとアデリナを囲い混む。そして買ったばかりのリボンを握りしめるアデリナの胸に視線が集まった。
「本当だ。あの胸につけているのは……宝石の原石じゃないか」
「まさか、あの色は、幻の宝石の……」
「魔女……魔女が幼い子供の姿をしているのか……」
いつのまにか人集りが出来てしまった。大人たちが、何か武器になるものをと探し始める。逃げようにも、道がない。
「レオノーラやめてくれ!!変な誤解をうむ」
「誤解でもなんでもないわ!!猟師のカザスの娘のアデリナは魔女で、息子は化け物と手を組んでいる悪魔よ!!」
「魔女め!磔にしてやる!」
「きゃあ!」
アデリナの長い髪の毛を、見知らぬ男が鷲掴んだ。
「やめろ!っ、うわっ!」
メロウはアデリナに乱暴した男を殴ろうとしたが、その前に数人の男に押さえつけられて、地面に頭を叩き付けられた。くらくらと目眩がして逃げられなかった。大人に馬乗りにされ、身動きが出来ない。
「はな、せ!!」
「うわああああん」
アデリナが泣き叫ぶ声がした。そして、鈍く殴る音が聞こえた。大人の男が、アデリナを殴ったのだ。そんな音、聞きたくなかった。
「うるせえ!!魔女が!!」
「そうよ!!あんな小さな子なのに宝石を持っているなんて魔女しかありえないわ」
「魔女だ!!火炙りだ!!」
人間は集団になると、非人道的な行為も簡単に行える。
4歳の女の子を殴った男は、町の人間たちにとって勇者に見える。
メロウを拘束している男たちは、狩りをした後のように誇らしそうに笑っていた。
アデリナから、ゲシュペンストの宝石を引きちぎった婦人は、それの大きさを見て「こんな大きな宝石めったに見たことがないよ!!何カラットあるのかしら!!」と羨望と卑下の視線をアデリナに送った。そして、それを自分のポケットにいれる。
「こいつの母親も魔女だ!」
「「「魔女だ!」」」
「やめろ!!違う!!違う!!家族はなにもしてない!!魔女じゃない!!」
「カザスの家に行くぞ!!」
「「「魔女狩りだ!!」」」
「やめろおおおおおお!!!」
メロウは泣き叫んだ。アデリナは殴られたショックで意識を失っている。ふと、レオノーラと視線が会った。真っ青になり怯えるメロウを見ていたレオノーラは薄く笑って、「良い気味だわ」と声を出さずに唇を動かした。
彼女のその姿こそ、本当の魔女だとメロウは思った。
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