第7話 知らない記憶

自分の体の感覚がなくなり、視界も奪われ、残されたのはふわふわとした自分の意識だけ。その状態になって少し時間がたってから、どこか懐かしさを感じる暖かな陽の光に包まれながら、水の中のような、お花畑の絨毯じゅうたんの上に寝転がっているようなあの感覚に陥った。

その感覚になってまたさらに時間がたってから、

その夢は、僕ではない他の誰かの記憶を見ているような夢だった。黒縁の眼鏡をかけた、制服をきちんとした着こなしをしている男性が、姿と白い不気味な面を付けて苦しみに耐えているような、そんな夢を見た。

苦しくて、悲しくて、寂しくて。

そんな気持ちをなくすためにいるかのような同じ姿の男性。その男性からも同じものが感じ取れた。

なんだろう、この感じ…僕と同じような、気がす、る…



その夢のような、知らない記憶を見始めてからしばらくして完全に意識がなくなった。そこからは何も分からなくなった。時間も、自分も、夢なのかそうでないのか。

「―――みや。――きろ……神谷!!起きろ!!」

そんな必死に自分の名前を呼ばれ、僕は完全に目が覚めた。

「大丈夫かな?大丈夫かな?」「大丈夫だよ、多分」「少し特訓のやりすぎではないのですか?」「まあそうでしょうね」

ガヤガヤと、役員の人の声が同じ空間で交差している。その空間の中で一人、目の前で瀨見良さんが心配の眼差しを僕へ向かって一直線に送ってきていた。

「う、うぅん…瀨見良、さん?それと、皆さん?どうしたんですか?」

「どうしたんですか、じゃないだろう!どこか変なところはないか?熱は?まだ寝てていいんだぞ?」

普段の冷静沈着な姿からは想像がつかないほど慌て、心配した姿に思わず笑みをこぼしてしまった。

「な、何か面白いことがあったのか!?どうしたんだ?」

「まあまあ、高貴。まだ起きたばかりなんだから、少しは静かにしなよ。ね?」

「ま、まぁそれもそうだな。すまない、取り乱してしまった」

二、三回スゥーハァーと、深呼吸をして落ち着いたのか、瀨見良さんはいつもの調子を取り戻した。

「それで、体の調子はいいのか?」

「は、はい。ご心配おかけしました。」

まだ頭があんまり働かないぐらいですと答えると、そうか、とホッとしたような安堵の声を瀨見良さんは漏らした。

「何もないなら良かったよ。高貴のやつ、神谷が倒れたんだ〜って、わざわざ生徒会室まで言いに来たんだよ?」

「なっ、何でそういうことを言うんだ!立村、おまえは!」

ごめんごめんと、瀨見良さんと会長の仲のいい会話が始まり、生徒会役員が喧嘩に発展しないように程よいところで止めに入る。

ふふっ、ほんとに皆さん仲がいいんだなぁ。ねぇ、鏡谷?

そう頭の中で呼びかけると、当たり前かと言わんばかりになんの反応もなかった。その存在が最初からいなかったかのように。




「それじゃあ、皆さんありがとうございました」

心配をおかけしましたという気持ちがこもった感謝の言葉ををいった後に会長へ向かってペコリと、お辞儀を一つして昇降口がある方向へと体をくるりと回す。それから歩き出そうと言う時に会長がいる方からパンッと、手を叩く音が聞こえてきた。

「そうだ、せっかくだし、高貴も一緒に行ってあげたらどう?」

「そ、そうだな。また倒れられても困るからな」

若干面倒くさそうな声でそう言い、カツカツと僕の元まで歩いてきた。

「それじゃあ今度こそ」

「あぁ、また明日おいで」

そう会長と言葉を交わし、瀨見良さんと昇降口へと向かって歩き始めた。

出発地点の保健室は部活棟と生徒棟のちょうど境目の地点にあるため、昇降口までそこまで距離がなかった。だから、話したいことがあるなら今のうちに話しておかなければならない。

それにしても、自分から話を切り出すのってすごく難しいんだよなぁ。できれば瀨見良さんから話を始めるのを待つしかないなぁ。

「な、なぁ神谷、ひとつ聞いてもいいか?」

話を切り出すべきかを悩んでいると、瀨見良さんが心を読んだかのように僕に質問を投げてきた。

「な、なんですか?」

「今日のゲームのことなんだが、あれはどうやって正解したんだ?」

「それは、答えられません、すみません」

「そうか、いや!答えられないならいいんだ」

鏡谷との約束を守るために謝りながらも瀨見良さんにうそをついてしまった。

うそってバレてないかなぁ。大丈夫かな?

一瞬だけ瀨見良さんの顔を見ると、特に疑っている様子はなかった。

「と、もう着いたのか。早いものだな」

「ですね、本当に」

もう少ししゃべりたかったです、と瀨見良さんに物足りないようにそう言う。

「それじゃあ、ここからは一人で帰ってもらうことになるが、大丈夫そうか?」

最後まで心配している瀨見良さんを横目に僕は自分の靴を取り出し、それに履き替えた。

「はい、ありがとうございました。また明日もよろしくお願いします」

「あぁまたな」

そう別れの言葉をお互いに放ち、ペコリとお辞儀を一つして、学校門へと向かって歩き始めた。

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