第5話 嘘まみれ

自分が寝ているベッドの近くにある窓のカーテンが少しだけ開いていて、そこから自分を差すように木漏れ日が部屋に入り、事前に設定していたアラームがピピピッとなって挟み撃ちで起こされる。

「うぅん…もう朝かぁ…」

起きたばかりで思うように動かせない体をゆっくりと起こし、のそのそと冷蔵庫の方まで歩いて行った。

冷蔵庫に何も入っていないことは確認済みで、冷蔵庫は開けることはなく、その上に置いてある残り一枚のパンを取り、トースターに仕掛けた。

「歯ぁ磨こうかふぁ」

あくびの混じった声で独り言をつぶやきながら、洗面器へと向かい、冷水で一度顔を洗った。

ふぅ、一回顔にかけると結構目が覚める、な…

顔を洗った拍子に自分の目線ほどの高さにある鏡が自分の顔を映した。

その顔は自分の顔ではなく、昨日夢でも見たような白色の面が映っていた。その仮面に触れようとしても触ることはできず、自分の肌の感覚が指先に伝わる。

”―――やあやあ幸四郎くん。どうだい?仮面の着け心地は。”

「うわぁ!!なになに?!だれ?!」

”ちょ、ちょっと落ち着いて落ち着いて……”

「いやいやいや、いきなり頭の中から誰かも分からない声が聞こえてきて落ち着けないよ!誰なの?君は」

”僕だよ、僕。鏡谷だよ。ほら、さっきまで夢で話してたでしょ?なんでさっきまで話してたのに忘れるんだよ。”

「な、なんだ鏡谷か…さっきまで話してたって、夢の中だよ?覚えてるわけないでしょ?」

”まあそれもそうか。いきなりおどかしてしまってすまないね。っと、幸四郎くん、こんなにゆっくり話しててもいいのかい?”

「どういうこと?」

そう言われたことの意味がわからず思わず聞き返すと、台所の方から焦げ臭い匂いが漂ってきた。

ッ!そういえばッ!

ついさっきからトースターでパンを焼いていたことを思い出し、急いで台所へと戻ると、そこにはパンをちょうど良い焼き加減で食べることができる焼き時間でトースターからだされず、丸焦げになるまで放置されてしまったパンとは言い難いなにかがトースターの中に入っていた。

”あちゃ〜やっちゃったね。パンとか焼き始めたら忘れちゃだめだって、ね?”

「ね?じゃないよ、残りのパンこの一枚だけだったのに…はあ、仕方ない。これを食べるしかないかぁ。」

ごくり、と覚悟を決めるようにつばを飲み込み、いただきます、と丸焦げになったパンにかぶりついた。

その瞬間、僕の口の中に宇宙空間が広がるように、かつて感じたこともない不思議な味で埋めつくされた。

―――つまりまずい。

「うげぇ…美味しくないや」




「朝から散々な目にあったよ」

”ほんとだねぇ、食べるものには気をつけてよ?味は僕にも伝わるんだから。”

「え、そうなの?なんかごめん……って、なんで僕が謝ってるの?」

”あ、そうそう外の人には聞こえてないから、話す時は頭の中で話した方がいいよ?”

そう言われ周りを見渡すと、変なものを見るような目で道を行く人に見られていた。

そういうことは早く言ってくれる!?恥ずかしいから!

”ごめんごめん、てっきり気づいてるもんだと思ってたから”

そう言って鏡谷がクスリと笑う顔が頭の中に浮かび上がった。

君が笑ったりすると僕の頭の中に浮かんでくるんだね。慣れるまでは落ち着かないなぁ。

”まあまあ、今日一日過ごせば慣れるんじゃない?それに、もう学校に着いたみたいだよ”

鏡谷との話に夢中になっていると、いつの間にか学校門の前に立っていた。

「おはようございます」

「お、おはようございます…」

門の前に立っていた先生にあいさつをされ、反射的にその先生の方に向いた。すると、その先生の顔は見えず、僕と同じ白い面を付けていた。

人の付けてる面が見えるのって、本当に僕だけなんだよね?

”うん、そうだね。夢でも言ったように、このことは誰に言っちゃいけないから気をつけてね。”

一度確認をするために鏡谷に質問をすると、念を押すようにそう言われた。



いつものように靴を上履きと履き替え、自分の教室へと向かう。その道中はいつもとは違い、違和感を覚える景色だった。

他の生徒からすれば、先輩や後輩は関係なく、中学生時代の知り合い同士で話したり、高校で初めて知り合った友達といつも通り過ごしているだけなのだろうが、僕からすれば、それら全てに違和感を感じた。

その違和感は教室へ入った瞬間、恐怖へと変化した。

「うっ…!」

吐き気がした僕は荷物を自分の席へ放り投げてトイレへ駆け込んだ。

「はぁ…はぁ…気持ち悪い…」

誰もが知らぬ間に面をつけてしまっている。そのことは夢で言われてわかっていた。わかっていたのに、その光景がまるで恐怖でしかなかった。白色の面をつけている人なんて誰一人としておらず、その光景が当たり前と言わんばかりに真っ黒な面を付けてその面の下から不敵な笑みを浮かべている。

他の人からすれば当たり前の光景で、自分も昨日まではその光景が普通だと思っていた。それでも今日はこの光景に異常なまでの恐怖を体が覚えた。

ねえ、鏡谷。この面を外す方法はないの?こんなの耐えられないよ…!

”まあ外せるには外せるけど、君にとっては必要なものなんだよ?本当にいいの?”

うん、良いよ。それに、外しても付け直せるんでしょ?

”まあ、そうだね。でも付け直すたびにこうなると自分の身が持たないと思うけど、それでも外すかい?”

そう何度も聞かれ、僕は考えてみる。

ここで外せば、この力から逃げることになるかもしれない。それでもこの光景にはどう頑張ってもなれることはできないのだろうと察した。そう考えれば外すほかないだろう。

そして、僕はもう一度鏡谷に言う。

外し方を教えてくれる?鏡谷。

”わかった。外し方は簡単だよ。頭の中で面を正面から横にずらすイメージをするんだ。簡単でしょ?”

言われた通り頭の中で面を横にずらすイメージをしてみる。

そうイメージすると、頭の中に夢で見た面が浮かび上がり、その面が横にずれる。

”ほら、自分の顔を見てごらん”

そう言われ目の前にある大鏡で自分の顔を確認すると、朝に鏡で見たものとは違う自分の顔が鏡に映っていた。

”これで他の人の面も見えなくなっているはずだよ。また付けたい時は逆のイメージをすればいいからね。”

わかった。ありがとう。面をつけてなくても鏡谷はいられるんだね。

”まあ、一回出てこれればなかなか戻ることはないと思うよ。よほどのことがない限りはね”

そうなんだね。それでも寝る時は引っ込んでてね?寝られないから

”幸四郎くんが寝る時は僕も強制的に寝ることになるから邪魔することはないよ。そんなことより、時間は大丈夫?”

自分のスマホの電源をつけ時間を確認すると、HRが始まる五分前の時間がそこには表示されていた。

急がないと!

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